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2023.03.10

市民協働による橋のセルフメンテナンスモデル ─福島県平田村を例に─

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株式会社アイ・エス・エス/日本大学工学部客員研究員 浅野和香奈
日本大学工学部教授 岩城一郎

1 はじめに

 近年、高度経済成長期に集中整備された社会インフラの一斉老朽化が社会問題となっている。この問題は財政力や技術力の不足している地方の小規模な自治体でより深刻といわれている。全国に約74万橋あるとされる道路橋のうち、市区町村で管理しているものは約70%もあり、国土交通省によると、74万橋のうち建設から50年以上経過した橋は2022年度34%に上り、10年後に59%まで急増するとしている。このような状況の下、10年前の2012年12月2日に笹子トンネル天井板落下事故が発生した。この事故を受けて、政府は2013年をメンテナンス元年と位置付け、インフラの長寿命化を国の重点施策とした。さらに、国土交通省では2014年4月に全ての道路橋に対し、国が定める統一的な基準により、5年に1回、近接目視点検を行うことを基本とする省令を制定した。しかしながら、2022年度に行ったNHKの調査によると、「早期に補修が必要」、「緊急に補修が必要」と判断されながら、補修が行われていない橋やトンネルは全国で合わせて3万3,390か所あることが判明した。国は5年以内に補修などの措置が必要だとしているが、このうち5年を超えても補修されていない橋が約7,000か所に上ることが分かった。
 さらに、近年では地震災害に加え、気候変動に伴う未曽有の豪雨災害が発生し、各地で橋が流される事故が多発している。地域の生活に欠かせない橋が、老朽化や地震・洪水といった災害により使えなくなると、住み慣れた土地を離れなければならなくなる事態も想定される。
 地方の自治体におけるこうした問題は、もはや行政任せにすることでは解決の糸口が見いだせない状況にある。一方、農村社会においては住民が必要とするインフラを自らの手でつくり、守る、普請(ふしん)と呼ばれる制度が今も根付いている地域がある。本稿では普請を現代版にアレンジし、住民と学生との協働により、道をつくり、橋を守る、福島県平田村の取組みについて紹介する。

2 福島県平田村

 本稿のタイトルにもなっている、市民協働による橋のセルフメンテナンスモデルは、福島県平田村という小さな村をフィールドに実装を行った。平田村は福島県の南部にある石川郡の北東部に位置し、阿武隈高原の豊かな自然に恵まれた村である。2022年3月時点で村内の人口は5,602人となっており、1990年と比較すると人口減少率は34.3%にも上る。平田村では、「自分たちの地域は自分たちの手で」という精神の下、協働のむらづくりを進めている。

3 資材支給事業における住民による生活道路のコンクリート舗装

 その協働のむらづくりの一環として行われている取組みが「資材支給事業」である。平田村の生活道路の中には舗装がなされていない砂利道がある。砂利道は、足場が悪いだけでなく、大雨が降ると砂利が流されて通行止めになる等の課題がある。しかし、村の予算は限られており、そういった課題の全てに行政のみで対応することは難しい。そこで、協働の精神に基づき、平田村では住民自らが生活道路を舗装する「資材支給事業」が行われている。生活道路の舗装に必要な生コンクリート等の材料を役場が住民に提供し、住民自らが生活道路を舗装するという仕組みである。この事業に本研究室の学生が加わり、2012年に「住民と学生の協働による道づくり」がスタートした。新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、2020年、2021年は実施できなかったものの、これまでに10回の協働による道づくりを実施している(写真1)。
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写真1 2022年10月に行われた協働による道づくりの様子

4 橋のセルフメンテナンス実施までの取組み

 行政と住民で協力し、住民自らが道に関する課題を解決するという平田村の協働による道づくりスキームを、道から橋へ、つくるから守るへと発展させ、平田村の地域力を生かして住民自ら橋を守る仕組み、つまり橋のセルフメンテナンスが実施できないかと考えた。しかし、最初から橋に関心がある住民はなかなかいない。まずは住民が橋に興味関心を持ってもらえるように、二つの取組みを実施した。
 一つ目は「橋の名付け親プロジェクト」である。平田村に限らず、名前が付いていない橋は意外と多い。そのような橋は、番号で管理されている。その番号橋に、村の未来を担い、長く地域に関わっていくであろう平田村の小学生に名前を付けてもらうことで、長く地域に愛される橋にしたいと考えた。33号橋には蓬田小学校により「きずな橋」、72号橋には小平小学校により「あゆみ橋」という名前が付けられ、村内にある道の駅で橋の命名式が行われた(写真2)。
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写真2 橋の名付け親プロジェクトにおける命名式の様子

 二つ目に、名付け親となった小平小学校にて「橋の歯磨きプロジェクト」を開催した。技術者より、橋の主な劣化要因は「水」であることや、住民でも水を断つことができる「橋の歯磨き」について三つ解説がなされた。一つ目は「堆積土砂・落ち葉や雑草を取り除くこと」、二つ目は「排水桝(ます)をきれいに保つこと」、三つ目は「高欄の塗装が剝がれていたらペンキでコーティングすること」である。説明後、実際にこの三つを住民とともに実施するワークショップが行われた(写真3)。
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写真3 橋の歯磨きプロジェクトにおける高欄塗装の様子

