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2023.08.22 議員活動

第9回 妹から剣兄へ。母から剣君へ

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日本大学危機管理学部教授 鈴木秀洋/協力 工藤奈美

 
【目次】(青字が今回掲載分)

 第1回 剣太からのバトン─時間は当事者の気持ちを軽くしない
 第2回 剣太事件概観─剣太誕生・事件当日・部活・被害者として
 第3回 学校・行政対応のまずさ(1)
  ─危機管理学・行政法学・被害者学の視点から

 第4回 学校・行政対応のまずさ(2)
  ─事故調査委員会・教員の処分

 【緊急特報】裁判記録は魂の記録である
 第5回 損害賠償請求事件(大分地裁)
  ─最初の闘い・地裁判決の法的位置付け

 第6回 第1回口頭弁論に臨む遺族の気持ち(大分地裁)
 第7 大分地裁口頭弁論と立証活動
 第8 遺族にとっての進行協議期日
 第9 妹から剣兄へ。母から剣君へ
 第10(予定) 証人尋問
 第11(予定) 第一審判決
 第12(予定) 損害賠償請求上訴事件
 第13(予定) 刑事告訴・検察審査会
 第14(予定) 裁判を終えて
 第15(予定) 新たなステージ(剣太はみんなの心の中に)


 令和5年8月22日は、剣太の14回目の命日である。

1 妹から剣兄へ

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 剣兄のこと少し向き合ってみる。
 剣兄ごめんね……。思い出さないようにしてて、友達にも隠して、2人兄妹って言って。活動も手伝わなくて。ずっと、ずっと苦しかったよ……。
 剣兄が死んだときとてもつらくて、でもどうしていいか分からなくて。周りの人にも頼れなくて。気が狂いそうだった。「思い出さない」そうすることでなんとか日常生活を保ってたの。
 お父さんやお母さんが立ち上がって、活動始めたとき、本当は剣兄が批判されるのが嫌だった。
 そして、皆が頑張っている中で、向き合えない自分が大嫌いで、負い目を感じてた。
 自分なりに受け入れようとしてみたこともあった。誰かに相談すべきだとも思った。
 でもどう話していいか分からないし、話しているうちに自分が壊れてしまうと思ってできなかった。
 大学生のとき、同じように兄弟を亡くした人からインタビューを受けた。小学生みたいに泣きながら、言葉が何度も喉につまって途切れながら、やっと自分の思いを言えた。その人は「生きやすいように生きていいんだよ」と言ってくれて楽になった。当時はまだ難しかったけれど、26歳になった今、少しずつ自分を許せるようになった。仕方なかったんだと、かわいそうだったと思えるようになった。
 久しぶりに剣兄の写真や動画を見て、優しかった思い出が蘇った。少しほっこりしたよ。
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2 母から剣君へ

