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2018.08.27 政策研究

「香川・目黒虐待死事件」の検証と再発防止提言-全件共有論への危惧を中心に-

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日本大学危機管理学部准教授 前文京区子ども家庭支援センター所長
日本公法学会・警察政策学会・日本子ども虐待防止学会等所属 鈴木 秀洋

目次

はじめに
第1 警察・児相間全件共有論への危惧
 1 児童福祉法等と刑事訴訟法等との基本理念の相違を看過している点
  (1) 通告は子ども・保護者のSOSであり支援・介入の端緒である
  (2) 虐待対応は警察介入をメインロードとしてよいのか
 2 現行児童福祉法制度活用への言及がない点
  (1) 立入調査・臨検・捜索等の制度─介入の法制度は存在していること
  (2) 現行法制下の警察との連携の実務通知・指針
  (3) 現行刑事法制度(警察官職務執行法・警察法含む)
  (4) 行政手続一般及び他の行政手続との比較の視点
 3 児童福祉(相談・ケースワーク支援等)の専門性─要対協による関係機関ベストミックス・支援拠点の設置に言及がない点
  (1) 要対協との関係について
  (2) 市区町村子ども家庭総合支援拠点との関係について
 4 まとめ(結論)
第2 虐待死防止のための提言(4つの提言)
 1 相談対応件数の上限の設置(ケースワーカーの強制設置とメンタルヘルスケア)
 2 要対協調整機関専門職配置の迅速化と権限付与・義務化
 3 市区町村子ども家庭総合支援拠点の迅速設置と補助拡大─市区町村中心主義へ
 4 現行法制度を使いこなすケースワーカーの能力向上と専門アドバイザーがいる日常
おわりに

はじめに

 「目黒区虐待死事件」再発防止の解決策として、児童相談所と警察とが全件共有すべきとの提言(以下「全件共有論」という)が行われ、署名活動が広がっている。いくつかの都道府県では導入がされている。
 しかし、全件共有論は、筆者の児童福祉行政の指揮をとってきた立場、行政法・地方自治法の教鞭を執っている立場、児童福祉と刑事の架橋を研究テーマとしている研究者の立場(警察政策学会所属、日本子ども虐待防止学会所属)からして、解決提言として極めて疑問であるため、全件共有の弊害を指摘するとともに全件共有に代わる具体的提言を行うこととしたい。
 筆者自身は、多機関情報共有・連携推進論者である。東京23区において、危機管理課長として暴力団排除条例立案担当し警察との積極的な連携を行い、また東日本大震災に際しては妊産婦・乳児救護所の制度設計を行い医療と行政のネットワークづくりを推進、さらに居所不明児童を救うべく、子どもおせっかい地域ネットワーク構築など行政機関の足りない部分を多機関で凸凹を埋めて住民の命を救うべきとの立場で様々なネットワークづくりを推進してきており、多機関連携ネットワークづくりにより行政課題を解決してきた。
 その立場をしても、全件共有論に賛同できないのは、以下に指摘するとおり全件共有論は、子ども(家庭)の命を救うことにはならない(弊害の方が大きい)と考えるからである。以下論点を整理するとともに、虐待死防止のための具体的提言を併せて行う。

