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2020.11.10 政策研究

行政による保育所への規制権限不行使の法的責任の視座

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日本大学危機管理学部准教授 前自治体子ども家庭支援センター所長 元東京23区法務部
日本公法学会・警察政策学会・日本子ども虐待防止学会等所属
法務博士(専門職) ・保育士
鈴木 秀洋

 この度、緊急寄稿として、児童福祉法制を専門とする鈴木秀洋先生に、「行政による保育所への規制権限不行使の法的責任の視座」と題し、令和2年6月3日宇都宮地裁判決 (1)(保育施設における乳児虐待死事件)についての法的分析をいただいた。

目次

第1 問題の所在
第2 宇都宮地裁判決の事案概要
 1 請求内容
 2 判決の結果
 3 判決概要(行政の権限不行使に係る部分について筆者まとめ)
第3 本論稿の考察対象
 1 判決総評
 2 児童福祉法上の立入調査目的・意義の再考─他の立入調査との均衡
 3 児童虐待の防止等に関する法律における立入調査との対応の不均衡
 4 違法・過失の判断基準と本判決の審理(不作為の違法の判断基準含む)
第4 宇都宮市の姿勢の問題

第1 問題の所在

 本論稿は、行政による保育所への規制権限不行使事案において裁判所が宇都宮市(2)の責任を認めた宇都宮地裁判決の論理構成を確認するとともに、市の反論を検証し、子どもの命を守るために児童福祉法上の権限行使の在り方を提示することを目的とする。
 なお筆者は、行政法、特に児童福祉法制(架橋としての刑事法制)を専門としているが、実務上自治体の子ども家庭支援センター所長、東京23区法務部(保育裁判等の行政側指定代理人)等の行政実務を担ってきた経験を有しており、その視点も踏まえて論じる。

第2 宇都宮地裁判決の事案概要

1 請求内容
 本件は、原告らが、
 (1)被告会社が経営する認可外保育施設に託児していた原告らの子(当時9か月)が、脱水症等により死亡した事案(3)について、
 ①被告会社に対しては保育委託契約(準委任契約)上の債務不履行又は不法行為(民法715条又は会社法350条)に基づき、②被告会社の代表者と従事者らに対しては民法709条(又は会社法429条)の不法行為に基づき、③被告市に対しては被告市の市長が認可外保育施設に対する規制権限等の適正な行使を怠ったなどとして国家賠償法1条1項に基づく損害賠償の支払を求め、
 また、(2)被告会社の代表者に対し、同被告が原告らの名誉を毀損したとして、それぞれ不法行為に基づく損害賠償の支払を求めた事案である。
 規制権限等の適正な行使を怠ったという点に関しては、①主位的請求として、被告市市長は、本件各通報(死亡事件が起きる前から2件の虐待通報があった)を受けた時点において、本件施設に対し、速やかに事前予告なしの特別立入調査を実施して児童福祉法59条5項及び6項に基づく事業停止命令権ないし施設閉鎖命令権を行使すべきであったのにこれを行使しなかったのは「違法」であるとの主張と②本件調査の具体的な内容等は極めてずさんかつ不十分であって同法59条1項等によって付与された指導監督権限の行使を著しく怠るものであるから、かかる規制権限の不行使は市長に付与された裁量を著しく逸脱するものとして「違法」であるとの主張からなる。

2 判決の結果
 一部認容、一部棄却
 上記請求(1)①②のうち従事者を除く被告会社とその代表者の損害賠償責任を認め、また(2)③被告市市長の規制権限等不行使に基づく国家賠償法上の責任に関しては、主位的請求を棄却し、予備的請求を認め、市の損害賠償責任を認容した。