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 母/工藤奈美
 
 思い出す剣太の顔は、高校生のまま……
 大人になった剣太を見たことがないから。
 不思議といつも剣太は笑っています。
 いまだに「けんた」、「けん君」と名前を呼び話しかけていますが、これまでのように名前を呼びながら涙を流す回数は随分減ってきました。
 あの日から14年、あの夏をどう生きてきたのか思い出せません。
 これまでを振り返り思うことは、多くの方を巻き込んで闘ってきた日々の苦悩。
 当時は、目の奥に怒りを燃やし、裁判の証拠や証言を集め裁判に挑む、そのためには、より多くの方の賛同を得て社会の常識を変えていかねば! と意気込んでいました。
 とても苦しかった時期ですが、当時の私たちが頑張ってくれたから、今こうして過ごせています。
 当時の私に声をかけるとしたら……
 「今は、何も見えていないだろうけど、あなたたちがやっていることは間違いじゃないよ」と伝えてあげたいです。
 剣太の夢を何度か見ました。
 夢で逢(あ)えるとうれしくて、剣太に触れた感触が目覚めても残っていたときもありました。
 起き上がり現実に戻ると、そこに剣太はいません。
 はじめの頃は「なんで剣太がいないの……」と涙があふれていましたが、今は「剣君、会いに来てくれたんやね! ありがとう!」と思えます。
 真剣にこんなことを考えたこともあります。
 「もし、年に一度だけ逢えたなら」
 きっと日にちが近くなると、ソワソワして逢える日を指折り数えるでしょう。
 しかし、あっという間に一日は終わり、またお別れしなければいけません。
 それでも、顔が見れるだけでいい!
 ……でもまたつらい別れがやってくる。もうこの子と離れるのは嫌だ!
 だったら、逢わない方が何度も何度もつらい別れをしなくてすむ。
 主人は、こう言いました。そんな別れがあっても一年に一度顔が見れるなら、逢いたい!! また一年後を楽しみにすることができるから! と。
 いくら、こんな妄想をしても一生、剣太に逢うことはできないのに……
 どれだけ探しても地球上にいないのに……
 今の楽しみは、私がこの世を卒業するときに剣太に逢えることです。
 きっとお迎えに来てくれるでしょう。
 そのとき「おかん、お疲れ様でした」と言ってくれるかな。
 当時のようなキラキラの笑顔を見せてくれるかな。
 その日が来るまで、遺(のこ)された家族と共に日々を大切に生きたいです。
 今、思うこと。
 この裁判を共に闘ってくださった弁護士の先生方、そして私たちに関わってくださった多くの方々への感謝の気持ちがとても大きいです。
 ありがとうございました。
 そして、今、剣太のことを伝え続けてくださっている鈴木先生をはじめ、大学の先生方、これから子どもたちに関わっていく学生さんたちに剣太の事件を知ってもらい、考えてもらえることは、多くの子どもたちを守ることにつながると信じています。
 ですから、私たちが伝える機会があれば、動ける間はどこにでも足を運びます。
 お話を聞かせたいと思ってくださる方、どうぞお声がけください。
 あと何回、剣太の命日を迎えることになるのか分かりませんが、私たちの気持ちも時の流れと共に少しずつ変わってきています。
 しかし視界が広がっても、大切な剣太を胸に抱き続けることは変わりません。
 これからは、自分たちのことも少しいたわりながら過ごしていけたらと思っています(1)

3 母子の会話

 事件があると、残された家族たちは、「遺族」や「原告」という言葉でくくられてしまう。決して消えることのない大きな、深い傷を背負わされてしまったことは同じでも、親子の立場や、「きょうだい」の関係など、一人ひとり傷ついている心の場所は違うし、真に救ってほしいこと、助けてほしいこと、支えてほしい事柄はみんな、そして、日々違っているのが当然である。しかし、その点では、いまだ国や自治体の公的支援制度は、遺族一人ひとりの多様かつ継続的な支援策に乏しいのが現実である。
 同じ遺族の立場であっても、親にフォーカスする場合と、残された子(きょうだい)にフォーカスする場合とで、事件のその後の見え方は異なってくる場合も少なくない。
 奈美さんは、どう感じていたのであろうか。
 奈美さん自身、剣太が亡くなったことで、自分が壊れてしまって、剣太以外の二人の子どもに悲しい思いをさせてしまったと、自分を責めることが多いという(2)
 奈美さんは、14回目の剣太の命日を前に、娘のみか(仮名)さん(3)に次のようなメールを送ったそうである。
 お母さん自身が 壊れていたから みかに悲しく寂しい思いを たくさんさせたと思う。
 抱きしめて 思いを聞いてあげんといけん立場なのに 我が子の死は 頭の中が その子でいっぱいになって 周りを振り回してしまったんよな……
 でも みかちゃんの存在は お母さんを生かしてくれた!
 毎日 死を考えていたお母さんを この世に留めてくれたのは みかちゃんだった。
 お弁当を作って 遅刻ギリギリで車を走らせバスのお尻を追いかけたり お迎えに行ったり みかを見て微笑んで……
 それが お母さんを人間として生かしてくれたんで。
 活動で飛行機に乗り 飛び立つとき 家に置いてきたみかを思い いつも涙があふれた……
 まだ寝てるときに家を出てくるから ベッドの寝顔を思い出し 赤ちゃんを置いて出てきてしまったような……
 一人で必死に耐えてる あなたを置いて出かける罪悪感を いつも感じてたよ。
 寂しい中 たくさん頑張ってくれたね!
 みかちゃんの剣兄への思いは 自分を守るためのものだった。
 許すどころか 自分を守る術を見つけてくれて ありがとう!
 そして そんな気持ちに気づいてあげられなくて ごめんね。
 今 心穏やかに過ごしてくれてること本当に ありがとう!
 剣兄も 肩をかみつかれ血が出ても「みかちゃんがしたことは 痛くねーんで」と笑っているほどとても可愛がったみかちゃんが 幸せになることだけ 望んでると思うよ。
 (中略)
 お母さんの かわいいかわいいみかちゃん。
 あなたがこの世界にいるだけで お母さんは最強になり 優しい気持ちになれます。
 ありがとね。
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(1) もう一つの手紙
剣太に毎年ありがとうございます。
……もう14年です。
14年も会ってないわ……
でも声はしっかり覚えてる。
思い出す声と言葉は
「おかーん」です。
一番聞いた言葉だからね。
おかーんの言い方は
「お」は小さく 
「かーん」は優しく……
自然に私を呼ぶ声です。
本棚の向こうから……とか
台所の私を呼ぶ声

