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2020.06.25 議員活動

第1回 「債権の放棄」と専決処分

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弁護士 滝口大志

はじめに──「地方自治勉強会」について

 筆者は、議員と弁護士とのマッチング、実務的な視点からの地方自治の研究を目的とした勉強会(地方自治勉強会)を主催しています。議員と弁護士を合わせて10人ぐらいで、裁判例や条例などを題材にしてそれぞれの視点からざっくばらんに意見交換をしています。本コーナーでは、実際の勉強会での議論の様子を座談会形式でご覧いただければと思います。なお、勉強会は自由な意見交換の場であり、何らかの会派、党派としての見解を述べるものではありません。

〔今回の勉強会の参加者(順不同)〕
大倉たかひろ(品川区議会議員)
加藤慶二(弁護士・第二東京弁護士会・日野市民法律事務所)
加藤拓磨(中野区議会議員)
沢田洋和(元品川区議会議員)
鈴木克哉(弁護士・第一東京弁護士会・半蔵門総合法律事務所)
鈴木優吾(弁護士・第一東京弁護士会・山岡総合法律事務所)
滝口大志(弁護士・第一東京弁護士会・丸の内仲通り法律事務所)
千葉貴仁(弁護士・第一東京弁護士会・日比谷ステーション法律事務所)
花田雄一郎(弁護士・東京弁護士会・吉川綜合法律事務所)
本目さよ(台東区議会議員)
松尾浩順(弁護士・第一東京弁護士会・シグマ麹町法律事務所)
中川洋子(弁護士・第一東京弁護士会・榎本・藤本総合法律事務所)
渡邉健太郎(弁護士・第一東京弁護士会・堀法律事務所)
※発言者については、議員には〔議〕、弁護士には〔弁〕をそれぞれ付しています。

どのような債権を放棄しているのか

滝口大志〔弁〕 今回のテーマは「債権の放棄」です。自治体による債権の放棄について皆さんがご存じのケースを教えてください。
沢田洋和〔議〕 私は元区議ですが、8年間の任期中に見た主な事例は、区営住宅の家賃滞納、放置自転車の廃棄処分、清掃事業者の事故、奨学金返還といったものでした。
大倉たかひろ〔議〕 奨学金返還についていえば、自治体が奨学金を貸したところ、奨学金を借りた方が経済的能力に欠けており、連帯保証人が破産や年金生活のために債権放棄に至ったといったケースもあります。

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新型コロナウイルス感染拡大の防止のためオンラインで実施しました。

弁護士が意思決定に関与しているのか

滝口 債権の放棄の手続がどのようなものか教えてください。
大倉 品川区では「品川区私債権等の管理に関する条例」が制定されています。まずは債務者に督促や強制執行をして債務の履行を求めます。しかし、債務者が無資力で弁済の見込みがないときなどには、品川区長は債権管理審議会に諮問した上で債権の放棄をすることになります。
渡邉健太郎〔弁〕 地方公共団体での債権の放棄に関して、どの程度、弁護士が意思決定に関与しているのでしょうか。
大倉 品川区の債権管理審議会のメンバーには弁護士も入っています。
渡邉 役所の担当者のレベルではいかがでしょうか。
加藤拓磨〔議〕 中野区では法務担当職員に弁護士がおり、いつでも対応できる環境が整っています。役所の各所管がそのつど弁護士と連絡をとりながら判断していくということかと思います。

議会への報告は十分なのか

滝口 専決処分として債権の放棄が行われたときには、議会は事後的に報告を受けるという仕組みになっています。仮に議会が承認しなかったとしても専決処分の効力は失われませんので、一度専決処分が行われるとその内容どおりに執行されてしまうおそれがあります。
加藤(拓) 専決処分というと、首長に強い権限がある処分に聞こえるかもしれませんが、裁判となる案件に関しては基本的に行政側に一任することで議会との調整がされています。
加藤慶二〔弁〕 議員から見ておかしいと思うことはありませんか。
加藤(拓) 議会では専決処分によって事件が終了した後に報告を受けます。個人情報保護の観点から個別のケースの細かい内容までは分かりませんが、どの案件も基本的には致し方ない結論だったと思います。

裁判での和解に不都合はないのか

滝口 地方自治体が当事者となっている裁判で和解することも「債権の放棄」の一つです。裁判での和解については、議会を通さなくてもよいのでしょうか。
加藤(拓) 議会は公開されていますから、裁判になっている案件を議会で話し合ってしまうと、裁判の相手方に情報が漏れてしまう可能性があります。
鈴木優吾〔弁〕 それだと和解はうまく進まないかもしれません。
加藤(拓) そのような不都合を避けるために、首長には専決処分という権限が与えられているともいえます。専決処分はそういった場合に行われます。
鈴木(優) 裁判の相手方には分からないようにしながら議会がチェックする方法はないのでしょうか。
加藤(拓) 中野区で初めてといわれる「秘密会」で議論したことがあります。秘密会は開いたことすら秘密で、役所の担当のみがそのことを知っています。その件は内容に区の瑕疵(かし)があったこと、また金額も大きかったため、議会の承認が必要であるということで、このような扱いになりました。裁判が終了し、その事実は議事録とともに公開されました。