3 判決概要(行政の権限不行使に係る部分について筆者まとめ)
 市長の規制権限等不行使の法的責任に関する判決の枠組みを詳述する。判決は、国家賠償法上の「違法」要件については、原告らの主位的請求と予備的請求に関し、指導監督権限の行使の在り方(不作為も含む)が国家賠償法上の「違法」と評価すべき点で共通し、その違法評価基準としては、公務員が負担する「職務上の注意義務に違反すること」、いわゆる職務行為基準説(最高裁昭和60年11月21日判決)(4)を採用した上で、関係諸法令に照らして検討を行っている。具体的には、児童福祉法2条、3条、59条1項本文(立入調査権等)、同3項(設備・運営改善その他勧告)、4項(公表)、5項、6項(児童福祉審議会の手続を経ずに事業の停止・施設の閉鎖命令)等の法的根拠、更にこれを具体化した通達・指針等(平成13年通達等)の定めから具体的規範を導き出した上で、これら法規範に照らして違法か否かの判断基準としては従前からの規制権限不行使に係る最高裁判例の基準(5)として「その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるとき」は、「違法」と評価されるとの判例法理を引用し、更にこの判例法理にいう「不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」か否かは、一般的に、〈1〉危険の切迫、〈2〉予見可能性、〈3〉補充性、〈4〉期待可能性、〈5〉回避可能性などを重要な要素として、これらを総合考慮して判断すべきとの基準を立てて判断を行っている。
 主位的請求の判断としては、《1》被告会社代表者が同施設の園児の生命、身体に対し重大な危険性を加える危険性が存在し、その危険が切迫しているか否か、《2》被告市市長(被告市の保育課)において上記危険の存在及び切迫性を予見し又は予見し得たか否か、《3》結果を防止するには上記事業停止命令権等を行使するよりほかなかったか否か、《4》かかる事業停止命令権等の行使を期待し得る状況が存在したか否か、《5》上記事業停止命令権等を行使することにより容易に結果を回避することができたか否か等の諸事情を総合考慮することにより、被告市市長の上記事業停止命令等の不行使が「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」ものと認められる場合には、国家賠償法1条1項の適用上「違法」と評価すべきものと基準を示し、結論としては、主位的請求に関しては、上記《1》~《5》のうち、《2》予見可能性と《3》補充性要件を欠くとした。
 次に予備的請求の判断としては、同じく職務行為基準説(6)を引用し、「違法」認定基準として、「被告市市長は、認可外保育施設に対する指導監督権限を行使するに当たって、法及びその関連法令の趣旨・目的を踏まえ、平成13年通達等に則り当該施設に対する調査・指導監督権限を行使すべき職務上の注意義務を負っていたものというべきであるから、かかる義務を尽くすことなく漫然と当該調査・指導監督権限を行使したと認め得るような事情がある場合には、国賠法1条1項の適用上『違法』と評価されるべきものと解される」と示し、具体的には、通報(①利用している保護者(母親・医師)から、「託児していた2歳の子が爪を全て剥がして帰宅し、同託児室からは十分な説明を受けていない」こと、②「同託児室の職員の知人と称する匿名者から」、「実際に虐待的な保育状況を目の当たりにした者でなければ語り得ないほどの具体性と現実性を備えた内容の通報」(本論稿では略))の内容が施設内で「虐待的な保育業務が行われていることを相当程度の可能性をもって示唆するものと考えられ」、被告市市長(被告市の保育課)は、保育施設の「保育状況等に関する疑義や虐待的託児業務の有無を明らかにするため、」児童福祉法及び平成13年指針等に基づき、同託児室の設置者又は保育従事者等に対し、「随時、〈1〉「特別の報告」を徴求し、保育従事者等からの事情聴取を行うとともに、〈2〉「特別の立入調査」(事前通告せずに行うもの)を実施するなどして、平成13年基準違反の事実の有無を調査、確認すべき職務上の注意義務を負っていたものと解するのが相当である」とする。しかし、市は職務上の注意義務を尽くしておらず(裁判所認定事実の一部を挙げるとすると、通報に対して市が行ったのは電話での事情聴取と口頭での簡単な指導のみである。事前通告なしの立入調査を敢行し少なくとも保育従事者、保育中の託児数とその年齢構成、同託児室内の保育場所、託児に対する健康・安全管理の方法等の実情を調査することが求められていたが、特別報告の徴収や保育従事者等からの事情聴取に値するものは一切実施していない。市が行ったのは事前に立入調査の実施を知らせた上で、かつ、30分程度の立入りを行っている程度であり(さらに本件施設のうち事前に消防署からも本件建物の3、4階は保育室として利用しているのではないかとの情報提供がなされているにもかかわらず3、4階には立ち入らなかった点の問題点についても言及)、「権限を著しく逸脱するもの」として損害賠償責任を認めている。

