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2015.12.10 議員活動

Think Globally, Act Regionally! ~小笠原村議会が挑んだ、司法過疎対策~

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司法過疎対策に取り組んだ経緯と成果

◇公正な社会とはいえない
 小笠原村には裁判所がありません。司法過疎対策に取り組んだきっかけは、知人がある被害に遭って損害賠償請求をしたときに、相手が開き直って支払いを拒み、相談を受けたことでした。小笠原村民は裁判を起こしたくても現実的に起こせない環境下にいます。小笠原村を管轄する裁判所は霞ヶ関です。片道25時間半、6日に1便の定期船しか本土への交通アクセスがなく、上京すれば9日間は島に帰れません。旅費や滞在費で最低でも15万円はかかるし、仕事も休まなければなりません。特にサラリーマンであれば、自分の裁判のために仕事を休めません。さらに、裁判を起こしても確実に数百万円以上勝ち取る見込みがなければ、裁判を起こすことができません。私は何の助けになることもできずに、結局泣き寝入りすることになってしまいました。
 さらに数年後、ある被害を受けた村民が相手に損害賠償請求をしたときに、同じように相手が開き直りました。しかしその村民は「正義を貫くための裁判」を起こして、本土で戦いました。もちろん勝利したのですが、勝利側の負担も重くのしかかりました。また、裁判所が地元にないことで、身近な紛争を解決できないケースが多々ありました。そのため、司法サービスが身近にないのは公正な社会とはいえないと考え、小笠原村の司法過疎の課題に取り組もうと決意しました。

◇司法過疎の情報収集
 まずは小笠原諸島の司法の歴史を調べてみました。すると、戦前は父島にも母島にも裁判所が設置されていたことが分かりました。米軍施政権下だった戦後ですら、帰島が許されていた欧米系島民(日本人)のために米国は裁判所を設置していました。欧米系島民によると「よく他国の漁船が宝石サンゴを密漁しにきた。沿岸警備隊に拿捕(だほ)されて、父島の裁判所で裁かれていた」とのことです。
 1968年に小笠原諸島は日本に復帰しますが、その前後の国会では復興開発についての議論が活発に行われていました。しかし、裁判所を設置する議論は全く行われていませんでした。公共インフラの議論ばかりで、司法は忘れられているかのようでした。さらに、日本とドイツにおける裁判所のテレビ会議システムを比較し、法テラスにも相談をしてきました。
 また、小笠原諸島のエコツーリズム推進でご縁のあった盛山正仁衆議院議員に相談をして法務省の担当部署を紹介していただき、司法過疎の現状と対策について話を伺うことができました。

◇法務大臣と最高裁判所に陳情
 このようにして情報収集を進めた上で村議会でも議論をして、政府と国会への意見書を起草しました。要望事項は、裁判所の設置と遠隔居住者向けの裁判システムの普及拡大の2点でした。2014年3月、地方自治法99条に基づく意見書を村議会に上程し、全会一致で可決をしました。その2か月後、村議会議員8人全員と村長が上京した際に、村議会は意見書、村長は要望書を谷垣法務大臣に手渡しました。その後すぐに最高裁判所を訪問し、99条の規定外ですが同様に手渡すことができました。最高裁判所の事務方の皆さんが小笠原諸島の司法過疎の状況をとてもよく理解してくださり、その場でテレビ会議システムの充実を検討する旨の回答をいただけました。

小笠原村に簡易裁判所の設立等を求める意見書小笠原村に簡易裁判所の設立等を求める意見書

谷垣法務大臣へ意見書を提出(左から2人目が筆者)谷垣法務大臣へ意見書を提出(左から2人目が筆者)

◇最高裁がテレビ会議で民事調停を導入
 2015年2月、最高裁判所は村役場と東京簡易裁判所をテレビ会議システムで結んで、裁判所に行かなくても民事調停を受けられる仕組みを導入する方針を発表しました。このときにNHKが「最高裁が裁判所がない離島対策でテレビ会議システムを活用するのは初めて」と報道し、全国で初の事例であることを知りました。今後、離島や半島などのへき地を抱える自治体と裁判所をテレビ会議システムで結び、司法サービスを十分に受けることができる環境整備が進むことを期待しています。小笠原村では4月から運用が始まっていますが、提訴した事例が1件だけあると聞いています。

◇裁判所がないので中国密漁船を逮捕できない現実
 意見書を村議会で可決してから半年後、小笠原諸島は中国密漁船団の侵略に遭いました。200隻以上にも及ぶ中国密漁船団は、白昼堂々と私たちが平和に暮らす父島と母島の領海、時には数百メートル沖で、地元の漁船を蹴散らしながら宝石サンゴを略奪し、世界自然遺産に登録されている自然豊かな海域ですら荒らされてしまいました。

中国密漁船団中国密漁船団

 あのような大規模な密漁を許してしまった大きな原因のひとつは、小笠原諸島に裁判所がなかったことです。戦後の米軍統治下、他国の密漁船は小笠原で捕まり小笠原で裁かれていました。しかし現在は小笠原に裁判所がないので、小笠原で捕まえると海上保安庁の大型巡視船2隻態勢で、4日間もかけて1隻の密漁船を横浜まで曳航(えいこう)する必要があります。逮捕して横浜まで曳航して、再び小笠原まで戻ってくるまでの6日間、小笠原の警備体制は手薄になってしまいます。そのため海上保安庁は当初、中国密漁船を逮捕できませんでした。

◇国境離島の安全保障のために裁判所は必要
 この問題に気づいた自民党が急きょ、小笠原に裁判所を設置する案を検討しました。しかし、実現には至っていません。今後、中国密漁船団の侵略に遭わないため、また国境離島のグレーゾーン事態に対処するためにも、小笠原に裁判所を設置することは我々島民のためにも、国家・国民の安全保障のためにも必要だと考えており、今後も引き続き要望を続けていきたいと思っています。

一木重夫

この記事の著者

一木重夫

小笠原村議会議員、博士(水産科学)、小笠原空港開設推進特別委員会・委員長。 1971年千葉県千葉市生まれ。海好きから水産学部を志し、1992年北海道大学に入学。大学院修士時代に小笠原海洋センターでボランティア活動。2001年、小笠原でホエールウォッチング協会に就職。エコツーリズム推進に明け暮れる中、村議会を傍聴し議会事務局でアルバイトをしていた妻と結婚。2007年の村議会議員選挙に立候補、158票、9人中5位で初当選。2015年、民事調停テレビ会議システム導入で第10回マニフェスト大賞最優秀政策提言賞受賞。12歳の娘と8歳の息子の父。現在3期目、44歳。 ◆公式HP http://www.k5.dion.ne.jp/~ichiki/index.html ◆Facebook http://www.facebook.com/shigeo.ichiki ◆ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/ichikishigeo_07

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