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2020.11.10 政策研究

行政による保育所への規制権限不行使の法的責任の視座

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第4 宇都宮市の姿勢の問題

 論ずべき点は多々あるが、この判決の意味として、自治体側が認識すべき最低限の法的視点を3点挙げた。筆者は、この判決は、子どもの命を守るために、法に規定された当たり前の確認を当たり前に行うべきであるということが示されたにすぎないと考えている。
 しかし、その当たり前のことを当たり前にやってほしいという原告被害者側の主張が認められるためにどれだけの労力が原告側に課されているのか、法務に詳しい者でさえ、この判決を詳細に読めば、求められる主張・立証のハードルの高さに驚くのではなかろうか。本来、行政が一方当事者となる訴訟においては、圧倒的に資料を有している行政側に積極的真実義務が課されていると解釈すべきであり(武器対等の原則の実質化。真実義務の片面的構成)、立証責任についても対等な私人同士に適用される原告側の立証責任という考え方は、一方当事者が行政の場合は本来行政に転換されるべきものである(14)。自治体側は、「伊方発電所原子炉設置許可処分取消請求事件」の判旨を踏まえた主張立証を行うことが望まれる。本論稿では判決を詳細に挙げることはしなかったが、被告市側の反論は自治体の主権者である住民や子どもに向けられた主張とは到底思われない。判決で整理された原告側主張と被告側主張を比較して読み比べてみれば、筆者の主張意図が理解できることと思う。
 児童福祉に関わる行政職員の権限不行使は子どもたちへのネグレクトであり、直ちに命に直結していることを強調したい。本論稿では当該市の対応を取り上げたが、筆者としては決して当該市の保育部署の特殊例外的な実務対応という評価では済ませられないことであると考える。全国の児童福祉に関わる部局そしてその職員に本論稿が届くことを望む。一人ひとりの子どもの命はどこにいても守られねばならない。行政には与えられた権限を適切に行使する義務がある。