第3 本論稿の考察対象

1 判決総評
 本判決について評すべき論点は多いが、市長の規制権限等不行使の点に絞って論じる。
 まず判決の総評としては、これまでの行政の権限行使(不行使)に関する違法・過失の解釈及び認定において従前からの最高裁判所が示してきた基準を踏まえ、オーソドックスな解釈を行い、かつ刑事事件審理にも似た緻密な解釈認定を行った判決であると評することができる。個人に刑罰を科す刑事事件とは異なり、民事事件の枠組みで審理される自治体を一方当事者とする国賠事件において、原告被害者住民側にこれだけの主張立証を求め、かつ、児童福祉法制の厳格な法解釈と当てはめを行うこの判決は、原告被害者住民側に相当のハードルを課した判決(原告被害者住民側の勝訴とはいえ)であるといえる(この点は後述する)。この判決の基準及び当てはめは具体的かつ緻密である。その意味で自治体が子どもの命を守るために児童福祉法が定めた行政調査等のイロハすら履行していない本件実務の在り方への指摘を当該自治体はどのように受け止めたのか。判決が指摘する法の趣旨から導かれる当然の指摘を現場及び組織改善のツールとするのではなく、再び控訴して争うという姿勢自体が、東日本大震災時の「大川小津波事件」において徹底的に原告被害者住民と最高裁まで争った自治体の姿勢を思い起こさせる。果たして当該事件について適正な法的検討ができる組織になっているのか。組織危機管理・コンプライアンスの視点から警鐘を鳴らさざるを得ない。この地裁判決の指摘は極めて抑制的であり全国の保育行政に携わる者に対し、ミニマムスタンダードを提示しているものと評価できるからである。現場行政職員必携の判決といえる。

2 児童福祉法上の立入調査目的・意義の再考─他の立入調査との均衡
 行政の個別法令の中には、当該各法令の行政目的を達成し適正な法権限行使のために必要な情報を収集する活動として立入調査の規定を設けるものがある。そしてその場合の立入調査が強制力行使の規定を設けていない場合であったとしても行政目的及び調査過程からして相当程度の調査義務・調査遂行が求められることは行政法の基本原則である比例原則及びこれまでの裁判例が認めているところである(7)。各法令が定める行政調査の在るべき姿は、当然のことながら当該法令の行政目的との関係でその幅と程度が規律される。
 本判決で論じられる児童福祉法59条1項(8)に規定する行政調査は、児童の福祉の保障を現実に担保するために不可欠の制度である。そして「悪質な認可外保育施設の排除を図ること」を目的として平成13年通達等も定められている(9)
 子どもの権利主体性を謳(うた)う児童福祉法第1条の理念を受け、子どもの命を守るための法体系上に規定される同法59条の立入調査は、子どもの命が守られるか否かという観点から幅広くかつ積極的調査が求められていることは、当該規定の違反行為に罰則規定(同法62条7号)(10)が設けられていることからも理解できよう。
 本事件の市長による立入調査は、上記法の趣旨及び具体化した通達等に違反していることは判決の指摘のとおりである。しかし、筆者としては、施設での虐待情報が寄せられている中で、事前に告知して保育所を訪ねていく行為自体が、本条の立入調査の目的遂行に反し、地方公務員法34条1項の守秘義務違反に問われてもおかしくない行為であると考える(この点山林を違法開発している疑いの濃厚な業者に対する立入調査日を事前に当該業者に連絡告知した事案に関する京都地裁平成4年9月8日判決・平成2年わ1154号は、地方公務員法34条1項の守秘義務に違反を認定している)。それほど職務遂行意識に欠けている行為である。そしてこれは組織全体のコンプライアンス意識の欠如といえる。

