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2020.11.10 政策研究

行政による保育所への規制権限不行使の法的責任の視座

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第3 本論稿の考察対象

1 判決総評
 本判決について評すべき論点は多いが、市長の規制権限等不行使の点に絞って論じる。
 まず判決の総評としては、これまでの行政の権限行使(不行使)に関する違法・過失の解釈及び認定において従前からの最高裁判所が示してきた基準を踏まえ、オーソドックスな解釈を行い、かつ刑事事件審理にも似た緻密な解釈認定を行った判決であると評することができる。個人に刑罰を科す刑事事件とは異なり、民事事件の枠組みで審理される自治体を一方当事者とする国賠事件において、原告被害者住民側にこれだけの主張立証を求め、かつ、児童福祉法制の厳格な法解釈と当てはめを行うこの判決は、原告被害者住民側に相当のハードルを課した判決(原告被害者住民側の勝訴とはいえ)であるといえる(この点は後述する)。この判決の基準及び当てはめは具体的かつ緻密である。その意味で自治体が子どもの命を守るために児童福祉法が定めた行政調査等のイロハすら履行していない本件実務の在り方への指摘を当該自治体はどのように受け止めたのか。判決が指摘する法の趣旨から導かれる当然の指摘を現場及び組織改善のツールとするのではなく、再び控訴して争うという姿勢自体が、東日本大震災時の「大川小津波事件」において徹底的に原告被害者住民と最高裁まで争った自治体の姿勢を思い起こさせる。果たして当該事件について適正な法的検討ができる組織になっているのか。組織危機管理・コンプライアンスの視点から警鐘を鳴らさざるを得ない。この地裁判決の指摘は極めて抑制的であり全国の保育行政に携わる者に対し、ミニマムスタンダードを提示しているものと評価できるからである。現場行政職員必携の判決といえる。

2 児童福祉法上の立入調査目的・意義の再考─他の立入調査との均衡
 行政の個別法令の中には、当該各法令の行政目的を達成し適正な法権限行使のために必要な情報を収集する活動として立入調査の規定を設けるものがある。そしてその場合の立入調査が強制力行使の規定を設けていない場合であったとしても行政目的及び調査過程からして相当程度の調査義務・調査遂行が求められることは行政法の基本原則である比例原則及びこれまでの裁判例が認めているところである(7)。各法令が定める行政調査の在るべき姿は、当然のことながら当該法令の行政目的との関係でその幅と程度が規律される。
 本判決で論じられる児童福祉法59条1項(8)に規定する行政調査は、児童の福祉の保障を現実に担保するために不可欠の制度である。そして「悪質な認可外保育施設の排除を図ること」を目的として平成13年通達等も定められている(9)
 子どもの権利主体性を謳(うた)う児童福祉法第1条の理念を受け、子どもの命を守るための法体系上に規定される同法59条の立入調査は、子どもの命が守られるか否かという観点から幅広くかつ積極的調査が求められていることは、当該規定の違反行為に罰則規定(同法62条7号)(10)が設けられていることからも理解できよう。
 本事件の市長による立入調査は、上記法の趣旨及び具体化した通達等に違反していることは判決の指摘のとおりである。しかし、筆者としては、施設での虐待情報が寄せられている中で、事前に告知して保育所を訪ねていく行為自体が、本条の立入調査の目的遂行に反し、地方公務員法34条1項の守秘義務違反に問われてもおかしくない行為であると考える(この点山林を違法開発している疑いの濃厚な業者に対する立入調査日を事前に当該業者に連絡告知した事案に関する京都地裁平成4年9月8日判決・平成2年わ1154号は、地方公務員法34条1項の守秘義務に違反を認定している)。それほど職務遂行意識に欠けている行為である。そしてこれは組織全体のコンプライアンス意識の欠如といえる。

