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2023.08.25 議員活動

第13回 「子どもの声は騒音か」をドイツとの比較で考える

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弁護士 滝口大志 

「地方自治勉強会」について

 この勉強会では、議員と弁護士とが、裁判例や条例などを題材にして、それぞれの視点からざっくばらんに意見交換をしています。本稿では、勉強会での議論の様子をご覧いただければと思います。発言者については、議員には〔議〕、弁護士には〔弁〕、コラムニストには〔コ〕をそれぞれ付しています。  
 なお、勉強会は自由な意見交換の場であり、何らかの会派、党派としての見解を述べるものではありません。

〔今回の勉強会の参加者(五十音順)〕
石田慎吾(品川区議会議員)
加藤拓磨(中野区議会議員)
上村遥奈(弁護士・第一東京弁護士会・弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所)
サンドラ・ヘフェリン(コラムニスト)
滝口大志(弁護士・第一東京弁護士会・丸の内仲通り法律事務所)
千葉貴仁(弁護士・第一東京弁護士会・東京リーガルパートナーズ法律事務所)
中村延子(中野区議会議員)
本目さよ(台東区議会議員)

はじめに

滝口大志〔弁〕 子どもというのは、かわいいものです。
千葉貴仁〔弁〕 人の親になるとなおさらですね。
滝口〔弁〕 とはいえ、子どもはエネルギーの塊みたいなものです。
中村延子〔議〕 子どもたちは公園でも元気いっぱいです。
本目さよ〔議〕 詳細は分かりませんが、最近、公園で遊ぶ子どもの声が原因で公園が廃止になったという報道がありましたね。
滝口〔弁〕 子どもの声は騒音ということなのでしょうか。今回は、「子どもの声は騒音か」というテーマで話し合いたいと思います。

海外ドイツでは

滝口〔弁〕 さて、日本での議論も大切ですが、海外にも目を向けてみたいと思います。ドイツでは子どもの声は騒音ではないという法律が制定されていて、日本よりも議論が先行しているように見受けられます。というわけで、コラムニストのサンドラさんに、ドイツの社会状況をお聞きしたいと思います。
サンドラ・ヘフェリン〔コ〕 はじめまして。私は日本人とドイツ人のハーフです。日本とドイツを行ったり来たりして過ごしています。私からは、ドイツではどのような議論があって法律が制定されて、その結果、社会がどう変化したのかについてお話ししたいと思います。
滝口〔弁〕 私からは、法学論文を参照しながら、日本やドイツでの法律や裁判などの法的な側面を補足したいと思います(1)

キンダーレルム(子ども騒音)

サンドラ〔コ〕 もともと、ドイツは「子どもに優しくない国」だといわれています。子どもを持つ人が不利に扱われることがあるのです。小さい子どもがいると、アパートへの入居を拒否されることは珍しくありません。子どもと一緒では入店できない飲食店も多いです。
石田慎吾〔議〕 意外ですね。ヨーロッパは子どもに理解があるものとばかり思っていました。
サンドラ〔コ〕 ドイツ語で、子ども(複数)のことを「キンダー」といいます。子どもが騒ぐことを「Kinderlärm:キンダーレルム(子ども騒音)」と呼ぶぐらいです。ドイツ人は音に敏感なのです。
千葉〔弁〕 ドイツでは、児童保育施設の差止めを求める裁判が相次いで起きたと聞きました。
サンドラ〔コ〕 それは2000年代になってのことです。ベルリンとハンブルクで、住宅地に設置された幼稚園と保育園が訴えられるという裁判が起きたのです。子どもの声がうるさいという理由です。
千葉〔弁〕 裁判の結果はどうなりましたか。
サンドラ〔コ〕 いずれも幼稚園と保育園が負けました。その結果、訴えられたはハンブルクの幼稚園は廃園となり、同じく訴えられたベルリンの保育園は移転を余儀なくされました。
千葉〔弁〕 判決はどのような内容でしたか。
サンドラ〔コ〕 ハンブルクの裁判の判決では「閑静な住宅街に60人規模の保育園はそぐわない」とまでいわれています。そうだとすれば、児童保育施設は商業地域などの不便な場所に追いやられることになってしまいます。この判決は社会に大きなインパクトを与えました。

立法での解決

千葉〔弁〕 児童保育施設側にとっては致命的な司法判断が出てしまったわけですね。そこからドイツ社会はどのように解決を図ったのですか。
サンドラ〔コ〕 ドイツには「連邦イミシオン防止法」という法律があります。2011年、この連邦イミシオン防止法が改正されて「子どもの声は騒音ではない」と明記されたのです。

○連邦イミシオン防止法22条1項a号
 児童保育施設、児童遊戯施設、及び球戯場等のそれに類する施設から児童をめぐって引き起こされる騒音作用は、通例、有害な環境作用ではない。こうした騒音作用について評価する際には、イミシオンの限界値及び基準値に依拠してはならない。

