キンダーレルム(子ども騒音)
サンドラ〔コ〕 もともと、ドイツは「子どもに優しくない国」だといわれています。子どもを持つ人が不利に扱われることがあるのです。小さい子どもがいると、アパートへの入居を拒否されることは珍しくありません。子どもと一緒では入店できない飲食店も多いです。
石田慎吾〔議〕 意外ですね。ヨーロッパは子どもに理解があるものとばかり思っていました。
サンドラ〔コ〕 ドイツ語で、子ども(複数)のことを「キンダー」といいます。子どもが騒ぐことを「Kinderlärm:キンダーレルム(子ども騒音)」と呼ぶぐらいです。ドイツ人は音に敏感なのです。
千葉〔弁〕 ドイツでは、児童保育施設の差止めを求める裁判が相次いで起きたと聞きました。
サンドラ〔コ〕 それは2000年代になってのことです。ベルリンとハンブルクで、住宅地に設置された幼稚園と保育園が訴えられるという裁判が起きたのです。子どもの声がうるさいという理由です。
千葉〔弁〕 裁判の結果はどうなりましたか。
サンドラ〔コ〕 いずれも幼稚園と保育園が負けました。その結果、訴えられたはハンブルクの幼稚園は廃園となり、同じく訴えられたベルリンの保育園は移転を余儀なくされました。
千葉〔弁〕 判決はどのような内容でしたか。
サンドラ〔コ〕 ハンブルクの裁判の判決では「閑静な住宅街に60人規模の保育園はそぐわない」とまでいわれています。そうだとすれば、児童保育施設は商業地域などの不便な場所に追いやられることになってしまいます。この判決は社会に大きなインパクトを与えました。
立法での解決
千葉〔弁〕 児童保育施設側にとっては致命的な司法判断が出てしまったわけですね。そこからドイツ社会はどのように解決を図ったのですか。
サンドラ〔コ〕 ドイツには「連邦イミシオン防止法」という法律があります。2011年、この連邦イミシオン防止法が改正されて「子どもの声は騒音ではない」と明記されたのです。
○連邦イミシオン防止法22条1項a号
児童保育施設、児童遊戯施設、及び球戯場等のそれに類する施設から児童をめぐって引き起こされる騒音作用は、通例、有害な環境作用ではない。こうした騒音作用について評価する際には、イミシオンの限界値及び基準値に依拠してはならない。
千葉〔弁〕 立法での解決ですね。法改正の中身に大変興味があります。
サンドラ〔コ〕 この法改正については、児童保育施設を訴訟リスクから遠ざけることが最大の目的です。
千葉〔弁〕 なるほど。弁護士からすると耳が痛いといったところでしょうか。
滝口〔弁〕 ドイツの法律について、私から大まかな内容を補足したいと思います。連邦イミシオン防止法は今回のように騒音に限らず、大気汚染、振動、光などの不快な事象全般に関する行政訴訟法とでもいうべきものです。この連邦イミシオン防止法は、子どもの声を「特権化」しました。「子どもの騒音」が差止請求の法律要件には原則として当たらないことを定めたのです。
○「特権化」とは
① 騒音作用が「有害な環境作用」には当たらない。
② 「重大な不利益又は負荷」の重大性の要件を満たさない。
上村遥奈〔弁〕 法律要件できっちりと整理するところが、いかにも独法らしいですね。行政機関に対する差止請求などを想定しているとのことですが、民民での騒音問題だとどうなるのでしょうか。
滝口〔弁〕 おっしゃるとおり、連邦イミシオン防止法は民事訴訟には直接適用されません。しかし、民民での差止請求であっても、裁判所は連邦イミシオン防止法に準じた判断をするようになったとのことです。
上村〔弁〕 差止請求はともかく、損害賠償も請求できないでしょうか。
滝口〔弁〕 騒音の受忍に代わる金銭補償までは否定されていません。もっとも、原則として受忍義務があることとなるでしょう。直ちに数値基準が適用されるべきでなく、児童保育施設側に寛容な判断になるのではないでしょうか。
サンドラ〔コ〕 よほどの事情がない限り、児童保育施設側が負けることはなくなったといえるでしょう。
勉強会では自由闊達(かったつ)にディスカッションしています。今回
の発表担当はサンドラ女史(右3番目)、滝口弁護士(右2番目)です。