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2020.11.10 政策研究

行政による保育所への規制権限不行使の法的責任の視座

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日本大学危機管理学部准教授 前自治体子ども家庭支援センター所長 元東京23区法務部
日本公法学会・警察政策学会・日本子ども虐待防止学会等所属
法務博士(専門職) ・保育士
鈴木 秀洋

 この度、緊急寄稿として、児童福祉法制を専門とする鈴木秀洋先生に、「行政による保育所への規制権限不行使の法的責任の視座」と題し、令和2年6月3日宇都宮地裁判決 (1)(保育施設における乳児虐待死事件)についての法的分析をいただいた。

目次

第1 問題の所在
第2 宇都宮地裁判決の事案概要
 1 請求内容
 2 判決の結果
 3 判決概要(行政の権限不行使に係る部分について筆者まとめ)
第3 本論稿の考察対象
 1 判決総評
 2 児童福祉法上の立入調査目的・意義の再考─他の立入調査との均衡
 3 児童虐待の防止等に関する法律における立入調査との対応の不均衡
 4 違法・過失の判断基準と本判決の審理(不作為の違法の判断基準含む)
第4 宇都宮市の姿勢の問題

第1 問題の所在

 本論稿は、行政による保育所への規制権限不行使事案において裁判所が宇都宮市(2)の責任を認めた宇都宮地裁判決の論理構成を確認するとともに、市の反論を検証し、子どもの命を守るために児童福祉法上の権限行使の在り方を提示することを目的とする。
 なお筆者は、行政法、特に児童福祉法制(架橋としての刑事法制)を専門としているが、実務上自治体の子ども家庭支援センター所長、東京23区法務部(保育裁判等の行政側指定代理人)等の行政実務を担ってきた経験を有しており、その視点も踏まえて論じる。

第2 宇都宮地裁判決の事案概要

1 請求内容
 本件は、原告らが、
 (1)被告会社が経営する認可外保育施設に託児していた原告らの子(当時9か月)が、脱水症等により死亡した事案(3)について、
 ①被告会社に対しては保育委託契約(準委任契約)上の債務不履行又は不法行為(民法715条又は会社法350条)に基づき、②被告会社の代表者と従事者らに対しては民法709条(又は会社法429条)の不法行為に基づき、③被告市に対しては被告市の市長が認可外保育施設に対する規制権限等の適正な行使を怠ったなどとして国家賠償法1条1項に基づく損害賠償の支払を求め、
 また、(2)被告会社の代表者に対し、同被告が原告らの名誉を毀損したとして、それぞれ不法行為に基づく損害賠償の支払を求めた事案である。
 規制権限等の適正な行使を怠ったという点に関しては、①主位的請求として、被告市市長は、本件各通報(死亡事件が起きる前から2件の虐待通報があった)を受けた時点において、本件施設に対し、速やかに事前予告なしの特別立入調査を実施して児童福祉法59条5項及び6項に基づく事業停止命令権ないし施設閉鎖命令権を行使すべきであったのにこれを行使しなかったのは「違法」であるとの主張と②本件調査の具体的な内容等は極めてずさんかつ不十分であって同法59条1項等によって付与された指導監督権限の行使を著しく怠るものであるから、かかる規制権限の不行使は市長に付与された裁量を著しく逸脱するものとして「違法」であるとの主張からなる。

2 判決の結果
 一部認容、一部棄却
 上記請求(1)①②のうち従事者を除く被告会社とその代表者の損害賠償責任を認め、また(2)③被告市市長の規制権限等不行使に基づく国家賠償法上の責任に関しては、主位的請求を棄却し、予備的請求を認め、市の損害賠償責任を認容した。

