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2021.04.12 議員活動

第5回 「再犯防止」から「安全・安心なまちづくり」を考える

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弁護士 滝口大志 

「地方自治勉強会」について

 この勉強会では、議員と弁護士とが、裁判例や条例などを題材にして、それぞれの視点からざっくばらんに意見交換をしています。本稿では、勉強会での議論の様子をご覧いただければと思います。発言者については、議員には〔議〕、弁護士には〔弁〕をそれぞれ付しています。
 なお、勉強会は自由な意見交換の場であり、何らかの会派、党派としての見解を述べるものではありません。

〔今回の勉強会の参加者(五十音順)〕
江口元気(立川市議会議員)
大倉たかひろ(品川区議会議員)
加藤拓磨(中野区議会議員)
神田友輔(弁護士・第一東京弁護士会・松尾法律事務所)
鈴木優吾(弁護士・第一東京弁護士会・山岡総合法律事務所)
滝口大志(弁護士・第一東京弁護士会・丸の内仲通り法律事務所)
千葉貴仁(弁護士・第一東京弁護士会・東京リーガルパートナーズ法律事務所)
中村延子(中野区議会議員)
本目さよ(台東区議会議員)
渡邉健太郎(弁護士・第一東京弁護士会・堀法律事務所)

はじめに

滝口大志〔弁〕 議員の皆さんにお聞きします。これまでの議員活動の中で、例えば、再犯者と会う機会などはありましたか。
本目さよ〔議〕 私は記憶にないです。
加藤拓磨〔議〕 私も記憶にありません。
江口元気〔議〕 保護司から、貧困の連鎖、薬物が再犯に絡むことが多いという話を聞いたことはあります。直接の接触があるかというと、私も記憶がありません。
滝口〔弁〕 そうだろうなと思っていました。社会の中で再犯者は圧倒的な少数者ですので。弁護士の皆さんはいかがでしょうか。
渡邉健太郎〔弁〕 私は刑事事件を受任しています。弁護人として、何度も刑務所を出たり入ったりしているうちに人生の半分以上を刑務所で過ごしている人に会うことも珍しくありません。
千葉貴仁〔弁〕 薬物依存症の人は再犯者が多い印象です。
鈴木優吾〔弁〕 クレプトマニア(窃盗癖)の人も再犯がとても多いように思います。
滝口〔弁〕 議員サイドと弁護士サイドで随分と差がある印象ですね。今回は、社会が再犯者をどのようにして受け入れるべきなのか。「再犯防止」から「安全・安心なまちづくり」を考えてみたいと思います。

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新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、オンライン開催となりました。

なぜ地方自治体が再犯防止に取り組む必要があるのか

鈴木〔弁〕 今回は私が発表を担当させていただきます。まず、なぜ「再犯防止」が重要なのかについてです。近年、刑法犯の認知件数が減少していますが、これは初犯者の減少が要因です。その一方で、令和元年版犯罪白書によると、平成30年の再犯率は48.8%で過去最悪です。つまり、犯罪の数を減少させるためには、特に再犯者を減少させる必要があるのです。
加藤〔議〕 区からすると「安全・安心なまちづくり」は重要です。犯罪の数が減少することは、まさに「安全・安心なまちづくり」につながると思います。
江口〔議〕 でも、どうして地方自治体が取り組む必要があるのでしょうか。
鈴木〔弁〕 刑事司法関係機関だけでの取組みには限界があるからです。
江口〔議〕 どのような限界があるのでしょうか。
滝口〔弁〕 例えば、薬物依存者が刑務所を出ても医療につながる仕組みになっていません。そのまま放置になっているのが現状です。
鈴木〔弁〕 クレプトマニアは条件反射で再犯をしており、「条件反射制御法」と呼ばれる治療があります。被疑者本人に自発的に治療に取り組んでもらいたいので、私は被疑者に「条件反射制御法」のワークブック(ドリル)を差し入れしています。
滝口〔弁〕 それはすばらしい。しかし、そうした個々の弁護士の取組みには限界がありますよね。
神田友輔〔弁〕 弁護士は弁護人として被疑者や被告人と接することはあっても、一般的には、それは刑事事件が終了するまでの間です。実刑判決で刑務所に服役した場合に、弁護人が出所した元被告人とやり取りすることはほとんどありません。
滝口〔弁〕 出所後に、収入がなくて困窮しても生活保護の窓口にたどり着けない人も多い印象です。自立支援施設もありますが、当の本人が施設での規則に束縛されるのを嫌がって入所しない場合もあるでしょう。
江口〔議〕 保護司にはつながらないのでしょうか。
滝口〔弁〕 刑務所から仮釈放されたときには保護観察が付きます。しかし、満期釈放者には、出所後に保護観察を受ける仕組みになっていません。また、執行猶予判決で刑務所に服役しない場合に保護観察が付かないときには、釈放されても保護司にはつながりません。
渡邉〔弁〕 その点でいうと、少年事件については少年のための環境整備がある程度整っているようには思いますが、成人については制度として不十分といわざるを得ません。
江口〔議〕 なるほど。制度に隙間があるのですね。

