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2023.04.10 議員活動

第12回 「給食無償化」から教育の担い手を考える

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弁護士 渡邉健太郎 

「地方自治勉強会」について

 この勉強会では、議員と弁護士とが、裁判例や条例などを題材にして、それぞれの視点からざっくばらんに意見交換をしています。本稿では、勉強会での議論の様子をご覧いただければと思います。発言者については、議員には〔議〕、弁護士には〔弁〕をそれぞれ付しています。  
 なお、勉強会は自由な意見交換の場であり、何らかの会派、党派としての見解を述べるものではありません。

〔今回の勉強会の参加者(五十音順)〕
加藤拓磨(中野区議会議員)
石田慎吾(前品川区議会議員)
江口元気(立川市議会議員)
加藤拓磨(中野区議会議員)
滝口大志(弁護士・第一東京弁護士会・丸の内仲通り法律事務所)
千葉貴仁(弁護士・第一東京弁護士会・東京リーガルパートナーズ法律事務所)
本目さよ(台東区議会議員)
渡邉健太郎(弁護士・第一東京弁護士会・堀法律事務所)

はじめに

滝口大志〔弁〕 給食というと、学校生活での大切な思い出の一つです。カレーライスが本当においしかったです。千葉先生は給食で何が好きでしたか。
千葉貴仁〔弁〕 私自身は小学校から大学まで給食ではなかったので、身近な話ではないのです。
滝口〔弁〕 おっと、そうでしたか。違う話題にしましょうか。
千葉〔弁〕 いえいえ。親となった今、保育園での給食は子育てにとって本当にありがたいものだと感じています。
本目さよ〔議〕 最近、「給食無償化」が話題になることは多いですね。選挙の公約で「給食の無償化」を掲げている政治家は結構おられます。
滝口〔弁〕 今回は、「給食無償化」を題材として、教育の担い手が誰なのかについて改めて考えてみたいと思います。今回の発表者は渡邉健太郎弁護士です。
渡邉健太郎〔弁〕 どうぞよろしくお願いいたします。私からはまず、給食無償化に関し法的な視点から報告させていただきます。

給食無償化とは何を無償にするのか

滝口〔弁〕 まず、給食費の費用負担について、法的根拠を教えてください。
渡邉〔弁〕 学校給食法11条では、学校給食に要する経費(学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費並びに学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるもの以外の経費を指す)については、保護者の負担とする旨が定められています。
滝口〔弁〕 条文そのままだと何だか分かりにくいですね。順に確認していければと思います。まず、「学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費」とは何ですか。
渡邉〔弁〕 給食室等といった給食をつくるための施設や設備のための経費のことです。
滝口〔弁〕 次に、「学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるもの」とは何ですか。
渡邉〔弁〕 具体的には、給食をつくる人の人件費や、施設や設備の修繕費等が挙げられています。
滝口〔弁〕 それ以外の経費とは何ですか。
渡邉〔弁〕 例えば、給食の食材費や、調理の際の水光熱費といったものが考えられます。
滝口〔弁〕 この「それ以外の経費」が保護者の負担になるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 そのとおりです。ただ、水光熱費については、文部省(当時)の通知では、学校設置者の負担とするのが望ましいとされています。水光熱費については、学校設置者側で負担しているケースが多いようです。
滝口〔弁〕 結局、給食無償化とは、何を無償にするのでしょうか。
渡邉〔弁〕 主に、食材費ということになります。

給食無償化の実施状況

滝口〔弁〕 現状、地方自治体で給食無償化というのは、どの程度行われているのでしょうか。
渡邉〔弁〕 文部科学省が実施した「平成29年度『学校給食費の無償化等の実施状況』及び『完全給食の実施状況』」によると、1,740自治体のうち、小学校・中学校ともに無償化を実施している自治体は76、小学校のみ実施の自治体が4、中学校のみ実施の自治体が2、一部無償化・一部補助を実施している自治体が424と報告されています。
本目〔議〕 最近の新聞記事では、小中学校ともに無償化を実施している自治体は254である、と報道するものもありますね。近年、給食無償化を実施する地方自治体は増えてきている様子です。