3 児童虐待の防止等に関する法律における立入調査との対応の不均衡
 この点、児童虐待の防止等に関する法律(以下「児童虐待防止法」という)は、泣き声通告(児童虐待防止法6条、児童福祉法25条)などの対応として48時間以内の現認ルールを定め(厚生労働省「児童相談所運営指針」等参照)、全国の自治体にその徹底を求めている(立入調査:児童虐待防止法9条、児童福祉法29条)。度重なる児童虐待死事件の教訓からである。しかるに、虐待を受けている場所が自宅であるか施設であるかによって、立入調査の手法に著しい程度の差があってよいのであろうか。児童福祉法は家庭の場合には虐待の有無を徹底的に調査し、施設の場合は緩やかでよいとは書いていない。確かに児童虐待防止法制は、障害者虐待防止法制や高齢者虐待防止法制とは法体系が異なり施設内虐待を射程としていないように思える。「施設である場合は児童虐待対応部署の所掌外である」との回答が実務では多くなされている。しかし、同じ児童福祉法の枠組みの中の制度・手法であることからして、子どもの人権という立場から児童福祉法を理解するのであれば、保育所での虐待に適切に対処していない実務は、子どもの権利保障に不利益な限定解釈を行っているといえる(児童虐待防止法は3条で何人の虐待も禁止している。児童福祉法は子どもの権利保障を定める。保育園での虐待に即座に対応しないとの間隙をつくってしまうのは当該自治体組織の問題である)。保育所への積極的介入は児童福祉法の根本理念に合致する行為である。
 児童虐待防止法も児童福祉法の土台の上に一体的な法制度として定められているものである。子どもの命を守るための法制度であり、仮に児童虐待防止法の射程に全く施設が含まれないと解釈したとしても、保護者又は施設における虐待に関して、当該施設での虐待事実に対応する自治体の子ども部署の対応が一方は積極的で一方は消極的と解釈する合理性は全くない。子どもの権利を守ることを第一義とした児童福祉法体系に位置付けられた立入調査の根本は同じ方向性の下(少なくとも謙抑である刑事司法とは異なる)で積極的かつ迅速な権限行使がなされるべきものである。刑事司法と異なる目的を有し、子どもの権利側から立入調査権限を解釈構成するのであれば、空振りは許されるし、衣食住等において当該子どもの置かれている状況、保育者との関係性、心的物的環境を丁寧に時間をかけて確認していく作業が当然求められる(泣き声通告で現場に行って強制権限はないから子どもと会えませんでしたという行政対応は許されない。少なくとも子どもの現認は求められる。その意味では保育施設であれば一人ひとりの子どもの確認(名簿・人数等の照らし合わせ)などは、子どもの権利保障の観点からすれば、行われないことは想定されていない)。
 本件では全くそのような確認行為が行われておらず、家庭を対象とする児童虐待防止法制及びその実務とは著しく異なっている。児童虐待防止部署と保育部署とは所管が異なるとの自治体の主張は自治体内部の事務分掌の問題でしかない。
 さらに、仮に保育園における立入調査権限が、児童虐待防止法制とは扱いが異なるとの主張を受け入れたとしても、本件保育所がゼロ歳児を預かっていることを重視した調査・介入が求められる。ゼロ歳児の安全確認は小・中・高校生の安全確認の程度と著しく異なることは保育に関わるものであれば、当然有している認識であり(保育所保育指針等参照)、これまでの裁判例もこうした発達段階・年齢により注意義務の程度の判断を異にしている。ゼロ歳児保育においては、寝食等の連続的動態的把握を個々的に行うことが求められる。小・中・高校生に比して介入の度合いが高い(調査義務の程度が高い)、そうした義務を課せられているのは明らかである(11)

4 違法・過失の判断基準と本判決の審理(不作為の違法の判断基準含む)
 この点、判例学説上大きな対立があるが、判例実務が採用する職務行為基準説を前提にすれば、違法判断は、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていたか否かが基準とされる(この判断は基本的に過失の判断基準も一体的で重複する基準となっている)。
 この判断基準からすれば、保育士、保健師、教員、一般事務というように職種により求められる規範が異なってくることや、時・場所・方法等行為態様や対象によって求められる規範がグラデーション(比例)的に異なってくる(12)
 国家賠償法は、違法行為の是正と被害者救済を根本的な制度趣旨とする(加害者の刑事責任追及とは異なる)。そして、被害者である保育児救済の観点からは、判断基準は刑事事件のような厳格な証拠法則等により、厳格な当てはめを徹底するのではなく、むしろ行政法規の目的・理念を行政職員が全うして人権を守っていくという観点からの規範提示と当てはめがなされるべきである。
 その意味では、本判決の規範提示と当てはめは極めて厳格である。主位的請求において予見可能性を満たさないとの認定は行政実務からすれば意外なメッセージである。
 なお、確かに行政権限の不行使に対する違法・過失の判断は作為の場合に比べれば厳格な認定がなされてきたのが判例の流れである。しかし、その厳格な判断基準をもってしても本件事案は、具体的で相当程度の確からしい虐待通告が事前にある中(13)でのことであり、ここまでの証拠がありながら予見可能性を否定するのであれば、当該停止命令等は、一体どういった場合に行使されるものなのか、施設側の営業の利益に傾いた制度設計・運営を重視し、子どもの権利を迅速に守る観点が後退してしまう危険性があると考える。