千葉〔弁〕 立法での解決ですね。法改正の中身に大変興味があります。
サンドラ〔コ〕 この法改正については、児童保育施設を訴訟リスクから遠ざけることが最大の目的です。
千葉〔弁〕 なるほど。弁護士からすると耳が痛いといったところでしょうか。
滝口〔弁〕 ドイツの法律について、私から大まかな内容を補足したいと思います。連邦イミシオン防止法は今回のように騒音に限らず、大気汚染、振動、光などの不快な事象全般に関する行政訴訟法とでもいうべきものです。この連邦イミシオン防止法は、子どもの声を「特権化」しました。「子どもの騒音」が差止請求の法律要件には原則として当たらないことを定めたのです。

○「特権化」とは
 ① 騒音作用が「有害な環境作用」には当たらない。
 ② 「重大な不利益又は負荷」の重大性の要件を満たさない。

上村遥奈〔弁〕 法律要件できっちりと整理するところが、いかにも独法らしいですね。行政機関に対する差止請求などを想定しているとのことですが、民民での騒音問題だとどうなるのでしょうか。
滝口〔弁〕 おっしゃるとおり、連邦イミシオン防止法は民事訴訟には直接適用されません。しかし、民民での差止請求であっても、裁判所は連邦イミシオン防止法に準じた判断をするようになったとのことです。
上村〔弁〕 差止請求はともかく、損害賠償も請求できないでしょうか。
滝口〔弁〕 騒音の受忍に代わる金銭補償までは否定されていません。もっとも、原則として受忍義務があることとなるでしょう。直ちに数値基準が適用されるべきでなく、児童保育施設側に寛容な判断になるのではないでしょうか。
サンドラ〔コ〕 よほどの事情がない限り、児童保育施設側が負けることはなくなったといえるでしょう。

 

 
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勉強会では自由闊達(かったつ)にディスカッションしています。今回
の発表担当はサンドラ女史(右3番目)、滝口弁護士(右2番目)です。

ドイツ社会の変化

千葉〔弁〕 立法を契機に、ドイツ社会は変わったのですね。
サンドラ〔コ〕 法律ができたことで、みんな良い意味で諦めたのだと思います。「ドイツは子どもに優しい国だと思いますか?」というアンケートを実施したところ、約半数が「はい」と回答したというデータがあります。法律の改正前には、「はい」との回答は20%程度でした。
石田〔議〕 ドイツ社会は法律への忠誠心が高いのですね。法律には従う文化があるのだと思います。立法目的を実現するための効果が出ていて、本当にすばらしいです。
サンドラ〔コ〕 そうはいっても、法律ができたことで、ドイツ社会が全面的に子どもに優しくなったわけではありません。
千葉〔弁〕 具体的に教えてください。
サンドラ〔コ〕 ドイツには「Ruhezeit(休息時間)」という文化があります。この休息時間では、家の中で静かに過ごさなければならないのです。地域によって違いはありますが、夜間はもちろん、平日の昼の時間帯や日曜日も該当します。この休息時間にマンションの共用部分で子どもが遊ぶのは絶対にダメです。きっと猛烈な抗議を受けることでしょう。
千葉〔弁〕 裁判を起こされることがなくなったわけではないのですか。
サンドラ〔コ〕 はい。子どもの声を原因とする訴訟が全くなくなったわけではありません。子どもの声があまりにうるさいという理由で、住んでいるマンションからの退去を命じられた判決もあります。

日本の場合

本目〔議〕 日本での法規制について教えてください。
滝口〔弁〕 法律のレベルでいうと、環境基本法が「騒音に係る環境基準」を定めています。しかし、環境基本法は子どもの声が環境基準から適用除外されるとは規定していません。
本目〔議〕 条例レベルでの規制はいかがでしょうか。
滝口〔弁〕 東京都では、2000年に「東京都公害防止条例」を全面的に改正して「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」(以下「環境確保条例」という)が公布されました。環境確保条例では、日常生活等における騒音・振動の大きさの基準値を定めているのですが、工場で稼働する機械音や道路を行き交う自動車の音とともに、「子供(未就学児童)の遊び声」が騒音に含まれるものと規定されていました。
本目〔議〕 子どもの声が真っ向から騒音に当たるとされていたのですね。
滝口〔弁〕 その後、2015年に環境確保条例は改正されました。改正の結果、子どもの声や足音・遊具音などは数値規制の対象外となりました。

