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2020.08.25 議員活動

第2回 福岡市屋台基本条例から「まちづくり」を考える

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弁護士 滝口大志

「地方自治勉強会」について

 この勉強会では、議員と弁護士とが、裁判例や条例などを題材にして、それぞれの視点からざっくばらんに意見交換をしています。本稿では、勉強会での議論の様子をご覧いただければと思います。発言者については、議員には〔議〕、弁護士には〔弁〕をそれぞれ付しています。
 なお、勉強会は自由な意見交換の場であり、何らかの会派、党派としての見解を述べるものではありません。

〔今回の勉強会の参加者(五十音順)〕
大倉たかひろ(品川区議会議員)
加藤拓磨(中野区議会議員)
上村遥奈(弁護士・第一東京弁護士会・弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所)
滝口大志(弁護士・第一東京弁護士会・丸の内仲通り法律事務所)
千葉貴仁(弁護士・第一東京弁護士会・日比谷ステーション法律事務所)
花田雄一郎(弁護士・東京弁護士会・吉川綜合法律事務所)
本目さよ(台東区議会議員)

福岡市の屋台村について

滝口大志〔弁〕 皆さん、福岡市の屋台には行かれたことがありますか? 私は福岡市に住んでいたことがあり、屋台にはよく行っていました。
千葉貴仁〔弁〕 福岡出張の楽しみの一つです。中洲の川沿いの屋台村なんて風情があって、いかにも福岡に来たなって気分になりますよね。
滝口 さて、そんな魅力あふれる福岡市の屋台には、どのようなルールが制定されているのか、どのような紛争があるのか。皆さんで議論したいと思います。
花田雄一郎〔弁〕 今回は私が発表を担当しますので、どうぞよろしくお願いします。
一同 よろしくお願いします。
花田 今回の題材となる裁判例は、福岡市において屋台を営んでいた原告らが、道路占用許可の申請の不許可処分の取消しを求めたという事案です(福岡地判令和元年11月27日判時2441号3頁)。判決文の中で、福岡市屋台基本条例の仕組みとその実際の運用について詳細な認定をしています。

福岡市屋台基本条例について

滝口 そもそも屋台営業には、どのような許可が必要なのでしょうか。
花田 道路や公園における屋台営業には、道路などの占用許可が少なくとも必要です。
滝口 福岡市屋台基本条例が制定された経緯を教えてください。
花田 福岡市では、かねてから、屋台営業でルールが遵守されていないこと、無許可営業や名義借り業者が多いことなどが社会問題化していました。平成8年に福岡県警本部長が「屋台営業の新規参入は原則認めない」と発言したことを契機に、福岡市は有識者による本格的な検討を始めました。平成12年には「福岡市屋台指導要綱」が作成され、平成25年には「福岡市屋台基本条例」が施行されました。この福岡市屋台基本条例が市道等の占用許可の基準を定めています。
滝口 福岡市屋台基本条例を制定した狙いは何なのでしょうか?
花田 許可を条件付けることで、いわゆる屋台村の存続を目指しています。「慣習」で認められていた屋台ではなく、「公共性」を根拠に合法的に認められた屋台へと適正化を図ったものといえるでしょう。

新規参入は可能になったのか

滝口 先ほど「屋台営業の新規参入は原則認めない」という話がありました。結局、新規参入は可能になったのでしょうか?
花田 福岡市屋台基本条例では、公募によって新規の許可申請が認められるのが原則です。
滝口 公募ではどのように選抜するのですか?
花田 福岡市が平成30年12月に公開した「福岡市屋台営業候補者募集要項」によると、1次審査(筆記試験)と2次審査(書類審査、面接審査)が実施されています。

現に屋台営業している人はどうなるのか

加藤拓磨〔議〕 条例の制定前から屋台営業をしている人はどうなるのでしょうか?
花田 現に道路占用許可を受けているなどの一定の条件を満たせばそのまま屋台営業を続けることができます。許可の期間が満了した後には更新申請をすることになります。
加藤 更新申請が通らないこともあるのですか?
花田 今回の裁判例では、更新申請が通らなかったために紛争となりました。更新申請を通すかどうかについては、福岡市長の裁量にある程度委ねられている面があるでしょう。
加藤 では、現に道路占用許可を受けている人の家族はどうなるのでしょうか?
花田 屋台収入で生計を維持しているなどの一定の条件を満たせば、現に許可を受けている人の配偶者と直系血族については、公募を経ないで一度だけ承継させることが可能です。
滝口 屋台営業で生計を立てている人たちからすれば、それは「家業」ということですかね。
花田 今回の裁判例では、制度移行期における経過措置というか、いわば激変緩和措置であるという評価をしています。
上村遥奈〔弁〕 承継が一度だけというのはシビアな気もします。
花田 今回の裁判例では、通常の申請者とは違って公募を経ないで許可を得ることができるという意味ではむしろ優遇措置であると評価しています。承継後に公募に応募する形で新規の許可を得ることができれば屋台営業を続けることが可能です。