(1) 宇都宮地裁平成27年ワ1号・令和2年6月3日判決 D1-Law.com判例体系28281950。
(2) 地方自治法252条の22第1項に定める中核市であり、児童福祉法59条の4により市長が同法59条等に基づき市内に設置された認可外保育施設に対して指導監督責任を負う。
(3) 同7月23~26日までの間、宿泊保育を利用。同26日未明死亡。
(4) 民集39巻7号1512頁。
(5) 最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁、最高裁平成7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁、最高裁平成16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁等。
(6) 最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁、最高裁平成11年1月21日第一小法廷判決・集民191号127頁、最高裁平成19年11月1日第一小法廷判決・民集61巻8号2733頁等引用。
(7) 例えば職務質問に付随する所持品検査その他自動車の一斉検問は任意調査と位置付けられている。強制調査権限も規定する行政調査として、国税犯則取締法、関税法、地方税法、金融商品取引法、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律、出入国管理及び難民認定法、児童虐待防止法などが挙げられる。なお、立入調査等規定がなくとも適正な職務遂行のための任意の立入調査等は職務の一環・前提として適正な職務遂行とされる。
(8) 〔立入調査〕
第59条 都道府県知事は、児童の福祉のため必要があると認めるときは、第六条の三第九項から第十二項まで若しくは第三十六条から第四十四条まで(第三十九条の二を除く。)に規定する業務を目的とする施設であつて第三十五条第三項の届出若しくは認定こども園法第十六条の届出をしていないもの又は第三十四条の十五第二項若しくは第三十五条第四項の認可若しくは認定こども園法第十七条第一項の認可を受けていないもの(前条の規定により児童福祉施設若しくは家庭的保育事業等の認可を取り消されたもの又は認定こども園法第二十二条第一項の規定により幼保連携型認定こども園の認可を取り消されたものを含む。)については、その施設の設置者若しくは管理者に対し、必要と認める事項の報告を求め又は当該職員をして、その事務所若しくは施設に立ち入り、その施設の設備若しくは運営について必要な調査若しくは質問をさせることができる。この場合においては、その身分を証明する証票を携帯させなければならない。
② 第十八条の十六第三項の規定は、前項の場合について準用する。
③ 都道府県知事は、児童の福祉のため必要があると認めるときは、第一項に規定する施設の設置者に対し、その施設の設備又は運営の改善その他の勧告をすることができる。
④ 都道府県知事は、前項の勧告を受けた施設の設置者がその勧告に従わなかつたときは、その旨を公表することができる。
⑤ 都道府県知事は、第一項に規定する施設について、児童の福祉のため必要があると認めるときは、都道府県児童福祉審議会の意見を聴き、その事業の停止又は施設の閉鎖を命ずることができる。
⑥ 都道府県知事は、児童の生命又は身体の安全を確保するため緊急を要する場合で、あらかじめ都道府県児童福祉審議会の意見を聴くいとまがないときは、当該手続を経ないで前項の命令をすることができる。
⑦ 都道府県知事は、第三項の勧告又は第五項の命令をした場合には、その旨を当該施設の所在地の市町村長に通知するものとする。
(9) 認可外保育施設における児童の処遇に関する問題及びこれに対する監督行政庁の指導の在り方については、従来から、いわゆるベビーホテルといわれる夜間保育、宿泊を伴う保育又は時間単位での一時預かりのいずれかを行う乳幼児保育施設などを中心に問題点が指摘され、昭和56年には厚生省児童家庭局長により「認可外保育施設に対する指導監督の実施について」と題する通達が各都道府県知事及び各指定都市市長宛てに発せられた(昭和56年7月2日児発第566号厚生省児童家庭局長通知・以下「昭和56年通達」という)。この昭和56年通達の基本方針は、劣悪な認可外保育施設を排除するため、当面の対策として最低基準とは別に認可外保育施設の指導基準を定め、少なくともこれ適合するように指導するとともに、適合しない施設については事業停止又は施設閉鎖の措置を講じることとした。しかし、依然として劣悪な保育環境下において乳幼児の死亡事件の発生がみられ、とりわけ平成12年2月に神奈川県下の自治体(市)の認可外保育施設で発生した同保育所園長のせっかんによる園児の死亡事件などを契機として、具体的には、「認可外保育施設に対する指導監督の実施について」(平成13年3月29日雇児発第177号厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知・以下「平成13年通達」という)が各都道府県知事、各指定都市市長及び各中核都市市長宛てに発せられ、そのより効果的な指導監督を図る観点等から、「認可外保育施設指導監督の指針」(以下「平成13年指針」という)及び「認可外保育施設設置監督基準」(以下「平成13年基準」という)が策定された(なお、この平成13年指針と平成13年基準とを一括して「平成13年指針等」といい、平成13年通達と平成13年指針等を一括して用いる場合には「平成13年通達等」という)。こうした児童福祉法及び平成13年通達等に基づく認可外保育施設に対する規制強化の要請等を踏まえ、宇都宮市も従前の認可外保育施設に対する指導監督実施要領を廃止し、平成14年10月1日施行の「宇都宮市認可外保育施設指導監督実施要領」(以下「平成14年実施要領」という)を策定した上、その3条及び5条において、認可外保育施設に対する指導監督は、その他の関連法令及び平成13年通達及び「認可外保育施設指導監督基準を満たす旨の証明書の交付について」(平成17年1月21日府県発第0121002号厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知)に基づき実施し、立入調査においては平成13年基準に適するか否かを調査することを宣明している。以上の経過に照らすと、被告市市長の認可外保育施設に対する指導監督権限(職務行為)は、児童福祉法及びその関連法令の下、その趣旨、目的を踏まえ、平成13年通達等に則り行使されることが予定されていたものというべきである。
(10) 「正当の理由がないのに、第59条1項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、同項の規定による立入調査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又は同項の規定による質問に対して答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をした者」(児童福祉法62条7号)。
(11) 鈴木秀洋『自治体職員ための行政救済実務ハンドブック』第一法規、2017年。国家賠償法の違法・過失の判断における7項目の基準及び【図】事故場面・年齢別注意義務の高さ参照。
(12) 鈴木秀洋前掲注(11)参照。
(13) 事件前、毎年行われる定例の立入調査でも是正改善を求める文書指摘が行われていた保育所である。
(14) 鈴木秀洋前掲注(11)70頁。最高裁平成4年10月29日判決・昭和60年(行ツ)133号(伊方発電所原子炉設置許可処分取消請求事件)要旨参照(「原子炉設置許可処分の取消訴訟においては、被告行政庁の判断に不合理な点があることの主張・立証責任は、本来原告が負うべきものであるが、被告行政庁の側で、まず、具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、その判断に不合理な点のないことを主張立証する必要があり、それを尽くさない場合には、被告行政庁の判断に不合理な点があることが事実上推認される」)。

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部准教授)

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