第4 宇都宮市の姿勢の問題

 論ずべき点は多々あるが、この判決の意味として、自治体側が認識すべき最低限の法的視点を3点挙げた。筆者は、この判決は、子どもの命を守るために、法に規定された当たり前の確認を当たり前に行うべきであるということが示されたにすぎないと考えている。
 しかし、その当たり前のことを当たり前にやってほしいという原告被害者側の主張が認められるためにどれだけの労力が原告側に課されているのか、法務に詳しい者でさえ、この判決を詳細に読めば、求められる主張・立証のハードルの高さに驚くのではなかろうか。本来、行政が一方当事者となる訴訟においては、圧倒的に資料を有している行政側に積極的真実義務が課されていると解釈すべきであり(武器対等の原則の実質化。真実義務の片面的構成)、立証責任についても対等な私人同士に適用される原告側の立証責任という考え方は、一方当事者が行政の場合は本来行政に転換されるべきものである(14)。自治体側は、「伊方発電所原子炉設置許可処分取消請求事件」の判旨を踏まえた主張立証を行うことが望まれる。本論稿では判決を詳細に挙げることはしなかったが、被告市側の反論は自治体の主権者である住民や子どもに向けられた主張とは到底思われない。判決で整理された原告側主張と被告側主張を比較して読み比べてみれば、筆者の主張意図が理解できることと思う。
 児童福祉に関わる行政職員の権限不行使は子どもたちへのネグレクトであり、直ちに命に直結していることを強調したい。本論稿では当該市の対応を取り上げたが、筆者としては決して当該市の保育部署の特殊例外的な実務対応という評価では済ませられないことであると考える。全国の児童福祉に関わる部局そしてその職員に本論稿が届くことを望む。一人ひとりの子どもの命はどこにいても守られねばならない。行政には与えられた権限を適切に行使する義務がある。