3 判決概要(行政の権限不行使に係る部分について筆者まとめ)
 市長の規制権限等不行使の法的責任に関する判決の枠組みを詳述する。判決は、国家賠償法上の「違法」要件については、原告らの主位的請求と予備的請求に関し、指導監督権限の行使の在り方(不作為も含む)が国家賠償法上の「違法」と評価すべき点で共通し、その違法評価基準としては、公務員が負担する「職務上の注意義務に違反すること」、いわゆる職務行為基準説(最高裁昭和60年11月21日判決)(4)を採用した上で、関係諸法令に照らして検討を行っている。具体的には、児童福祉法2条、3条、59条1項本文(立入調査権等)、同3項(設備・運営改善その他勧告)、4項(公表)、5項、6項(児童福祉審議会の手続を経ずに事業の停止・施設の閉鎖命令)等の法的根拠、更にこれを具体化した通達・指針等(平成13年通達等)の定めから具体的規範を導き出した上で、これら法規範に照らして違法か否かの判断基準としては従前からの規制権限不行使に係る最高裁判例の基準(5)として「その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるとき」は、「違法」と評価されるとの判例法理を引用し、更にこの判例法理にいう「不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」か否かは、一般的に、〈1〉危険の切迫、〈2〉予見可能性、〈3〉補充性、〈4〉期待可能性、〈5〉回避可能性などを重要な要素として、これらを総合考慮して判断すべきとの基準を立てて判断を行っている。
 主位的請求の判断としては、《1》被告会社代表者が同施設の園児の生命、身体に対し重大な危険性を加える危険性が存在し、その危険が切迫しているか否か、《2》被告市市長(被告市の保育課)において上記危険の存在及び切迫性を予見し又は予見し得たか否か、《3》結果を防止するには上記事業停止命令権等を行使するよりほかなかったか否か、《4》かかる事業停止命令権等の行使を期待し得る状況が存在したか否か、《5》上記事業停止命令権等を行使することにより容易に結果を回避することができたか否か等の諸事情を総合考慮することにより、被告市市長の上記事業停止命令等の不行使が「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」ものと認められる場合には、国家賠償法1条1項の適用上「違法」と評価すべきものと基準を示し、結論としては、主位的請求に関しては、上記《1》~《5》のうち、《2》予見可能性と《3》補充性要件を欠くとした。
 次に予備的請求の判断としては、同じく職務行為基準説(6)を引用し、「違法」認定基準として、「被告市市長は、認可外保育施設に対する指導監督権限を行使するに当たって、法及びその関連法令の趣旨・目的を踏まえ、平成13年通達等に則り当該施設に対する調査・指導監督権限を行使すべき職務上の注意義務を負っていたものというべきであるから、かかる義務を尽くすことなく漫然と当該調査・指導監督権限を行使したと認め得るような事情がある場合には、国賠法1条1項の適用上『違法』と評価されるべきものと解される」と示し、具体的には、通報(①利用している保護者(母親・医師)から、「託児していた2歳の子が爪を全て剥がして帰宅し、同託児室からは十分な説明を受けていない」こと、②「同託児室の職員の知人と称する匿名者から」、「実際に虐待的な保育状況を目の当たりにした者でなければ語り得ないほどの具体性と現実性を備えた内容の通報」(本論稿では略))の内容が施設内で「虐待的な保育業務が行われていることを相当程度の可能性をもって示唆するものと考えられ」、被告市市長(被告市の保育課)は、保育施設の「保育状況等に関する疑義や虐待的託児業務の有無を明らかにするため、」児童福祉法及び平成13年指針等に基づき、同託児室の設置者又は保育従事者等に対し、「随時、〈1〉「特別の報告」を徴求し、保育従事者等からの事情聴取を行うとともに、〈2〉「特別の立入調査」(事前通告せずに行うもの)を実施するなどして、平成13年基準違反の事実の有無を調査、確認すべき職務上の注意義務を負っていたものと解するのが相当である」とする。しかし、市は職務上の注意義務を尽くしておらず(裁判所認定事実の一部を挙げるとすると、通報に対して市が行ったのは電話での事情聴取と口頭での簡単な指導のみである。事前通告なしの立入調査を敢行し少なくとも保育従事者、保育中の託児数とその年齢構成、同託児室内の保育場所、託児に対する健康・安全管理の方法等の実情を調査することが求められていたが、特別報告の徴収や保育従事者等からの事情聴取に値するものは一切実施していない。市が行ったのは事前に立入調査の実施を知らせた上で、かつ、30分程度の立入りを行っている程度であり(さらに本件施設のうち事前に消防署からも本件建物の3、4階は保育室として利用しているのではないかとの情報提供がなされているにもかかわらず3、4階には立ち入らなかった点の問題点についても言及)、「権限を著しく逸脱するもの」として損害賠償責任を認めている。

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

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