3 児童虐待の防止等に関する法律における立入調査との対応の不均衡
 この点、児童虐待の防止等に関する法律(以下「児童虐待防止法」という)は、泣き声通告(児童虐待防止法6条、児童福祉法25条)などの対応として48時間以内の現認ルールを定め(厚生労働省「児童相談所運営指針」等参照)、全国の自治体にその徹底を求めている(立入調査:児童虐待防止法9条、児童福祉法29条)。度重なる児童虐待死事件の教訓からである。しかるに、虐待を受けている場所が自宅であるか施設であるかによって、立入調査の手法に著しい程度の差があってよいのであろうか。児童福祉法は家庭の場合には虐待の有無を徹底的に調査し、施設の場合は緩やかでよいとは書いていない。確かに児童虐待防止法制は、障害者虐待防止法制や高齢者虐待防止法制とは法体系が異なり施設内虐待を射程としていないように思える。「施設である場合は児童虐待対応部署の所掌外である」との回答が実務では多くなされている。しかし、同じ児童福祉法の枠組みの中の制度・手法であることからして、子どもの人権という立場から児童福祉法を理解するのであれば、保育所での虐待に適切に対処していない実務は、子どもの権利保障に不利益な限定解釈を行っているといえる(児童虐待防止法は3条で何人の虐待も禁止している。児童福祉法は子どもの権利保障を定める。保育園での虐待に即座に対応しないとの間隙をつくってしまうのは当該自治体組織の問題である)。保育所への積極的介入は児童福祉法の根本理念に合致する行為である。
 児童虐待防止法も児童福祉法の土台の上に一体的な法制度として定められているものである。子どもの命を守るための法制度であり、仮に児童虐待防止法の射程に全く施設が含まれないと解釈したとしても、保護者又は施設における虐待に関して、当該施設での虐待事実に対応する自治体の子ども部署の対応が一方は積極的で一方は消極的と解釈する合理性は全くない。子どもの権利を守ることを第一義とした児童福祉法体系に位置付けられた立入調査の根本は同じ方向性の下(少なくとも謙抑である刑事司法とは異なる)で積極的かつ迅速な権限行使がなされるべきものである。刑事司法と異なる目的を有し、子どもの権利側から立入調査権限を解釈構成するのであれば、空振りは許されるし、衣食住等において当該子どもの置かれている状況、保育者との関係性、心的物的環境を丁寧に時間をかけて確認していく作業が当然求められる(泣き声通告で現場に行って強制権限はないから子どもと会えませんでしたという行政対応は許されない。少なくとも子どもの現認は求められる。その意味では保育施設であれば一人ひとりの子どもの確認(名簿・人数等の照らし合わせ)などは、子どもの権利保障の観点からすれば、行われないことは想定されていない)。
 本件では全くそのような確認行為が行われておらず、家庭を対象とする児童虐待防止法制及びその実務とは著しく異なっている。児童虐待防止部署と保育部署とは所管が異なるとの自治体の主張は自治体内部の事務分掌の問題でしかない。
 さらに、仮に保育園における立入調査権限が、児童虐待防止法制とは扱いが異なるとの主張を受け入れたとしても、本件保育所がゼロ歳児を預かっていることを重視した調査・介入が求められる。ゼロ歳児の安全確認は小・中・高校生の安全確認の程度と著しく異なることは保育に関わるものであれば、当然有している認識であり(保育所保育指針等参照)、これまでの裁判例もこうした発達段階・年齢により注意義務の程度の判断を異にしている。ゼロ歳児保育においては、寝食等の連続的動態的把握を個々的に行うことが求められる。小・中・高校生に比して介入の度合いが高い(調査義務の程度が高い)、そうした義務を課せられているのは明らかである(11)

4 違法・過失の判断基準と本判決の審理(不作為の違法の判断基準含む)
 この点、判例学説上大きな対立があるが、判例実務が採用する職務行為基準説を前提にすれば、違法判断は、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていたか否かが基準とされる(この判断は基本的に過失の判断基準も一体的で重複する基準となっている)。
 この判断基準からすれば、保育士、保健師、教員、一般事務というように職種により求められる規範が異なってくることや、時・場所・方法等行為態様や対象によって求められる規範がグラデーション(比例)的に異なってくる(12)
 国家賠償法は、違法行為の是正と被害者救済を根本的な制度趣旨とする(加害者の刑事責任追及とは異なる)。そして、被害者である保育児救済の観点からは、判断基準は刑事事件のような厳格な証拠法則等により、厳格な当てはめを徹底するのではなく、むしろ行政法規の目的・理念を行政職員が全うして人権を守っていくという観点からの規範提示と当てはめがなされるべきである。
 その意味では、本判決の規範提示と当てはめは極めて厳格である。主位的請求において予見可能性を満たさないとの認定は行政実務からすれば意外なメッセージである。
 なお、確かに行政権限の不行使に対する違法・過失の判断は作為の場合に比べれば厳格な認定がなされてきたのが判例の流れである。しかし、その厳格な判断基準をもってしても本件事案は、具体的で相当程度の確からしい虐待通告が事前にある中(13)でのことであり、ここまでの証拠がありながら予見可能性を否定するのであれば、当該停止命令等は、一体どういった場合に行使されるものなのか、施設側の営業の利益に傾いた制度設計・運営を重視し、子どもの権利を迅速に守る観点が後退してしまう危険性があると考える。

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

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