地方自治体が「再犯防止」に取り組むための課題は何か

鈴木〔弁〕 再犯の防止等の推進に関する法律(以下「再犯防止推進法」という)が平成28年12月に施行されました。国は「誰一人取り残さない」社会を実現するために「再犯防止推進計画」を策定しました。この計画では「国と地方との連携」が重点課題の一つとして掲げられています。再犯防止推進法の施行を受けて、地方自治体でも再犯防止推進計画を制定する動きがあります。
滝口〔弁〕 東京都の状況はいかがでしょうか。
鈴木〔弁〕 東京都は再犯防止推進計画を策定しています。
滝口〔弁〕 特別区はいかがでしょうか。
鈴木〔弁〕 策定済みの特別区は、千代田区、豊島区及び中野区の3区のみです。
加藤〔議〕 中野区は、保護司を務める議員がいたこともあり、平成28年に再犯防止推進法が施行され、直ちに区の再犯防止推進計画を策定する機運ができました。そのため東京23区で3区だけというのには驚きました。
大倉たかひろ〔議〕 再犯防止推進計画の策定は、区の内部でも多くの課に関わってくる上、国や都などの関係機関との連携も必要になります。これらを調整していくとなると、そのハードルは低くないものと聞いています。
滝口〔弁〕 中野区は全国に先駆けて「犯罪被害者支援条例」を制定するなど先進的な取組みをしている地方自治体だと思います。中野区が再犯防止推進計画を策定したことで、何か変化はあったのでしょうか。
加藤〔議〕 中野区の再犯防止推進計画は令和2年5月に策定されたばかりですので、具体的に何か変わったという段階ではないように見受けられます。中野区としては、例えば、シンポジウムを開催して、問題意識の掘り起こしをしています。
滝口〔弁〕 地方自治体が「再犯防止」に取り組むための課題は何でしょうか。
本目〔議〕 問題としては、福祉につながるべき人がつながっていないことだろうと思います。「加害者よりも被害者支援が先だ」というのが区民感情でしょうが、「再犯防止」は安全・安心なまちづくりにとって重要です。それこそがみんなが求めているものだと思います。
江口〔議〕 まずは計画を制定しなければ何も先に進みません。行政には何らかの根拠が必要なので、条例や計画がなければなりませんが、それを決めるのは政治の役割です。そうすれば、保護司への連携といった施策もやりやすくなります。