(2) 自らの子の死に直面して、果たして平常心で子育て(残された子らがいる場合)を継続できる人がいるのだろうか。
 ひとくくりにして遺族支援という用語が使われるが、親支援も子支援も個別ニーズが異なる以上、ひとくくりに論じられてよいはずがない。
 到底受け入れられない現実に直面し、戦場のような日々を過ごす中、親への制度的支援の充実は一層進められる必要がある。一方、同じように傷を負った子(「きょうだい」)へのグリーフケアの必要性については、いまだ認知度が低いといわざるを得ない。筆者がパネリストとして参加した令和2年10月16日「全国犯罪被害者支援フォーラム2020」においては、やっとというべきであろうが、「きょうだいが犯罪被害に遭うということ」が重要なテーマとして設定された。
 奈美さんとみかさんの語りが教えてくれるのは、何ら帰責性のない二人が家族間でお互いが自責の念を持っていたことである。本来こうした自責の念を感じさせないような社会でなければならない。そして、ヘルプの声を上げずとも、保育所・幼稚園・小・中・高・大学、地域や企業・行政等が、アウトリーチ的に、多機関で、継続的で手厚い精神的側面及び物理的側面の両面からの公的サービス・共助的サービスが展開されること、支えの充実が望まれる。

(3) 今回のみかさんが紡いでくださった言葉には、第三者がコメントすることができない、してはならないような、想像を絶する苦しみ、つらさ、悲しみが、筆者の心にも押し寄せ、のしかかってきます。みかさんには、気持ちの一端でも教えてくださり、感謝します。そして、奈美さんから聞く、剣兄のエピソードからも、剣兄は、誰よりも、みかさんが生きやすいように生きていくことをきっと誰よりも望んでいるでしょうね。
 


 

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部教授)

日本大学大学院危機管理学研究科教授兼日本大学危機管理学部教授。元文京区子ども家庭支援センター所長、男女協働課長、危機管理課長、総務課課長補佐、特別区法務部等歴任。都道府県、市区町村での審議会委員多数。法務博士(専門職)。保育士。著書に『自治体職員のための行政救済実務ハンドブック 改訂版』(第一法規、2021年)、『行政法の羅針盤』(成文堂、2020年)、『子を、親を、児童虐待から救う』(公職研、2019年)、『虐待・ⅮⅤ・性差別・災害等から市民を守る社会的弱者にしない自治体法務』(第一法規、2021年)等。

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