義務教育の無償

滝口〔弁〕 義務教育については、憲法上無償とする旨が定められていると思います。憲法上、学校給食費は無償にはならないのですか。
渡邉〔弁〕 はい。憲法26条2項後段は、「義務教育は、これを無償とする」と定めています。この義務教育の無償の範囲について、いわゆる授業料の不徴収にとどまるのか、修学に必要な一切の費用が含まれるのかが、学説上争点となっていました。
滝口〔弁〕 過去の裁判例を教えてください。
渡邉〔弁〕 この点については、実は最高裁まで争われた事案があります。事案の概要としては、公立小学校に在学する児童の保護者が、保護者が支払うべき義務教育期間中の教科書代金について、国が負担すべきであるという理由から、同代金の徴収行為の取消し及び同金額の支払等を求めたものです。
滝口〔弁〕 最高裁の判断を教えてください。
渡邉〔弁〕 最高裁は、憲法26条2項の意義は、国が義務教育を提供するにつき有償としないことを定めたものであり、教育提供に対する対価とは授業料を意味するとして、無償の範囲を授業料の不徴収にとどめるという判断を行いました。
滝口〔弁〕 つまり、給食費は授業料ではないので、義務教育の無償として憲法上保障されるわけではないということでしょうか。
渡邉〔弁〕 そのとおりです。

給食無償化の法的根拠

滝口〔弁〕 そうすると、法律上、保護者負担と定めている学校給食費を無償化することのできる法的な根拠はあるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 学校給食法上は保護者負担である旨が明記されていますが、解釈上、保護者の負担を軽減することは可能かもしれません。
滝口〔弁〕 どのような解釈なのか、内容を教えてください。
渡邉〔弁〕 昭和29年9月28日の文部事務次官通達では、学校給食費を保護者負担とする学校給食法11条に関し、「これらの規定は経費の負担区分を明らかにしたものでたとえば保護者の経済的負担の現状からみて、地方公共団体、学校法人その他の者が、児童の給食費の一部を補助するような場合を禁止する意図ではない」としています。
滝口〔弁〕 一部ではなく、全部を補助することはできないでしょうか。
渡邉〔弁〕 国会では、当該通達に関し「児童の給食費の一部を補助するような場合を禁止する意図ではない」との答弁がなされたことがあります。
本目〔議〕 ただ、国会答弁も結構玉虫色で、全員の給食費を全額補助しても問題はない、とまではいってなかったようにも思われます。

給食無償化が違法・不当になることはあるのか

千葉〔弁〕 学校給食法において保護者負担とすることが明記されている学校給食費を地方自治体が負担することが、違法・不当だと考えた場合、法的に争う手段はあるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 一般的にいうと、普通地方公共団体の長等による違法・不当な公金支出等に対して、住民監査請求や住民訴訟等の法的な手続を行うことが考えられます。
石田慎吾〔議〕 法律上、給食費の負担の責任は保護者にあるとしつつも、行政が補助するだけというのであれば、法的には問題ないとはいえないでしょうか。
渡邉〔弁〕 仮に保護者負担の原則を維持しつつ、行政が補助をするだけという話であったとしても、結局、行政が費用を支出していることに変わりはないので、やはりこの点を問題視する可能性はあるかと思います。
千葉〔弁〕 紛争化の実例はあるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 保護者負担とされている学校給食費を地方自治体が補助することについて紛争化した事例は見つけられませんでした。
千葉〔弁〕 違法・不当だと判断される可能性はあるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 学校給食法の目的が1条に定められているのですが、「学校給食の普及充実及び学校における食育の推進を図ることを目的とする」とあるんですね。このような法の目的や、これまでに示した行政解釈を踏まえると、学校給食費を地方自治体が負担することが、必ずしも学校給食法の趣旨から外れたものとはいえないと考えられます。

