日本大学危機管理学部教授 鈴木秀洋/協力 工藤奈美
【目次】(青字が今回掲載分) 第1回 剣太からのバトン─時間は当事者の気持ちを軽くしない 第2回 剣太事件概観─剣太誕生・事件当日・部活・被害者として 第3回 学校・行政対応のまずさ(1) ─危機管理学・行政法学・被害者学の視点から 第4回 学校・行政対応のまずさ(2) ─事故調査委員会・教員の処分 【緊急特報】裁判記録は魂の記録である 第5回 損害賠償請求事件(大分地裁) ─最初の闘い・地裁判決の法的位置付け 第6回 第1回口頭弁論に臨む遺族の気持ち(大分地裁) 第7 大分地裁口頭弁論と立証活動 第8 遺族にとっての進行協議期日 第9 妹から剣兄へ。母から剣君へ 第10(予定) 証人尋問 第11(予定) 第一審判決 第12(予定) 損害賠償請求上訴事件 第13(予定) 刑事告訴・検察審査会 第14(予定) 裁判を終えて 第15(予定) 新たなステージ(剣太はみんなの心の中に) |
1 風音にとっての最もつらい日
裁判は、原則として、原告が主張事実について証拠を示して証明しなければならない。剣太の死を最も身近で直視し続けた弟の風音。二度と竹刀を握らない、握れなかった風音にとって、兄・剣太の当日の行動を再現することがどれだけつらいことであったか想像を絶する。兄の無念を晴らしたい一心で自己を奮い立たせたのであろう。筆者がここで何を語っても言葉が軽く感じられる。
剣道部時代の剣太
2 風音による進行協議での指示説明遂行
平成24年2月23日の第11回口頭弁論の後の期日としては、同年3月28日に裁判外(民事訴訟規則97条)で、進行協議期日(同規則95条1項)が竹田高校剣道場で行われた。
(進行協議期日) 第95条 裁判所は、口頭弁論の期日外において、その審理を充実させること を目的として、当事者双方が立ち会うことができる進行協議期日を指定す ることができる。この期日においては、裁判所及び当事者は、口頭弁論に おける証拠調べと争点との関係の確認その他訴訟の進行に関し必要な事項 についての協議を行うものとする。 2・3 略 |
受命裁判官(1)立ち会いの下、原告側と被告側の双方が剣道場で指示説明を行ったのである。
後に、この協議全体を撮影したDVD(2)については、甲86号証として、控訴審での福岡高裁に提出されている。
証拠説明書(3)には、以下のように、証明すべき事実と証拠との関係を具体的に明示している。
号証:甲86号証 標目:DVD(収録内容:平成24年3月28日進行協議期日の状況を撮影した映像) 作成年月日:2012.3.28 立証趣旨: 本件剣道場内で、被控訴人顧問が、工藤剣太に対し、パイプ椅子を投げたり、激しい打ち込み稽古を剣太一人だけ続けさせ、相当な運動負荷を与え、熱射病から意識障害を惹起している剣太に対し蹴るなどの暴行を加え、意識を失った剣太に往復ビンタを加えるなど、教育活動とは到底いえない、違法性の極めて高い行為をした事実 |
3 当日の進行協議期日の流れ
(1) 日時
平成24年3月28日(水)午後1時~午後2時30分まで
(2) 場所
大分県竹田市竹田2642番地 大分県立竹田高等学校 剣道場
(3) 立会者
受命裁判官・裁判所書記官・当事者(別添「当事者一覧表」のとおり)
(4) 実施内容
午後1時~午後1時30分 原告側(工藤風音)指示説明
詳細は、別添「原告説明」のとおり
午後1時30分~午後2時 被告側(顧問)指示説明
詳細は、別添「被告顧問説明」のとおり
午後2時~午後2時30分 被告側(副顧問)指示説明
詳細は別添「被告副顧問説明」のとおり
上記のような事務連絡が、裁判所書記官から当事者双方代理人に送付された。
添付書類は、(ア)当事者一覧表(原告、代理人、その他補助者、被告大分県、被告県代理人、指定代理人、被告顧問、被告顧問代理人、被告副顧問、被告副顧問代理人、被告市、被告市代理人、その他病院職員。なお、指示説明予定者として工藤風音、被告顧問、被告副顧問と記載されている)、(イ)校舎配置図(県立竹田高等学校)、(ウ)事実経過に関する主張対応表(原告、被告顧問、被告副顧問)、(エ)原告説明(別紙図面①~⑰-3)、(オ)被告顧問説明(別紙図面①~⑰)、(カ)被告副顧問説明(別紙図面①~⑰)の6点である。