「名義借り」は許可の対象なのか

加藤 終戦の混乱期の闇市から屋台営業が始まって、それが時代の経過とともに既得権益となってしまった印象があります。そういうグレーな部分についてお聞きしたいです。例えば、すでに廃業している人や名義貸しをしている人は、もちろん排除されるのですよね?
花田 そのとおりです。この人たちを除くことに異論はないでしょう。実態がないわけですから。
加藤 では、名義を貸すのではなく、借りている人はどうなるのですか?
花田 条例では名義借り屋台についても、一定の範囲で許可の対象としています。
加藤 えっ? 名義借りの存在を許しているのですか? 許可を受けた人と実際に屋台の営業を行っている人とが一致しないわけですから、違法状態なのではないですか。
花田 確かに違法ですし、本来は即時に営業をやめさせるべきというのはそのとおりだと思います。ただ、それで生計を立てている人々をむげにはできないということなのでしょう。生活再建に必要な猶予期間として、屋台営業を生活手段にしている名義借り業者については、3年間を限度に許可の対象としています。
加藤 猶予期間を過ぎたときには、名義借り屋台はこれ以上、屋台営業ができなくなるのですか?
花田 猶予期間が経過すれば屋台営業ができなくなります。とはいえ、公募に応募する形で新たに申請をして許可を得れば、屋台営業を続けることが可能となっています。もし新規に許可が出れば、その人自身が許可占用者ということになりますので、もはや名義借り業者ではありません。

それが「名義借り」だとなぜ分かるのか

加藤 行政としては、どのような手法で各屋台が名義借り屋台だと認定・評価するのでしょうか。
花田 今回の裁判例では、各屋台の実質的な営業者が誰なのかが争点の一つになっており、福岡市の職員が各屋台を訪れて営業実態を確認する「行政調査」を実施しています。
加藤 他には何か考慮した事情はあるのでしょうか?
花田 裁判例では、先ほどの行政調査だけではなく、個人事業としての税務申告の状況といった事情も判断要素に加えています。
上村 裁判所には行政の判断を事後的にチェックする役割があります。行政と裁判所とでは、それぞれの判断要素が異なってくるのはよくあることです。

「名義借り」を許容するべきか

滝口 福岡市の屋台の場合、権利関係がぐちゃぐちゃになっている状況で条例を制定して何とか整理しようとしたという特殊性があると思います。ルールづくりをする上で、実態として現実に存在するものをどこまで受け止めながらルール化を進めていくのが適切なのでしょうか?
花田 今回の裁判例で問題となった名義借りというのは、本来的には条例違反といえます。「名義借り業者はバッサリ切ってしまう」というのは、政策の選択肢の一つとしてはありうるところでしょう。しかし、それで生計を維持している人もいますので、一定の配慮をしていることは大切だと思います。
加藤 現在、東京都では「新型コロナウイルス感染症拡大防止協力金」を交付していますが、名義借りの店舗については交付の対象外となっています。名義借りというのは、本来は法の抜け道として厳しく取り締まるべき存在です。闇市から始まった屋台の既得権益というグレーをどう残すかは、最終的には民意にもよるということなのでしょう。
大倉たかひろ〔議〕 福岡市は、福岡市民からどこまで理解を得られるかという観点を重視して、対象者をどこまでにするかという線引きをしたのでしょう。名義借りにまで踏み込んでいったのは、行政としてぎりぎりのバランスをとった結果だと思います。

まちづくりの観点から

千葉 私のような一人の観光客の目線からすると、屋台はすてきな存在といえます。とはいえ、その地域に住んでいる市民の立場から見れば、「煩わしい」といった苦情は考えられませんか。
大倉 確かに、地元に住んでいる人からすれば騒音やごみは切実な問題ですので、屋台が大事な観光資源の一つだといわれても、それだけでは納得できない面もあるでしょう。
本目さよ〔議〕
福岡を訪れる観光客からすれば、ごちゃっと屋台が並んでいること自体が魅力なのだと思います。住民にとっては、屋台があることが煩わしいと捉えるかどうかは状況次第なのではないでしょうか。

「屋台」と「キッチンカー」

滝口 今回は福岡の屋台村をテーマにしました。議員の先生方の区には、屋台はありますか?
本目 台東区ではあまり記憶がありません。
加藤 中野区でも同じです。
大倉 品川区もすぐには思いつきません。
滝口 屋台というとしっくりこない自治体もあるのかもしれません。でも、屋台をキッチンカーに置き換えて考えてもらえれば分かりやすいかと思います。
上村 まちづくりという観点からは、キッチンカーは有用でしょうか?
大倉 品川区では観光に力を入れています。しながわ水族館や大井競馬場などです。私個人としても、まちづくりのために何かできないかと常日頃から考えています。行政自身がキッチンカーを運用するということはありませんが、参加を呼びかけやすいし、費用がかかりにくいという特徴がありますので、キッチンカーはにぎわいづくりに有用だと思います。
滝口 最近ですと、マンションの空きスペースにキッチンカーが出店したりしています。イベントに限らず、市民生活の中にキッチンカーが登場する場面は増えてきているようです。
本目 屋台と同じように、騒音やごみの問題が起きることもあるかもしれませんね。

おわりに

 今回の勉強会での議論を経て、「福岡市屋台基本条例」とは、文化と生活の利便など様々な要素を調和させて理想のまちづくりに正面から挑んだ成果であると感じているところです。このような視点は地方自治の場でも、司法の場でも、幅広く生かされるべきものといえます。

滝口大志(弁護士)

この記事の著者

滝口大志(弁護士)

1982年千葉県生まれ 千葉大学法経学部法学科卒業、九州大学法科大学院修了 弁護士登録(第一東京弁護士会)(新第65期) 主な著書に、『建物明渡請求の事件処理50』(税務経理協会、2016年)など

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