給食無償化を実施しない理由は何か

滝口〔弁〕 東京23区の中では、給食無償化を実施した地方自治体はあるのですか。
加藤拓磨〔議〕 東京23区では、無償化を決めた区とそうでない区とで判断が分かれている状況です。
滝口〔弁〕 給食無償化を実施しない理由というのは、何かあるのでしょうか。
加藤〔議〕 それはやはり費用の問題だと思います。決して少なくない負担ですし、一度無償化を実施してしまえば、長期的に実施することになるので、他の行政サービスの低下を招くおそれもあると思います。
滝口〔弁〕 学校給食費の無償化については、子ども手当のように配布のための費用もかからないので、補助の方法という意味ではお手軽な気がします。
江口元気〔議〕 確かにそのような方法は、選択肢の一つだと思います。
千葉〔弁〕 給食費を無償とすると聞いても、ばらまきという評価は感じないですし、効率的な施策のような気がします。
渡邉〔弁〕 給食費の未払があったとき、保護者からの徴収が教員の負担になっているという話を聞いたことがあります。このこと自体は、給食が私会計で処理されていることとも絡んでくる問題ですが、学校給食費を無償化することで、このような問題も解決するということもいえるかと思います。

給食無償化を取りやめることは可能か

滝口〔弁〕 一度無償化した後に、再度、保護者負担に戻すことは難しいと思いますが、法的な観点からはいかがでしょうか。
千葉〔弁〕 今回の給食無償化のような給付行政をいったん実施した後にやめることは、侵害的な処分になると思います。ですので、このような処分を争うとなると、行政にとっては不利な部分もあるかと思います。
滝口〔弁〕 政治の観点からはどう思われましたか。
加藤〔議〕 感覚的には、一度無償化を行ったらやめられないのであれば、始めるに当たっては、ランニングコストの問題を考えつつ、慎重に考えなければいけないとは思います。

さらに踏み込んで給食無償化を考える

滝口〔弁〕 この給食無償化の議論は、予算面の制約だけではなく、少子化対策や貧困対策といった大局的な観点からも論じられるべきかと思うのですが、その点はいかがですか。
加藤〔議〕 子育てをする上では、教育費は気になるところだと思います。高校や大学に入る際の費用のことを考えると、やはり子どもをたくさん産むということを躊躇(ちゅうちょ)してしまう。給食無償化のような規模にとどまらず、奨学金のような形で補助できれば、少子化対策としてのインパクトは大きいと思います。
石田〔議〕 給食費については近年、未払、特に払えない家庭があるというのが問題となっています。また、現在の日本の大きな課題として少子化が挙げられます。そのような社会の課題の解決方法の一つとして、学校給食費の無償化が挙げられると思います。本来的には国がやるべき問題であるとも思いますが、地方自治体からこういったムーブメントを起こすことで、国を動かすということも考えられます。
滝口〔弁〕 これまで給食というのは、どちらかというと栄養の摂取といった子どもの心身の発達や保健衛生的な観点で論じられていて、教育の一環であるというのは比較的新しく出てきた切り口だと思います。ですので、そういった給食の趣旨から、これに対して費用を出すという視点はあり得るのではないでしょうか。
石田〔議〕 給食を通して食育を行うという視点は、ひいては自給率を上げていくということや食材の国産化といった話ともつなげられると思います。そのために国産の食材を使うことは負担が大きいので、行政がその費用を負担することで、給食を通して新たな教育をすることができると思います。もちろん、給食の無償化だけで少子化の問題が解決するわけではないですが、きっかけの一つにはなるのではないでしょうか。
本目〔議〕 これまでの議論を聞くと、やはり最終的にはトップが腹をくくって決断できるかどうかの問題ではあると思います。また、やはりこれは法律にも書かれていることですので、国が動くべき話ではあると思います。

むすびに

滝口〔弁〕 給食無償化は単に予算の問題だけではなく、国と地方自治体との関係、保護者と行政とのバランス、少子化対策など様々な局面に関わることが分かりました。議員と弁護士との相互理解がさらに深まることを祈念し、今回の勉強会を終わりにしたいと思います。

渡邉健太郎(弁護士)

この記事の著者

渡邉健太郎(弁護士)

1979年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、6年間の社会人経験(東京メトロ勤務)を経て、東京大学法科大学院へ入学。2011年弁護士登録(第一東京弁護士会)。現在、堀法律事務所に所属。第一東京弁護士会総合法律研究所スポーツ法研究部会副部会長、公益財団法人日本バスケットボール協会裁定委員。

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