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2018.08.27 政策研究

「香川・目黒虐待死事件」の検証と再発防止提言-全件共有論への危惧を中心に-

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(イ) 全件共有論下における警察介入の優先順位付け
 ⒜ 共有による責任の曖昧さの危険
  全件共有論は、年々児童虐待対応件数が増大している現状に対し、児童相談所の負担を軽減するとして、独自介入の効果をも主張している。しかし、そうだとすると、果たして警察は全件共有下の介入の順番・優先順位をどのようにつけるのであろうか。共有した全件の家庭のすべてに直ちに介入することは現実的には不可能である。
  しかし、全件共有のメリットは、単独でも警察が情報を得て出動機会を増やすことで子どもの命を救えるという理屈なのだから、虐待のおそれがあるとの家庭情報を得ていながら、情報をただ収集・管理しているだけで、直ちに介入しないで放置しておくという運用はできないだろう。警察が情報を得た以上、行政警察権の行使、刑事司法警察活動の開始は不可欠ということになる。仮に有している情報で優先順位が低いと警察が見立てたにもかかわらず、虐待死事件が起きた場合には、当然警察の不作為責任が法的に問われる、そのような法制度設計の提言でなければ意義を見いだすことは困難である。
  筆者が解釈するように、全件共有論の方向性が警察の法的責任をより重くするという主張でなく情報をお互いの組織がただ持ち合うという共有状態を主張しているにすぎないのであるとするならば、責任の曖昧さを生み出すだけのマイナスしかないと考える。情報共有論は、その先の役割分担・責任の所在論とセットでなければならない。全件共有論は、もらった情報に基づき警察が直ちに「動く」ことを前提としているはずであり、その対応手法についての具体的な詰めがない限り(協定を締結する等のレベルでは済まない)、虐待相談件数が多い地域においては、目に見えないSOSを埋もれさせる危険がある。
 ⒝ 警察との部分最適の危険
  そうでなければ、全件共有論は、警察が情報を得れば、その情報を精査して児童相談所に案件の確認や指示等ができると期待するのかもしれない。また、全件共有をした後に、お互いの組織で全件の見立て合わせを行うことになると期待しているのかもしれない。
  しかし、児童相談所は警察とだけ情報連絡をし合っているわけではない。市区町村との日常的な情報交換、連携、一時保護判断の調整等を頻繁に行っている。その他の関係機関と様々な情報交換、連携・役割分担をし合っている。
  現状でも限界に近い仕事をこなしているといわれている児童相談所に、全件についての虐待情報の見立てを警察に説明する時間と労力があるのであろうか、それはまた必要なことなのであろうか。調整コストは莫大であり、児童相談・ケースワークが崩壊する危険が高い。警察との情報交換の優先順位を常に上げた仕事が、必ずしも子どもと家庭の安全・安心を守る児童福祉行政となるとは限らない。全体かつ総合的視点が必要である。
  筆者は、虐待事案(判断も難しい)を見立てて、然るべき事案を警察に渡す(渡したものについてはきちんと見立てと役割分担を徹底する)という児童福祉の専門官としての主体的ハンドリングを維持すべきと考える。この作業は簡単ではない(後述するようにひとりでやるべきことではなく、医療者や弁護士をチーム内において協議して進めていくべきものである)。確かに、現状の児童福祉司は十分なし得ていないのではないかとの批判を否定することはできない。
  しかし、だからといって、警察が主体的な介入判断(介入の専門的手法含む)をすべきことを制度付けるべきなのだろうか、警察に委ねることがよくなし得ることなのかという点を、もう一度児童福祉法等の理念に立ち戻り、かつ、現実を見て議論・判断する必要がある。現状での全件共有の弊害は数多いのに対し、メリットは見いだせない。
(ウ) まとめ
 今回の虐待死事件における死亡した子どもの手紙が公開されたことにより、警察が踏み込むことを期待する議論がなされる。しかし、前述したように、現行の刑事訴訟法や警職法等の改正を行わないのであれば、全件共有をしても警察が介入できる場面は広がらないことについて冷静な法的議論がなされるべきである。現行法制度の下で警察が強制介入できる要件は厳格である。これまで積み上げられてきた限界基準を軽視すべきではない。

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

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