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2022.06.10 議員活動

第10回 大川小学校事件から防災行政を考える

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弁護士 渡邉健太郎 

「地方自治勉強会」について

 この勉強会では、議員と弁護士とが、裁判例や条例などを題材にして、それぞれの視点からざっくばらんに意見交換をしています。本稿では、勉強会での議論の様子をご覧いただければと思います。発言者については、議員には〔議〕、弁護士には〔弁〕、研究者には〔学〕をそれぞれ付しています。  
 なお、勉強会は自由な意見交換の場であり、何らかの会派、党派としての見解を述べるものではありません。

〔今回の勉強会の参加者(五十音順)〕
江口元気(立川市議会議員)
逢坂巌(駒澤大学法学部政治学科准教授、アイルランド国立大学ダブリン校客員教授)
加藤拓磨(中野区議会議員)
上村遥奈(弁護士・第一東京弁護士会・弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所)
滝口大志(弁護士・第一東京弁護士会・丸の内仲通り法律事務所)
中村延子(中野区議会議員)
本目さよ(台東区議会議員)
渡邉健太郎(弁護士・第一東京弁護士会・堀法律事務所)

はじめに

滝口大志〔弁〕 今回は、東日本大震災から11年を経過したということで、大川小学校事件を題材として、防災行政について改めて考えてみたいと思います。今回の発表者は渡邉健太郎弁護士です。
渡邉健太郎〔弁〕 どうぞよろしくお願いいたします。東日本大震災の際、旧石巻市立大川小学校(現在は閉校)では、津波により多くの児童や教師が亡くなりました。亡くなった児童の保護者等が石巻市や宮城県に対して起こした裁判では、現場の教師等のみならず、学校や教育委員会を含めた行政による過失の有無が争いとなった点で、地方自治の観点でも非常に関心が高いものと思います。

大川小学校事件の事案の概要

滝口〔弁〕 では、事案の概要について説明いただけますか。
渡邉〔弁〕 はい。まず、当日の経緯について説明します。ご存じのとおり、東日本大震災は2011年3月11日14時46分に発生しています。その際、児童は一次避難として机の下に隠れた後、二次避難として小学校の校庭に避難しました。
滝口〔弁〕 校庭に避難した後はどこかに移動したのでしょうか。
渡邉〔弁〕 その後、学校では、宮城県に大津波警報が発生したことなどを受け、教職員間で校庭からさらに別の場所へと三次避難を行うべきかどうか、また、行うとすればどの場所が適当か、といった協議検討を15時30分頃まで行いました。
滝口〔弁〕 協議検討の結果、どのような避難方針になったのでしょうか。
渡邉〔弁〕 協議の結果、北上川右岸にあり、校庭よりも高台となっている三角地帯への避難を決断し、校庭に残っていた児童及び教職員は徒歩で三角地帯へと移動を始めました。
滝口〔弁〕 避難には成功したのでしょうか。
渡邉〔弁〕 いいえ。津波は、北上川の堤防を越流した津波と、その後に陸上を遡上して来襲した津波の両方があったようです。教職員と児童がこれに巻き込まれ、多数の方が亡くなる結果となりました。本当に残念なことです。
江口元気〔議〕 犠牲者の方はどの程度いたのですか?
渡邉〔弁〕 三角地帯へ移動した76人の児童のうち、72人が亡くなりました。教職員は10人が亡くなり、当日避難した教職員で生き残ったのは1人のみです。
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大川小学校の避難経路