5 橋のセルフメンテナンスの実施

 名付け親プロジェクトや歯磨きプロジェクトを通して、平田村の住民の橋に対する意識を醸成しつつ、もともとある平田村の地域力を生かして、地域住民で橋を守る仕組みである「橋のセルフメンテナンス」を構築した。「橋のセルフメンテナンス」は「地域の橋を、その利用者である住民や管理者らが日常的に点検し、簡易なメンテナンスを行うことにより、健全な状態に維持すること」と定義している。具体的には、簡易橋梁(きょうりょう)点検チェックシートを用いて住民や管理者等が橋面上の簡易点検を行い、橋マップを通じて橋の歯磨きの必要度や橋梁に関する情報を住民へ公開・共有することで、住民による橋の歯磨きにつなげるというものである。このセルフメンテナンスサイクルがうまく機能することで、5年に1回の定期点検だけでは収集しきれない日常の橋梁の状態を把握し(図1)、定期点検の間に起こった緊急性の高い損傷に早期に気がつくことができ、さらに橋面上をきれいに保ち排水を常に確保することで、長寿命化を図ることができると考えた。
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出典:浅野和香奈「市民協働と人材育成に立脚した橋のセルフメンテナンスモデルの構築に関する実践研究」(博士論文、2022年)
図1 平田村における橋のセルフメンテナンス

(1)簡易橋梁点検チェックシートの構築
 橋の知識がない住民が橋梁の点検を行うには、安全に点検できる範囲でポイントが絞られた、具体的で分かりやすいツールを構築する必要があると考え、「簡易橋梁点検チェックシート」(図2)を作成した。視覚的に難しさや堅さを感じさせないツールであること、A4判1枚に収まるように構築すること、普段の橋の利用方法から逸脱しなくとも点検できる橋面上の部材のみとすることを意識した。点検項目は文章ではなく、「変形」、「錆(さび)」等の単語に分け、それぞれの損傷や変状に対して、「有」、「無」を記入し、「有」の場合は「部分的」、「広範囲」の程度も記入することで、現状の把握ができるようにした。
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出典:みんなで守る。橋のメンテナンスネット
図2 簡易橋梁点検チェックシート

(2)橋マップの構築
 橋マップは、簡易橋梁点検チェックシートの点検結果を住民へフィードバックし、橋の歯磨きの必要度をウェブ上の地図で可視化したものである。住民が橋の歯磨きを行い、劣化の原因である水の影響を最小限にすることができれば、長寿命化が図れ、自治体の財政健全化にもつながると考えた。市民がチェックシートで点検した結果のうち、橋の歯磨きの指標となる項目の点検結果を数値化し、表のように色分けしたものを電子地図上にプロットした「橋マップ」(図3)を作成した。
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出典:橋のセルフメンテナンスモデル公式パンフレット
表 橋マップのピンの色が示す橋面上の状態

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出典:橋のセルフメンテナンスモデル公式パンフレット
図3 橋マップ・ひらた

(3)行政区ごとの橋のセルフメンテナンスの体制構築
 住民による橋のセルフメンテナンスの体制を構築する際、村の中に新たな点検団体を結成したり、新たな点検日を設けたりすることは、住民の負担が大きく、果たして継続性が保たれるのかという懸念があった。そこで、今ある村の団体、行事の中に橋のセルフメンテナンスを付随させる手法を考えた。各行政区長が主導となり、毎年4月~11月にかけて、道路愛護活動や河川クリーンアップ活動が行われていることが分かった。行政区単位であれば村内全域をカバーでき、道路や河川のごみ拾いや草刈りといった活動を既に行っているため、橋の清掃を付随しても大きな負担にならない。これらの行事に橋の簡易点検と橋の歯磨き活動を付随することを役場に提案した。
 村の催しで一人ひとりに説明したり、リーフレットを配布する等の地道な活動を行いつつ、試行を繰り返しながら、2018年度に全行政区で住民によるセルフメンテナンスが実現した(図4)。現在も住民が安全に活動できる村内の橋梁全てで活動が行われている。
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出典:浅野和香奈=岩城一郎「住民主導型橋梁セルフメンテナンスモデルの構築から展開まで」建設マネジメント技術2021年8月号
図4 住民が提出した簡易橋梁点検チェックシートと点検記録簿

6 平田村における橋のセルフメンテナンスの効果

 特に橋面上の汚れがひどかった小舘橋の状態を比較する。2015年は土砂や雑草で排水のために設けられた塩化ビニル管が埋まり、夏の太陽が降り注ぐ中、道路脇は湿った状態となっていた。しかし2022年、橋面に若干砂があるものの、塩化ビニル管も埋まっておらず排水機能が確保され、きれいな状態が保たれていた(図5)。このことから、日頃の橋のセルフメンテナンスから橋面の状態が明らかに改善されていることが分かる。
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図5 小舘橋の2015年と2022年の比較

 単に橋のメンテナンスに寄与しているだけでなく、現役を引退した世代も地域で活躍しており、活動が地域に根付きコミュニティを深める等、活動を通じて地域の活力の向上を図ることにつながっていると考えられる(図6)。
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図6 地域の活動として根付く(点検記録簿より集合写真を抜粋)

 平田村という小さな村から始まった活動だが、地域住民だけでなく、地元の高校生や大学生、自治体職員や企業にも活動が広まり、2023年2月現在、予定地も含めて、全国25市町村に活動を展開した(図7)。
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出典:橋のセルフメンテナンスモデル公式パンフレット
図7 橋のセルフメンテナンスモデルの全国展開図

7 おわりに

 今後、少子高齢化が進み、人口減少の波が押し寄せるのは避けられない。社会福祉の負担も増える中、税収で今あるインフラ全てを維持していくことは難しいのは当然である。地域が元気なうちに、地域の未来を住民とともに考えた上で、橋の集約化撤去に関する前向きな議論を行わなければならない。その土壌づくりは「今」ではないか。この活動を通じて、メンテナンスに寄与しつつ、橋から地域の未来を考えていきたい。
 

この記事の著者

株式会社アイ・エス・エス/日本大学工学部客員研究員 浅野和香奈 / 日本大学工学部教授 岩城一郎

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