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2018.08.27 政策研究

「香川・目黒虐待死事件」の検証と再発防止提言-全件共有論への危惧を中心に-

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2 現行児童福祉法制度活用への言及がない点
⑴ 立入調査・臨検・捜索等の制度─介入の法制度は存在していること
 全件共有論者があまり言及していないが、現行児童虐待防止法には、知事による出頭要求(8条の2)、立入調査(罰則あり)(9条)、再出頭要求(9条の2)、臨検・捜索(9条の3)というように、介入のための制度が定められている。そして、かかる制度は、行政法の分野においては、強制調査の中でも例外的に、最も強制の度合いの高い実力行使を伴う「行政調査」手法と評価されるものである。
 児童福祉の理念を捨てることなく、この枠組みの中での強制介入制度を設けており、この介入は児童相談所が主体的に行う本務中の本務である。警察は援助という位置付けであるこの法制度設計をよりよく運用できるための議論の具体が詰められるべき事柄であり、全件共有論はこの法制度設計では不十分であるとして、新たに、警察主導のハンドリングを目指すものといえ、現在の児童福祉法制度全体との親和性がない。
 筆者は、現在の児童福祉法制度の活用・強化が有効であると考える。現に『子ども虐待対応の手引(平成25年8月改訂版)』(厚生労働省)第4章には、立入調査、出頭要求、臨検・捜索について事例を挙げて詳細な手続の説明がなされている。この手引き記載の知識の共有及びこの知識・手続を組織で蓄積していくことが不足しているだけであり、この点の研修(実技含む)や実践により本務を本務足らしめることができよう(弁護士活用が有効な分野である)。
 なお、平成20年に解錠を可能とする新たな立入制度等を創設、さらに平成28年改正で、立入調査の後に最出頭要求を経ずに裁判所の許可状により臨検・捜索が実施できるようになり、子どもの安全確保強化という意味では制度深化させて現行法制度となっている。
⑵ 現行法制下の警察との連携の実務通知・指針
 現行の児童福祉法制度の下では、児童相談所の介入に関しては、前述のように警察は援助する法制度体系をとっている。
 しかし、このことは、児童相談所と警察の連携が消極ということではない。児童相談所と警察との情報連携については強く推奨しており、現実に、平成28年4月1日・雇児総発第6号「児童虐待への対応における警察との情報共有等の徹底について」「1 警察から児童相談所及び市区町村に対する照会への対応」において発出している。また、「児童相談所運営指針」にも明確に書き込まれている。
 もちろん、書き込まれている情報連携の実際の運用がなされていたのかについての検証は必要である。しかし、児童相談所の情報をすべて警察が共有しておくという曖昧な制度提言をするよりも、通知や指針の徹底が必要なことである。
 筆者は、全件共有では今以上に責任の所在が曖昧となると考える。現状やるべきこととしては、子どもにかかる事案に関して、警察が110番通報を受けて介入するのであれば、案件の緊急性を見極めつつも、児童相談所や市区町村子ども部門等に状況を確認し、現場に行くという個別対応でよいはずである。日常的な児童相談所・市区町村子ども部門等と警察との間の連携及び意思疎通ができていればそれは決して困難なことではない。実際の現場でも行ってきていることであり、そのことは通知と指針の運用の徹底ということである。
⑶ 現行刑事法制度(警察官職務執行法・警察法含む)
 行政・警察が個人の家に入っていくためには根拠法が必要である。そして、現行の児童福祉法等における警察の位置付けは、援助(児童虐待防止法10条)というものである。
 この点、全件共有論は、こうした現行の児童福祉法制度の縛りの中での警察の立ち位置の不都合性を主張するのものといえる。その意味で全件共有論は、児童相談所情報を持っているだけでは意味がなくその情報を積極的に使って介入をすることが論理的帰結となるはずである。そして、今回の目黒虐待死事件においても、警察は児童相談所と全件共有していれば虐待が疑われる家庭に立入り、子どもの安全を確認できたと主張しているがその根拠法令については言及していない。