第一審と控訴審の結論が異なる理由

加藤拓磨〔議〕 裁判ではどのような点が争いとなったのですか?
渡邉〔弁〕 本件で、大きく問題として取り上げられた争点は、二つあります。一つ目が、第一審の仙台地裁で認められた、いわゆる「現場過失」です。
加藤〔議〕 「現場過失」とは具体的にどういうことですか。
渡邉〔弁〕 地震の発生後の教職員の対応に過失があった、すなわち、個々の教職員について、地震発生後の津波に対する具体的危険の予見及びその可能性を前提として、児童らを安全な高所に避難誘導すべき義務を怠っていたとして、行政側の責任を認めたものです。
中村延子〔議〕 控訴審と第一審では結論が異なっていると聞いています。控訴審では、第一審と同じ判断枠組みをとらなかったのですか?
渡邉〔弁〕 はい。控訴審の仙台高裁では、第一審の仙台地裁の判断枠組みである「現場過失」の争点は取り上げず、学校の管理・運営に携わる者を「組織」でくくり、その構成員である公務員の過失を判断する、いわゆる「組織的過失」を認める判断枠組みをとりました。
中村〔議〕 「組織的過失」の判断枠組みではどのような判断になるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 まず、市の教育委員会や大川小学校の校長等は、平時において事前に大川小学校の児童の生命、身体の安全を保護すべき義務(安全確保義務)を負っているとしました。その上で、今回のケースでいえば、大川小学校において策定する危機管理マニュアルの中で、事前に発生が想定されていた地震による津波から児童を安全に避難させるのに適した第三次避難場所を定め、かつ避難経路及び避難方法を記載する等して改訂すべき義務があったものと判断しました。その義務を怠ったという形で、過失を認めたのです。
滝口〔弁〕 危機管理マニュアルを改訂すべき義務というのは、どのような法的根拠をもとに認めたのでしょうか?
渡邉〔弁〕 学校保健安全法では、危険が発生したときに学校の職員がとるべき措置の具体的内容や手順を定めた対処要領を作成すべき旨を定めています。控訴審では、この公法上の義務をもとに、市教育委員会が危機管理マニュアルの作成・改訂作業の期限とした2010年4月末の時点で規範性を帯びることになったと判断しています。
逢坂巌〔学〕 津波によって大川小学校が被災する危険性については、そもそも予見可能だったのでしょうか。また、仮に被災する危険性を予見できたとしても、今回のような大津波では、児童が亡くなるという結果を回避することは難しかったのではないでしょうか。
渡邉〔弁〕 控訴審では、当時の宮城県防災会議が想定していた地震であっても、発生する津波によって大川小学校が被災する危険を予見することは十分可能であったとして、予見可能性を認めています。
上村遥奈〔弁〕 危険を予見できたからといって、結果を回避できるとは限らないのではないでしょうか。
渡邉〔弁〕 控訴審では、第三次避難場所を定め、さらに避難経路及び避難方法を記載した危機管理マニュアルを作成・改訂し、教職員が防災行政無線の広報を認識した直後に避難を開始していれば児童の死亡を回避することができたとして、因果関係を認めています。

控訴審判決の意義

滝口〔弁〕 控訴審判決はいわゆる「組織的過失」が認められた点で第一審とは異なるとのことでしたが、控訴審判決にはどのような意義がありますか。
渡邉〔弁〕 津波のような自然災害に関し、いわゆる組織的過失を認めた事例はほとんどありませんでしたし、学説でも否定的にとらえられていました。
滝口〔弁〕 これまでの裁判例について教えてください。
渡邉〔弁〕 学校の課外活動中(サッカー大会)に発生した落雷事故について引率教員に過失を認めた事例はありました。これも現場の教員の過失を問題とした、いわゆる「現場過失」が認められたものでした。
滝口〔弁〕 控訴審判決はどのような点が画期的なのでしょうか。
渡邉〔弁〕 今回は、学校や教育委員会として、平時から安全を確保する対応をとっておく義務があることを正面から認めている点で、画期的であったといえます。