面打ち、切り返し、1対1の打ち込み、顧問が椅子を投げつけた場所、面を持ち上げて剣太をたたいた位置、剣太が竹刀を落とした位置、剣太が手もつかずに倒れた位置、蹴られて倒れた位置などを、道場の図面に落とし込んで図示している(乙1号証の6の図面利用)。
上記(イ)、(ウ)、(エ)の一部について、事件との関連性のある範囲で掲載する。
4 校舎配置図(県立竹田高等学校)(イ)
5 原告説明(別紙図面①~⑰-3)の一部(エ)
6 別紙図面の一部(⑭-1、⑭-2、⑮-2、⑯)
7 事実経過に関する主張対応表(原告、被告顧問、被告副顧問)(ウ)
8 原告指示説明と被告指示説明の食い違い
上記のとおり、原告側と被告側とでは、主張事実に食い違いが生じている。この相違点については、今後の第12回口頭弁論期日平成24年5月24日(午前・午後)の風音と英士さんの証人尋問、第13回・第14回口頭弁論期日同年6月14日(午前)・同年7月5日(午前)における顧問の証人尋問・反対尋問、第15回口頭弁論期日における副顧問の証人尋問をも行った上で、主張事実を裏付ける立証が重ねられることになる。
証人尋問における被告側の言説のひどさについてはまた次回に詳述するとして、食い違いについては、裁判所が被告側主張ではなく、風音の現場説明を含む主張事実を採用したことは、判決を読めば明らかである。苦しみながらこの剣道場に再び立った風音の気持ちに思いを馳(は)せたい。
平成25年3月21日付け判決文には、このように原告側の主張事実を採用し、被告顧問側の主張事実を否定する箇所が何か所も出てくる。
例えば、第3 当裁判所の判断、2 事実認定、(4) 本件事故日の練習の状況等、ウ 休憩後の練習後半中、「被告顧問が、『演技するな。』などと言いながら、剣太の右横腹部分を前蹴りした。剣太は、一旦は踏みとどまったものの、ふらついて倒れた。なお、被告顧問は、剣太が倒れることはなかったと主張するが、証拠に照らし、採用できない」、また「被告顧問が、剣太の頬を叩き、剣太は再び立ち上がったが、道場内の女子部室の方へふらふらと歩いて行き、壁に額を打ち付けて倒れた。なお、被告顧問は、壁に額を打ち付けた後、剣太は壁に背中をもたれ掛けて長座姿勢で座り込んだと主張するが、これらの証拠に照らして採用できない」。
自らの行為の是非を顧みることなく、パイプ椅子を投げ、平手打ちを「気付け」と表現し、前蹴りを「右足の裏で右胴部を押した」と表現する顧問教諭に、果たして、剣道の理念を語り、子どもたちの指導に関わる資格はあるのだろうか。
9 竹刀という剣を向ける先
全日本剣道連盟のホームページ(4)には、剣道の理念として「人間形成の道」が掲げられ、剣道指導の心構えとして、礼法を重視し、「相手の人格を尊重し」、「礼節を尊ぶ」ことが掲げられている。そして、「剣道は、竹刀による『心気力一致』を目指し、自己を創造していく道である。『竹刀という剣』は、相手に向ける剣であると同時に自分に向けられた剣でもある。この修錬を通じて竹刀と心身の一体化を図ることを指導の要点とする」とある。
顧問は、剣太にのみ竹刀という剣の先を向け続け、剣太の「交剣知愛」の輪を広げていく機会を奪ったのである。そして、奪ったのは剣太の命だけでなく、剣太を愛する一人ひとりの思い、心の触れ合い、希望、確かに続いたはずの未来を永遠に奪ったのである。
剣太高校1年臥牛祭(文化祭)にて
(1) 受命裁判官による手続について民事訴訟規則98条。
(2) 関係者のプライバシー保護等の観点から公開は控えるが、剣太の代わりに竹刀を振った風音の姿の一部映像に関しては、筆者のホームページ・鈴木秀洋研究室の動画コーナーでアップロードを考えている。剣道の打ち込み等の様子がどのように行われていたのかの一端を知ることができよう。
(3) 作成者については略する。また被告両氏名については、本文中、それぞれ顧問、副顧問と表記している。
(4) https://www.kendo.or.jp/knowledge/kendo-concept/