(1) 宇都宮地裁平成27年ワ1号・令和2年6月3日判決 D1-Law.com判例体系28281950。
(2) 地方自治法252条の22第1項に定める中核市であり、児童福祉法59条の4により市長が同法59条等に基づき市内に設置された認可外保育施設に対して指導監督責任を負う。
(3) 同7月23~26日までの間、宿泊保育を利用。同26日未明死亡。
(4) 民集39巻7号1512頁。
(5) 最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁、最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁、最高裁平成16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁等。
(6) 最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁、最高裁平成11年1月21日第一小法廷判決・集民191号127頁、最高裁平成19年11月1日第一小法廷判決・民集61巻8号2733頁等引用。
(7) 例えば職務質問に付随する所持品検査その他自動車の一斉検問は任意調査と位置付けられている。強制調査権限も規定する行政調査として、国税犯則取締法、関税法、地方税法、金融商品取引法、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律、出入国管理及び難民認定法、児童虐待防止法などが挙げられる。なお、立入調査等規定がなくとも適正な職務遂行のための任意の立入調査等は職務の一環・前提として適正な職務遂行とされる。
(8) 〔立入調査〕
第59条 都道府県知事は、児童の福祉のため必要があると認めるときは、第六条の三第九項から第十二項まで若しくは第三十六条から第四十四条まで(第三十九条の二を除く。)に規定する業務を目的とする施設であつて第三十五条第三項の届出若しくは認定こども園法第十六条の届出をしていないもの又は第三十四条の十五第二項若しくは第三十五条第四項の認可若しくは認定こども園法第十七条第一項の認可を受けていないもの(前条の規定により児童福祉施設若しくは家庭的保育事業等の認可を取り消されたもの又は認定こども園法第二十二条第一項の規定により幼保連携型認定こども園の認可を取り消されたものを含む。)については、その施設の設置者若しくは管理者に対し、必要と認める事項の報告を求め又は当該職員をして、その事務所若しくは施設に立ち入り、その施設の設備若しくは運営について必要な調査若しくは質問をさせることができる。この場合においては、その身分を証明する証票を携帯させなければならない。
② 第十八条の十六第三項の規定は、前項の場合について準用する。
③ 都道府県知事は、児童の福祉のため必要があると認めるときは、第一項に規定する施設の設置者に対し、その施設の設備又は運営の改善その他の勧告をすることができる。
④ 都道府県知事は、前項の勧告を受けた施設の設置者がその勧告に従わなかつたときは、その旨を公表することができる。
⑤ 都道府県知事は、第一項に規定する施設について、児童の福祉のため必要があると認めるときは、都道府県児童福祉審議会の意見を聴き、その事業の停止又は施設の閉鎖を命ずることができる。
⑥ 都道府県知事は、児童の生命又は身体の安全を確保するため緊急を要する場合で、あらかじめ都道府県児童福祉審議会の意見を聴くいとまがないときは、当該手続を経ないで前項の命令をすることができる。
⑦ 都道府県知事は、第三項の勧告又は第五項の命令をした場合には、その旨を当該施設の所在地の市町村長に通知するものとする。
(9) 認可外保育施設における児童の処遇に関する問題及びこれに対する監督行政庁の指導の在り方については、従来から、いわゆるベビーホテルといわれる夜間保育、宿泊を伴う保育又は時間単位での一時預かりのいずれかを行う乳幼児保育施設などを中心に問題点が指摘され、昭和56年には厚生省児童家庭局長により「認可外保育施設に対する指導監督の実施について」と題する通達が各都道府県知事及び各指定都市市長宛てに発せられた(昭和56年7月2日児発第566号厚生省児童家庭局長通知・以下「昭和56年通達」という)。この昭和56年通達の基本方針は、劣悪な認可外保育施設を排除するため、当面の対策として最低基準とは別に認可外保育施設の指導基準を定め、少なくともこれ適合するように指導するとともに、適合しない施設については事業停止又は施設閉鎖の措置を講じることとした。しかし、依然として劣悪な保育環境下において乳幼児の死亡事件の発生がみられ、とりわけ平成12年2月に神奈川県下の自治体(市)の認可外保育施設で発生した同保育所園長のせっかんによる園児の死亡事件などを契機として、具体的には、「認可外保育施設に対する指導監督の実施について」(平成13年3月29日雇児発第177号厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知・以下「平成13年通達」という)が各都道府県知事、各指定都市市長及び各中核都市市長宛てに発せられ、そのより効果的な指導監督を図る観点等から、「認可外保育施設指導監督の指針」(以下「平成13年指針」という)及び「認可外保育施設設置監督基準」(以下「平成13年基準」という)が策定された(なお、この平成13年指針と平成13年基準とを一括して「平成13年指針等」といい、平成13年通達と平成13年指針等を一括して用いる場合には「平成13年通達等」という)。こうした児童福祉法及び平成13年通達等に基づく認可外保育施設に対する規制強化の要請等を踏まえ、宇都宮市も従前の認可外保育施設に対する指導監督実施要領を廃止し、平成14年10月1日施行の「宇都宮市認可外保育施設指導監督実施要領」(以下「平成14年実施要領」という)を策定した上、その3条及び5条において、認可外保育施設に対する指導監督は、その他の関連法令及び平成13年通達及び「認可外保育施設指導監督基準を満たす旨の証明書の交付について」(平成17年1月21日府県発第0121002号厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知)に基づき実施し、立入調査においては平成13年基準に適するか否かを調査することを宣明している。以上の経過に照らすと、被告市市長の認可外保育施設に対する指導監督権限(職務行為)は、児童福祉法及びその関連法令の下、その趣旨、目的を踏まえ、平成13年通達等に則り行使されることが予定されていたものというべきである。
(10) 「正当の理由がないのに、第59条1項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、同項の規定による立入調査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又は同項の規定による質問に対して答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をした者」(児童福祉法62条7号)。
(11) 鈴木秀洋『自治体職員ための行政救済実務ハンドブック』第一法規、2017年。国家賠償法の違法・過失の判断における7項目の基準及び【図】事故場面・年齢別注意義務の高さ参照。
(12) 鈴木秀洋前掲注(11)参照。
(13) 事件前、毎年行われる定例の立入調査でも是正改善を求める文書指摘が行われていた保育所である。
(14) 鈴木秀洋前掲注(11)70頁。最高裁平成4年10月29日判決・昭和60年(行ツ)133号(伊方発電所原子炉設置許可処分取消請求事件)要旨参照(「原子炉設置許可処分の取消訴訟においては、被告行政庁の判断に不合理な点があることの主張・立証責任は、本来原告が負うべきものであるが、被告行政庁の側で、まず、具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、その判断に不合理な点のないことを主張立証する必要があり、それを尽くさない場合には、被告行政庁の判断に不合理な点があることが事実上推認される」)。

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

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