控訴審判決の行政への影響

上村〔弁〕 当時、大川小学校の付近に関し、ハザードマップは作成されていなかったのでしょうか。
渡邉〔弁〕 当時、石巻市は、想定される地震に基づいて津波が発生した場合の予想浸水区域等を記載したハザードマップを作成していました。大川小学校の敷地までは津波が到達しないこと、大川小学校が避難場所として使用可能であること等が記載されていました。
上村〔弁〕 そのハザードマップはどうして機能しなかったのですか。
渡邉〔弁〕 控訴審では、教師は児童生徒の安全を確保するために、ハザードマップ等の情報を単に鵜呑(うの)みにするのではなく、批判的に検討することが要請される場合もあるとして、これらの事情を学校の予見可能性を否定する事情として考慮すべきではないとしました。
滝口〔弁〕 事前にハザードマップも作成してあり、行政としても防災に関して何もしていなかったわけではないと思います。それだけでは不十分ということでしょうか。
渡邉〔弁〕 児童の生命や身体の安全のために、学校は不断の努力が必要であるということを示したものだと思います。
滝口〔弁〕 ハザードマップは他の自治体でも作成されていると思いますが、改めてハザードマップを検証しようという取組みはあるのでしょうか。
本目さよ〔議〕 ハザードマップは、東京都が公表する事実をもとに市区町村で策定していますが、その内容が正しいかどうかという検証については、そもそもどのような方法で検証するのか、という議論から始まると思います。
滝口〔弁〕 第一審では、現場の先生に過失を認めていますが、今回のような想定を超える大地震に伴う津波に巻き込まれたことについて、現場の教職員に過失があったと思いますか。
江口〔議〕 今回の事情を見ると、緊急時にもかかわらず避難場所について長時間協議をしているのが見て取れます。危機時はトップダウンで、誰か一人の指揮でパッと動かなければいけないし、事前にきちんと動けるよう、訓練しておかないといけないと思います。 本目〔議〕 控訴審判決の内容を聞くと、学校側にとっては厳しい判決だなと感じます。今の教員が、防災に関して十分なアンテナを立てて情報を収集しているかどうかというと、そこまでは感じられていないと思います。
上村〔弁〕 今回の判決を受けて、今後、大川小学校を題材として、学校現場の教員に対し、防災に関する教育の場を設けることが必要なのではないかと思いました。
中村〔議〕 今回の判決では、どうやっていたら児童たちは助かった可能性があるといっているのでしょうか。
渡邉〔弁〕 今回の判決では、今回避難に向かった三角地帯よりもさらに先にある「バットの森」(大川小学校から約700メートル)を避難場所と事前に定め、避難経路及び避難方法について三角地帯を経由して徒歩で向かうと記載していれば、今回津波が到達する前に避難を行うことができ、被災を回避できたはずであるとしました。
江口〔議〕 今後は学校が自ら防災意識を高め、ハザードマップを鵜呑みにせず、事前に具体的な避難場所や避難方法、避難経路を決めておくことが必要になってくるのだと思います。

防災意識の変化

滝口〔弁〕 加藤先生は河川工学がご専門です。専門家が持っている防災に関する危機意識と、実際に策定されているハザードマップの中身にはズレがあるのでしょうか。
加藤〔議〕 昔はあったと思いますが、東日本大震災をきっかけに、ハザードマップへの意識はかなり進んだと思います。また、「防災」というより「減災」、すなわちできる限り災害による被害を抑えるといった意識や、「縮災」、すなわち災害があっても速やかに復旧できることへの意識へと変化したと思います。
本目〔議〕 防災に関するルールでいえば、大地震が発生した場合、帰宅による混乱の防止のために、都内に勤務している人たちは基本的には3日間は勤務先にとどまってほしいと呼びかけています。ただ、保育園では、保護者に対し、すぐに迎えにきてくださいと連絡しているのが現状だと思います。そういった、災害発生時のルールと現実が乖離(かいり)していることもあります。
渡邉〔弁〕 ルールと現実が乖離しているのであれば、実際に災害が発生したときもルールがしっかりと働かないことになります。現状を踏まえた議論が平時に重要だということは、今回の判決で示されている部分だと思います。
江口〔議〕 災害に一番必要なのはイマジネーションだと思っています。東日本大震災の避難事例として「釜石の奇跡」と呼ばれるものがありますが、この避難行動は、災害イマジネーションがあったからできたのだと思います。もちろん事前の想定は大事だと思いますが、現場の状況を踏まえて、より安全な場所に避難できるという発想を持っていたら避難できるということがあるでしょう。市民の中で災害に関するイマジネーションが醸成されるようになればいいなと思っています。

むすびに

渡邉〔弁〕 大川小学校事件は本当に痛ましい出来事でした。私たちは「防災」、「減災」について教訓を得なければならないと思います。そのことが犠牲者の鎮魂となるでしょう。議員と弁護士との相互理解がさらに深まることを祈念し、今回の勉強会を終わりにしたいと思います。

渡邉健太郎 (弁護士)

この記事の著者

渡邉健太郎 (弁護士)

1979年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、6年間の社会人経験(東京メトロ勤務)を経て、東京大学法科大学院へ入学。2011年弁護士登録(第一東京弁護士会)。現在、堀法律事務所に所属。第一東京弁護士会総合法律研究所スポーツ法研究部会副部会長、公益財団法人日本バスケットボール協会裁定委員。

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