専決処分とすることが妥当なのか

滝口 そもそも専決処分というのは、議会を開くと間に合わないような緊急性があるときなどに専決処分を認めようという趣旨で設けられたはずです。しかし、実際には、必ずしも緊急性があると思えないようなケースでも専決処分が幅広く行われているようです。例えば、区が原告となって裁判を起こすというケースでは、議会を開くと間に合わないといえるのでしょうか。
加藤(拓) 議会は通年開催ではありません。年に数回しか議決をする機会がありませんので、ある程度の専決処分も致し方ないでしょう。今年は新型コロナウイルスの関係で臨時議会が開かれますが、逆にいうと、そのレベルでないと臨時議会は開かれないのです。

専決処分への委任は無制限なのか

滝口 専決処分への委任の範囲は無制限に許されるわけではないでしょう。東京都のケースでは、東京都が応訴した訴訟事件に係る和解のすべてを都知事の専決処分とした都議会の議決は、地方自治法180条1項に違反して無効と判断した裁判例があります(東京高判平成13年8月27日判タ1088号140頁)。
沢田 大きな事案から小さな事案まで全部を議会がチェックするというのは無理です。メリハリはあってもよいでしょうね。
本目さよ〔議〕 自治体によっては、債権の金額が100万円以内のとき、といったように、首長への委任の範囲を制限しているところもあります。

専決処分が濫用されるおそれはないのか

滝口 首長が専決処分を使って何でもかんでも強引に進めてしまうおそれはありませんか。
加藤(拓) 「行政と議会は車の両輪の関係」といわれています。もし、専決処分の内容が議会全体の考えと異なることがあれば、首長に対して不信任を突きつけることもできます。最終的には住民に選挙で民意を問うことになります。有権者が首長の考えに同意できるのに議会側が有権者の思いをくみとれていないという事態にでもならなければ、首長が専決処分で押し切っていくことはできません。
滝口 平成22年に阿久根市の市長が議会を招集しないで、専決処分で副市長を選任するという出来事がありました。
沢田 首長と議会がここまで対立してしまうのはとても珍しいと思います。
滝口 阿久根市の一件が契機となって、平成24年9月に地方自治法が改正されています。専決処分の対象や手続などに変更があり、専決処分に一定の歯止めを設ける形になりました。
千葉貴仁〔弁〕 首長の権限の方が、議会よりもずっと強いのではないですか。
加藤(拓) 首長の権限は強いなと思うところもありますが、意見が分かれたときには何も決まらないと困るので、首長の専決処分は致し方ないところはあると思います。意外と地方自治法はよくできています。ただ、議会に権限はもっと欲しいとも思います。
沢田 首長と渡り合っていくためには、議員自身ももっとしっかりしないといけません。

議会は首長に対する債権の放棄を議決できるのか

加藤(慶) 首長による専決処分ではありませんが、債権の放棄に関しては司法試験で出題されたことがあります。住民訴訟の結果、首長が地方自治体に対して損害賠償責任を負ったときに、議会が首長に対する債権を放棄するとの議決をしてよいのかという論点です。
中川洋子〔弁〕 会社法でも同様の議論がありますね。株主代表訴訟の結果、代表取締役が会社に対して損害賠償責任を負ったときに、取締役会が債権の放棄を決議してよいのかという論点です。
加藤(慶) 国立市への高層マンション建設をめぐり、開発会社に敗訴して損害賠償金を支払った市が、元市長に対し同額を負担するよう求めたという訴訟がありました。この訴訟では、元市長に金利を含めて、4,000万円を超える損害賠償責任を認める判決が確定しています。元市長は最終的にはカンパを集めて、市民の力で支払ったと聞いています。
沢田 首長の政治判断に政治責任が問われるのは当然のことです。しかし、首長の政治判断に首長個人が損害賠償責任を負うということになってしまうと、首長としては何もしない方が安全だということになってしまいます。それでよいはずがありません。
千葉 首長に損害賠償責任を負わせるにしても、誰も彼もがそんな高額な損害賠償を支払うことができるのかなという気もします。
滝口 首長の損害賠償責任について地方自治法が一部改正されて、令和2年4月1日に施行されました。首長への損害賠償責任を免責することができる範囲について定められました。議会が免責を議決するときには、監査委員の意見を聴取することも定められました。
本目 このような場合に備えて、首長が入ることができる損害賠償責任保険もあるようですね。

おわりに

 議員と弁護士とで議論を重ねていくと、それぞれの異なる視点が浮かび上がってきます。議員と弁護士の交流と相互理解が一層進むよう祈念して本稿を終わりとさせていただきます。
この勉強会での議論の様子につきましては、今後別のテーマでもご覧いただければと思います。

滝口大志(弁護士)

この記事の著者

滝口大志(弁護士)

1982年千葉県生まれ 千葉大学法経学部法学科卒業、九州大学法科大学院修了 弁護士登録(第一東京弁護士会)(新第65期) 主な著書に、『建物明渡請求の事件処理50』(税務経理協会、2016年)など

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