○東京都環境確保条例「日常生活等に適用する規制基準」(別表第13)
 保育所その他の規則で定める場所において、子供(6歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にある者をいう。以下この表において同じ。)及び子供と共にいる保育者並びにそれらの者と共に遊び、保育等の活動に参加する者が発する次に掲げる音については、この規制基準は、適用しない。
(1) 声
(2) 足音、拍手の音その他の動作に伴う音
(3) 玩具、遊具、スポーツ用具その他これらに類するものの使用に伴う音
(4) 音響機器等の使用に伴う音

上村〔弁〕 条例が適用除外を定めているからといっても、子どもの声だからどんなにうるさくても許容されるわけではないですよね。
滝口〔弁〕 そのとおりです。受忍限度というものがあります。近隣への配慮を一切しなくてよいというわけではありません。
本目〔議〕 東京都以外の自治体では、このような条例は制定されていないのでしょうか。
滝口〔弁〕 今回の勉強会のためにざっとリサーチした限りでは、東京都以外の自治体で明確に条例を定めているものは見当たりませんでした。
本目〔議〕 そもそも、環境確保条例の子どもというのは、どの範囲なのですか?
滝口〔弁〕 未就学児童が対象であり、小学校(小学生)には適用されません。
本目〔議〕 本当にそれで十分なのかは、もっと議論が必要ではないでしょうか。
千葉〔弁〕 23区で独自に区条例を定めて、環境確保条例よりも適用除外の範囲を広げることはできないのでしょうか。
加藤拓磨〔議〕 法律の委任の範囲内なのかは慎重に検討する必要があるでしょう。規制を上乗せするのではなく、規制緩和するという内容になりますので。

子どもがいると迷惑施設なのか

千葉〔弁〕 先ほどのとおり、環境確保条例では子どもの声を騒音の対象から外しているのですが、東京都の現状を見ると、ドイツほどの効果は上がっていないように見受けられます。
石田〔議〕 公園や小学校など、子どもがいる施設が迷惑施設にカウントされているかのような様相さえ見受けられるところです。
加藤〔議〕 高齢者には子どもの声が特に煩わしく聞こえることもあるでしょう。
千葉〔弁〕 それはどうしてなのでしょうか。
加藤〔議〕 加齢によりリクルートメント現象を発症させることがあります。この症状は小さな音は聞こえないが、一線を越えて大きな音になると割れたり、響くように聞こえるというものです。
千葉〔弁〕 高齢者にとっては切実な問題ですね。
加藤〔議〕 子どもの声の騒音問題というのは、高齢化社会が引き起こしているともいえるのではないでしょうか。
千葉〔弁〕 何か解決方法はないものでしょうか。
加藤〔議〕 防音工事をすればよいという意見もあるでしょう。しかし、子どもたちを塀の内側に閉じ込めるのが、本当に良いことなのかどうか。
石田〔議〕 それがたった一人だけの反対の声というケースもあるでしょう。一人ひとりの声が大事であることはいうまでもありませんが、他方でもっともっと多くの子どもたちもいるのです。どこかで政治が決断することが必要な場面はあるはずです。

日本ならではの解決方法はないのか

上村〔弁〕 例えば、今の日本の公園では、子どもの成長から防災まで、あるゆる目的を一緒くたにまとめている面があるように思います。タイムシェアであったり、目的別であったり、いろいろと方法はあるのではないでしょうか。
中村〔議〕 中野区では2020年に「公園再整備計画」を策定しました。この公園再整備計画には様々な内容が含まれていますが、子どもとの関係でいえば、2022年に公園ルールを見直しました。例えば、中規模以上の特定の公園ではボール遊びが可能となります。
加藤〔議〕 ダメダメをダメではないものにしていく、ということですね。不必要な規制は積極的に除いていくべきだと思います。
千葉〔弁〕 花火も場所がありません。手持ち花火は日本の伝統文化だと思うのですが。
サンドラ〔コ〕 ちなみにドイツでは、大みそかに盛大に花火を打ち上げる習慣があります。町々でどんどん打ち上げるのです。本当にうるさい(笑)。
千葉〔弁〕 ドイツ人は普段は音に敏感ということですが、例外もあるのですね(笑)。

おわりに

滝口〔弁〕 「子どもの声は騒音か」というテーマは、「騒音問題」にとどまらないことが分かりました。日本とドイツとの比較から、日本でもまだまだ解決方法を探っていくための方策があることも分かりました。議員と弁護士との相互理解がさらに深まることを祈念し、今回の勉強会を終わりにしたいと思います。

(1) 石上敬子「ドイツにおける児童騒音訴訟に関する一考察:連邦イミシオン防止法における特権化の意義」同志社法學68巻7号。

滝口大志(弁護士)

この記事の著者

滝口大志(弁護士)

1982年千葉県生まれ 千葉大学法経学部法学科卒業、九州大学法科大学院修了 弁護士登録(第一東京弁護士会)(新第65期) 主な著書に、『建物明渡請求の事件処理80〔第二版〕』(税務経理協会、2021)など。

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