 例えば、「近隣で子どもの泣き声がする。虐待でないか」と110番通報がなされ、警察が対象者宅に赴く場合、現行法では、次の刑事訴訟法の規定及び警職法、警察法の規定(を解釈して)しか家庭に立ち入っていく場合に根拠とし得る規定はないはずである。
 そこで、現行児童福祉法制の援助的な立場とは異なり、児童相談所とは別に警察が独自に介入する場合、又は児童相談所との主従のハンドリングを逆転させて警察が主体的に介入することができるのか、以下現行法制度を検討してみる。
(ア) 警察官が強制的に立入る法的根拠がないことについて
 ⒜ 憲法・刑事訴訟法上の逮捕や捜索等の強制処分(9)
  現行憲法(33条・35条)・刑事訴訟法で、根拠となるのは、保護者の身体拘束を行うのであれば、刑事訴訟法199条の通常逮捕(罪を疑うに足りる相当理由・必要性+令状)、同210条緊急逮捕(重大事案・充分理由・令状暇なし)、同212条の現行犯(準現行犯)逮捕の要件(現に罪を行い・行い終わった)を満たさねばならない。
  また、捜索・差押えを行うのであれば、同218条令状による捜索・差押(正当理由と必要性)、同220条の逮捕に伴う捜索・差押えの要件を満たさねばならない
  暴行・傷害等の犯罪事実を捜査し(証拠収集をし)、令状を取得した上での立入りが原則となる。
  「目黒区虐待死事件」において、警察官が事前に当該保護者の過去の虐待情報を得ていたとしても、それのみで、目の前で暴行、傷害等の虐待事実を発見しない状況下では、強制的に子どもの安全確認はできなかったものと考える。
 ⒝ 行政警察活動としての警職法等
 (α) 警職法
  警職法にも立入権の規定(同6条)がある。しかし、避難等の措置(同4条)・犯罪の予防及び制止(同5条)に係る危険な事態の発生と生命身体等への危害の切迫性を要件とし、かつ、やむを得ないと認めるときに、合理的必要な限度の下での立入りを認めているにすぎない。
  なお、警職法2条は、職務質問規定を定め、この実効性を図るのに必要な限度での所持品検査を認めているが、居住空間に強制的に立入って行使することを想定した規定ではない。個々人の居住空間すなわちプライバシーの権利保障(憲法13条)は確保されねばならない。ちなみに、消防法4条1項ただし書は、「…ただし、個人の住居は関係者の承諾を得た場合又は火災発生のおそれが著しく大であるため、特に緊急の必要がある場合でなければ、立入らせてはならない」との規定を設けており、比較する上で参考になろう。
 (β) 警察法
  また、警察法2条の規定がある。しかし、同条は組織法としての警察の責務規定である。この規定をもって、強制的に家庭に入る根拠と解釈することはできない。
 (γ) 巡回連絡
  さらに、警察官が巡回連絡として意見や要望を伺い、身近で発生する犯罪の予防や事故防止に役立つ情報を知らせる活動を行っているが、この巡回活動も強制的に立ち入る権限とし得るものではない。
 ⒞ まとめ
  全件共有論は、警察が110番通報を受けた場合に児童相談所の情報を受けてさえいれば子どもの身体を確認できて命を救えるという主張をするが、こうして検討してみると、それは任意で行う行政警察活動を事実上強制的に行使しうるという主張であり(注⑵160頁には、現実に警察であれば市民は多くの場合従う、との記述)、法的理論たり得ない。保護者が拒否した場合でも警察が主体的かつ強制的に、子どもの身体・生命等を確認するためには、令状請求を行うなど強制処分を定める刑事訴訟法上の手続を原則どおり踏んでいく必要があろう。
  保護者が拒否した場合でも、警察が主体的かつ強制的に、子どもの身体・生命等を確認するためには強制処分を定める刑事訴訟法の規定要件を満たしている(その事実がある)と主張せざるを得ない。
  子どもの命を守るために警察が果たす役割は重要である。しかし、そのための法制度を十分確認しておく必要がある。現行刑事法令等の改正や法解釈論を展開せずに、現行法で介入出来るかのような主張は国民を誤導するものである。制服を見せて過度に威嚇して萎縮させて相手が従うであろうことに期待するという提言は、警察権行使と個人のプライバシー保障に関し、これまで積み上げられてきた学問的哲学・土台、判例を無視した議論であり、法的問題が大きい

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

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