中野区再犯防止推進シンポジウム

滝口〔弁〕 先ほど、中野区で「中野区再犯防止推進シンポジウム」が開催されたとの話がありました。
加藤〔議〕 このシンポジウムは新型コロナウイルス感染症の影響でなかなか開催できませんでしたが、ついに令和3年3月25日に開催する運びとなりました。
滝口〔弁〕 登壇者の発言について教えください。
加藤〔議〕 中島隆信教授(慶應義塾大学)が基調講演に立ち、経済学の観点から、再犯防止、更生保護の必要性を強調しておられました。出所者には「失いたくないもの」をつくることが重要であるとの指摘がありました。
滝口〔弁〕 更生保護の観点からの議論はありましたか。
加藤〔議〕 中島隆信教授、永見光章様(元東京都保護司会連合会会長)、小畑輝海様(更生保護法人両全会理事長)によるパネルディスカッションがありました。出所者の居場所づくりには地域、勤め先の理解が必要ですが、個人情報の取扱いの難しさ、犯罪歴を知られた時点で保護観察者が勤め先を去ってしまう傾向があるなど、多くの課題を参加者と共有しました。
本目〔議〕 シンポジウムは広報のあり方としても大事ですね。

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中野区で開催された「中野区再犯防止推進シンポジウム」

具体的にどのような支援が可能なのか

滝口〔弁〕 「再犯防止」に向けて、どのようなアウトリーチが考えられますか。
本目〔議〕 やはり就労支援ではないでしょうか。例えば、企業が採用条件に高卒資格を掲げていることがありますので、シングル家庭の母親のために高卒資格の取得を支援する制度があります。こども食堂で子どもたちに勉強を教える仕組みもあります。でも、なぜか加害者側にはこのような支援制度がありません。
千葉〔弁〕 保護司もただ話を聞くだけでは解決できないこともあるでしょう。保護司としても、保護観察者に何か目標というか選択肢を示すことができるとよいですね。
本目〔議〕 配偶者へのDVも児童虐待も被害者支援はあっても、加害者支援というのがあまりないのですよね。でも、加害者側も支援していかないと結局は同じことを繰り返して被害者が増えていくような気がします。

「安全・安心なまちづくり」と「プライバシー」、「職業選択の自由」

滝口〔弁〕 前科前歴はその人にとって他人に知られたくないプライバシーであるといえます。犯歴が社会に拡散すると、社会復帰の妨げになることもあるでしょう。前科前歴はプライバシーとして保護すべき一方で、安全・安心に関わる情報でもあります。
神田〔弁〕 前科といってもいろいろありますので、すべての前科者を拒むものではありません。しかし、一人の親としての立場からすると、性犯罪者だけは勘弁してほしいというのが本音です。
本目〔議〕 教師、保育士による性犯罪については再犯を特に防止しなければなりません。職業選択の自由があるのは承知していますが、性犯罪者の再任規制は絶対に必要です。
中村延子〔議〕 教員が懲戒免職になったときには官報に掲載されます。官報の検索期間を現在の5年間から40年間に延ばす運用になるとも聞いています。
滝口〔議〕 その方法では、氏名を変更したときには検索にヒットしないかもしれません。
中村〔議〕 失効後は無期限で教員免許を再取得できないようにするべきなのです。

「再犯防止」に向けた今後の取組みについて

滝口〔弁〕 「再犯防止」に向けた今後の取組みについて、考えをお聞かせください。
加藤〔議〕 政策を効率的に実現するためにも、犯罪の種別を分けて再犯率を分析するなど、基礎的なデータの分析を進めていくことも大事だと思います。
本目〔議〕 「再犯防止」には様々な立場の利害を調整しなければなりません。国・地方自治体・民間が一丸となった取組みが必要です。
江口〔議〕 精神論ははばかられるところではありますが、「やろうとしてできていない」と「やろうとしない」は別です。まずは再犯防止推進計画の策定が大切だと痛感しました。

おわりに

 今回の勉強会では、「安全・安心なまちづくり」をどのように具体化していくのかを議論した結果、「再犯防止」の取組みはまだまだ途上にあることが分かりました。議員と弁護士の交流と相互理解が一層進むよう祈念して本稿を終わりとさせていただきます。

滝口大志(弁護士)

この記事の著者

滝口大志(弁護士)

1982年千葉県生まれ 千葉大学法経学部法学科卒業、九州大学法科大学院修了 弁護士登録(第一東京弁護士会)(新第65期) 主な著書に、『建物明渡請求の事件処理50』(税務経理協会、2016年)など

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