第1 警察・児相間全件共有論への危惧

1 児童福祉法等と刑事訴訟法等との基本理念の相違を看過している点
 児童福祉法制と刑事訴訟法制とはその基本理念・基盤を異にする。児童福祉法制は保護者を逮捕し処罰するための法制度ではない。この点に常に立ち戻って法制度設計を行わねばならない。
⑴ 通告は子ども・保護者のSOSであり支援・介入の端緒である
(ア) 通告の受け止め方
 日常の子どもに係る相談や通告は様々なものがある。市区町村や児童相談所には、子どもの発達の悩み、育てづらさの悩みや、衣食住に係る悩み、子ども同士のトラブルの悩みや、学校でのいじめ、おむつがとれない、ぐずって泣き止まない、ご飯をあまり食べない、このような相談もある。このような相談は、果たして虐待のおそれがある案件ではないと判断してよいものだろうか。客観的には小さなことと思われるような事柄で主観的には大きな不安を抱えて虐待や自殺に向かう例は少なくない。何度もたたかれその外傷が明らかであるとの例は実務上は決して多いとはいえない。
 何をもって虐待案件として全件共有とするのか。虐待に係る(本人又は第三者の)電話や相談を受けてそれを虐待案件として受理する等の協議過程(ケース会議等)が必ず入るのである。リトマス試験紙につけて直ちに虐待という結果が判別できるものではない。虐待ケースと評価したとしてもそこに固定的な意味はない。その後、統計上の位置付けを変更することも少なくない。虐待か否かの線引きが重要なのではなく、当該案件の見立てと対応方針の決定が重要なのである。
 また虐待に至るおそれを広くカバーしておく必要があるのは虐待のおそれを刑事罰発動要件とみるのではなく、児童福祉法1条の基本理念である子どもの権利主体性、すなわち命を守るためであり、守るべき命は、体と心の両面である。直ちに保護者から引き離せばそれで解決するという単純なものではない。①引き離しが必要な場合もあれば、②親を支援することで子どもが救われる場合もある。家庭全体の力学・姿を見立てる必要がある。そして、その見立てによる支援・介入の是非は、一人ひとり異なる子どもの将来(の自己肯定感)に大きな影響を与えるのである。
(イ) 介入根拠法令相違の理解
 通告の共有ではなく、通告の意味内容を関係機関が共有することが大切である。
 この点、通告を適切に行われるようにするために、「虐待」か「しつけ」かその区別基準が明確にされる必要があるといわれることがある。しかし、上述したように児童福祉法及び児童虐待の防止に関する法律(以下「児童虐待防止法」という)の考え方からすれば、虐待の定義を明確にして、虐待者を逮捕し、処罰することが目的ではない。「虐待のおそれ」という概念を広く捉えてカバー対象とするのは、その表出をSOSと捉え、支援・介入の端緒と考えるからである。
 警察と全件共有し、刑事罰発動の要件と兼ねる方向への制度・運用改正は、虐待構成要件をより明確にすることを求めることになるし、虐待の所掌は、児童福祉法及び児童虐待防止法(以下両者併せて「児童福祉法等」という)の射程ではなく、むしろ警察の所掌・射程とすべきということになる。
 しかし、ネグレクト事案でも、性的虐待でも、心理的虐待であっても、その場で展開されていない限り、事前に警察が情報を得て現場に踏み込んだとしても直ちにその場で事実関係が明らかとなるものはむしろ少ないといえよう。子どもに確認しようとしても、保護者を目の前にして子どもが被害(その意味を含めて)を、初めて訪ねてきた信用できるかどうかも分からない大人に、告白できると考えること自体が幻想である。
 子どもの命を守るとは、繰り返しの訪問や信頼関係の構築によって保護者や子どもの真意を引き出していくことである。それをよくなし得るのが、児童福祉法制を修め、児童福祉法等を根拠に支援・介入を行う児童福祉職の職員である。警察の介入とは大きく趣旨を異にする。根拠法規及びバックグラウンドの組織規範が異なる。同じ介入手法(獲得目標)でよいならば、同じ法律・同じ組織でよいはずである。
 個人に刑罰を科す刑事手続法規を根拠とする活動とは根本的に目指す姿が異なるものである。この点、全件共有論からは、刑事警察活動ではなく行政警察活動であることを強調した反論がなされることが予想される。しかし、行政警察活動による社会秩序維持目的を含めて考えたとしても児童福祉法等とは根本的に目的が異なる。
 むろん、上記は、警察との連携を消極に解す論拠ではない。現行法における児童相談所と警察との連携については、児童虐待防止法10条において、児童相談所から警察署長への援助要請等の規定がある。また平成28年4月1日・雇児総発第6号「児童虐待への対応における警察との情報共有等の徹底について」が発出されていること。さらに、児発133号平成2年3月5日付厚生省児童家庭局長通知(平成30年3月30日改正)「児童相談所運営指針」(第8章第14節)でも、警察との関係(191〜194頁)の項目を設け、①警察の位置付け、②児童相談所へ通告される事例、③児童相談所へ送致される事例、④委託一時保護、⑤少年補導、非行防止活動等、⑥虐待事例等における連携、⑦要保護児童対策地域協議会における連携、⑧その他という項目で、詳細な連携の定めを置く。
 こうした通知は、現行法下での運用を具現化したものであり、この法運用を否定し全件共有論を展開するのであれば、これに代わる具体的な法文の提示ととともにその法改正に伴う具体的な法運用案の提示(通知)がなされなければ、現場は混乱するばかりである。
⑵ 虐待対応は警察介入をメインロードとしてよいのか
(ア) 全件共有の有効性のエビデンスは本当にあるのか
 全件共有論は、警察との関係にのみ言及しており、要保護児童対策地域協議会(以下「要対協」という)全体の情報共有についてのビジョンに言及がない。今回の「目黒区虐待死事件」では(また他の虐待死事案の分析においても)、なぜ、現行の児童福祉法に規定されている法定のネットワークである要対協では足りず、全件共有を導入していたら救われた命であると主張するのか根拠が明らかでなく、事例(注2後藤前掲書)が詳細分析なく列挙されている。
 全件共有を導入した県の事例として、警察官が行くことで保護者がドアを開けてくれた例があるという事案紹介がされているようであるが、それは果たして全件共有の成果なのであろうか。
 今回、香川県警は現に介入しているが、その後も虐待は続いていた。果たして香川県警の2度の介入は評価されるべきなのか。全件共有論者が香川県警の対応を非難せず、品川児相が全件共有しなかったことに焦点を当てて批判している点は疑問である。この点、警察の本務は1回的介入を行いその場で命の確認と保護者に強い注意喚起を行えば成功であり、後は児童相談所の問題であると考えているのかもしれない。しかし、今回の事案において、目黒区転居後に全件共有がなされていたとしても、上記警察の意識・運用の下では、筆者は、虐待死の日時が少し後ろにずれただけである蓋然性が高いと考えている。

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

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