4 もう一歩:地方政治の活性化か衰退か
地方分権改革が地方政治の台頭を呼び起こしていることを議論してきた。しかし、地域政策の選択の幅が狭まっているという議論もないわけではない。地域政策の選択の幅が狭いならば、地方政治は政治的アクターにとって、それほど重要ではない。したがって、それらが政策過程にかかわる動機づけはほとんどない。地域政策選択の幅が狭まっているとして地方政治の重要性を低く見る議論、つまり地方政治の衰退論もないわけではない。
そもそも中央集権制の下では、中央省庁の意向が地方に反映されるため、地方の政策選択の幅は狭いと理解されていた。もちろん、地方からの政治は重要だった(水平的政治競争モデル(村松岐夫))、地方自治体は、様々な政治的資源(政治家等)を活用しつつ、地方の利益を勝ち取る(地域振興政策等)、という議論はあった。こうした地方からの政治は重要だとしても、地方の政策選択の幅は狭く、地方政治の衰退といわれる事態はあった。本連載も、基本的にはこの立場であり、地方分権改革によって地方政治が脚光を浴びるという認識で議論している。とはいえ、中央集権時代の地方政治を真っ黒で塗りつぶすわけにもいかない。住民と自治体との対抗、議会・議員と首長等との対抗などがあったという意味だけではない。中央集権制の下でも独自の政策を実現している自治体もあった。今日先駆的な政策となっている、環境(公害防止条例)、透明性(情報公開条例)、福祉(福祉政策)などは、国に先んじて自治体が主導した政策である。本連載では、地方分権改革により地方政治は台頭するという議論を展開するが、それ以前に地方政治が空白、あるいは衰退していたわけではなく、この点は強調しすぎることはないが、地方分権改革により、地方の政策選択の幅は広がり、地方政治の役割が高まっていることを指摘したい。
さて、本連載では地方分権改革による地域経営の自由度の高まりが地域政治の台頭を呼び起こすことを主張するが、地域経営の自由度が高まっても地方政治は衰退するという議論もある。今日の地方政治の衰退論を紹介しつつ(Pierre 2011)(2)、本連載で議論する立場である、地方政治の台頭の意味を確認しておこう。
① 国内及び国際的な都市間競争に規定される
これは、国内及び国際的な都市間競争の増大が地方政治の議論を抑えているというものである。自治体間競争によって利益を増幅させると考えるからである。新産業都市等の指定、最近ではグローバリゼーションを錦の御旗にしてそれに適合的な都市政策、都市改造がなされていることを想定するとよい。確かに、こうした「外来型開発」の発想はまん延しているが、これではそれぞれの地域の独自性を希薄化させる。グローバリゼーションの時代でも、都市間競争は、それぞれの地域の個性を引き出す内発的発展を要請する。この2つの発想の緊張関係は地方政治を重要なものにする。
② 経済的勢力に自治体が不可避的に従属する
政治家や自治体は、税収入や雇用の増加を目指して、成長政策を戦略的に実施している((ネオ)エリート論)。この議論は、国内的及び国際的な自治体間競争論と容易に結びつく。しかし、すでに指摘したように内発的発展を重視する必要がある。また成長政策は、程度の問題であり、それを決めるのは地方政治である。
③ 財政的危機によって政策選択の幅が縮小
これは、財政危機が政策選択の幅を狭めるという議論である。「多くの西欧諸国の財政的に厄介な1990年代は、政策選択の範囲を狭めたように思われるし、そして政党システムにおける収れんを引き起こした」が、地方政治でも同様な展開となるというものである。財政危機は「あれかこれか」、いわば選択と集中を必要とする。まさにこれは地方政治にかかわることである。逆に今までの経済成長時代には成長志向政策の呪縛にとらわれ、むしろ政治は衰退していた。
④ 政党やその組織への参加の衰退によって地方政治は衰退する
これは、政治的無関心や政治不信の増大、そして政党やその組織への参加の衰退によって地方政治は衰退するというものである。つまり、地方政治におけるアクターの政治参加は、議員、首長、あるいは政党を通じたチャンネル(回路)から単一争点へのかかわりへと変化している。これらは地方政治の衰退と断言できない側面も持っている。そのような参画は、従来のやり方では政治にかかわりたくはない人々のための政治への道を開くことを意味している。従来の政治へのチャンネルである様々な代表制機関の信頼度の低下が、地方政治の衰退に直結するわけではない。代表制機関の活性化は必要であるが、住民運動・参加といった従来とは異なるチャンネルやアクターの重要性は、地方政治の衰退というより活性化と考えられる。
以上、前三者の論点は環境の拘束、最後の論点は地方政治のアクターの変化による地方政治衰退論である。確かに地方政治は環境に拘束される。しかし、一対一対応ではなく、同様な環境であっても、自治体固有の資源(人材、経済、伝統・文化、自然等)はそれぞれ独自であり、それに基づき多様な選択肢の中から政策選択を行う。内発的な発展の差別化が求められている。まさに政治が重要である。また、地方政治のアクターとして代表機関だけではなく、住民の多様な活動はむしろ肯定的に評価されるべきである。
このように考えれば、地方分権による地域経営の自由度の高まりは、さらなる地方政治の充実を要請する。住民、議会、首長等の役割の増大や、それを支える制度化(住民投票条例、自治基本条例等)は、地域民主主義としての地方政治をより豊富化する。また、環境保護、まちづくり、福祉といった新たな争点(アジェンダ・イッシュ)をめぐる政治が重要になっている。