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2023.02.27 政策研究

水道インフラの諸問題

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東京財団政策研究所研究主幹/「未来の水ビジョンプログラム」 橋本淳司

料金収入激減する中での事業継続

 水道事業は広げた傘を折り畳む時期を迎えた。高度経済成長期を中心とした爆発的な布設によって普及率は98%となったが、数十年がたち、膨大な施設更新を迎えた。全国の水道管の総延長は約72万キロ。法定耐用年数の40年を超えた割合(老朽化率)は17.6%。老朽化が進めば、漏水や損壊といった事故が起きやすくなる。安定的な供給のためには更新ペースを上げる必要があるとされるが、更新された水道管の割合(更新率)は2006年の0.97%から2018年は0.68%と減少した。
 更新が進まない理由の一つに料金収入の減少がある。2022年1月1日時点の日本の人口は1億2,592万7,902人で、前年から72万6,342人の減少。毎年数万人規模で減少数が増えている。これに対し2022年の出生数は77万人程度で、早晩出生数と減少数が逆転する。人口減少は水道利用者の減少、利用水量の減少にほかならず、当然、料金収入も減少する。総務省によると、料金徴収の対象となる水量(有収水量)は、2000年の日量3,900万立方メートルをピークに減り続けている。2015年には日量3,600万立方メートル、2065年には日量2,200万立方メートルになると予測される。日本の水道事業の課題は、料金収入が激減する中でいかに事業を継続するかだ。

広域化はゴールではない

 持続性が危ぶまれる水道事業に対し、国は広域化と官民連携という対策を打ち出す。一部の事業体では広域化やそのプロセスを通して、地域としての水道のあり方を模索しながら、未来に向けた議論や取組みが進みつつある。広域化はゴールではない。一般的には広域化による経営規模の拡張により経費は節減できるといわれる。⼤⼝の発注などでコスト削減は可能であるが、⽔道は設備産業であるため⼀定の材料費、施⼯費(労務費)、維持管理費はかかり続ける。それが水道料金に直結する。さらに、水道を供給する⾯積が広いほど、広⼤な面積を管理しなくてはいけなくなるし、極端に人口減少が進む地域では⽔道の維持が難しくなるなどの課題がある。
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出典:筆者作成
図 水道料金の決まり方

 まず、原価の部分の縮小を図るダウンサイジングが必要になる。水使用量の減少から全国の水道事業の施設利用率(稼働率)の平均は約6割。減価償却費及び施設維持管理費等の費用がほぼ100%発生しているにもかかわらず、全く利益を生まない資産が4割ある。これを段階的に減らしていく。
 ダウンサイジングの事例として岩手中部水道企業団を紹介する。岩手県北上市、花巻市、紫波町は、それぞれ別に水道事業を行っていた。ここには用水供給の岩手中部広域水道企業団(旧企業団)もあり、四つの水道事業体が存在していた。
 ここには三つの課題があった。一つ目は人口減少の加速。3市町の給水人口は大幅に減少し、それに伴い料金収入が減少していく。二つ目は老朽管の更新率の低さ。1950年代半ばから60年代半ばに整備された総延長276キロの水道管は、ほとんど更新されていなかった。必要な工事を行うと事業費が数倍になる年度が長期間続く。それは水道料金の大幅な値上げにつながる。三つ目は水不足と水余り。紫波町は水源に乏しく慢性的な水不足に悩まされている一方で、同地の用水供給事業の岩手中部広域水道企業団(旧企業団)の浄水場の稼働率は50%程度だった。
 水道料金は、単独で事業を続けた場合、紫波町では1,000リットル当たり200円から360円に上昇。1世帯の1か月の平均的な使用量とされる20立法メートルで比較すると、月額4,000円から7,200円に上がる。一方、広域統合すると1,000リットル当たりの料金は2038年まで230円。このデータを見た3市町の議会は全会一致で広域化に賛成し、2014年、岩手中部水道企業団が動き出した。
 岩手中部水道企業団では実際に統合してからの8年間で着々と12の浄水場と水源を廃止休止し、老朽化した基幹的浄水場を二つ更新した。浄水場の廃止休止の結果、浄水場分のみの積み上げだけでも、現時点で約42億円程度の更新事業費が削減できたと見込まれる。

 さらに職員の技量アップを図りながら有収率を向上させた。岩手中部水道企業団では、管路の更新率を上げようと統合当初に更新事業を増やしたが、有収率は上がらなかった。有収率とは、給水する水量と料金として収入のあった水量との比率だ。
1 有収率が低い場合、主として漏水が原因だ。そのほかに水道メーターの不調、公共用水、消防用水の利用量の多さなどが考えられるが、昨今では老朽化管から漏水し、浄水場でつくった水が家庭まで届かないケースが主な要因だ。水をつくるまでにかかるあらゆるコストが無駄になっている。有収率が上がらない原因は、工事のしやすい管路が更新される一方、他機関との協議、交通遮断などが必要な中心市街地の漏水多発管は手付かずだったことにあった。
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出典:筆者作成
表 管路更新率と有収率の関係

 この点を改めると、更新投資額が下がったにもかかわらず、2015年から2018年の3年間で有収率が6.2%上がった。有収率が上がると、それまで漏水していた水が有効に使用される。岩手中部水道企業団では有収率が上がった結果、配水量が日量7,000トン減り、結果として6,000トンを供給する新浄水場建設を30億円かけて建設する計画が白紙に戻った。前述の施設削減によるコストダウンに加え、漏水量の削減、先進技術の導入などにより、総額で約92億円の将来投資が削減できた。
 コンセッション方式を導入した浜松市の下水道事業では、コンセッション期間の20年間のVFM(バリュー・フォー・マネー)を86億円と試算しているが、岩手中部はそれを上回る将来投資の削減を実現した。広域化とダウンサイジングの効果を示しているといえる。

小規模分散型の水点を併用する

 さらに、人口が極端に少ない地域での持続策を考える必要もある。大きな施設で浄水処理し、そこから水を道(水道管)に通して運ぶのが「水道」だとすれば、給水ポイントを小規模分散化し、水の道を極力短くして「水点」をつくり、浄水やポンプ導水にかかるエネルギーを減らし、安価で管理のしやすい方法に切り替える。つまり、水道と水点のベストミックスを模索する必要がある。
 小規模分散型の水点の技術は多種多様だ。例えば、宮崎市の持田地区では水道水の集落デリバリーを行っている。給水車が週数回、スレンレス製の受水タンクに水を運ぶ。そのタンクから各家庭に安全な水が供給される。地下水を水源として活用し、紫外線発光ダイオードUV-LEDで殺菌して安全な飲み水をつくる技術もあるし、民間企業が企画し住宅ごとに設備された膜ユニットによって水をろ過する技術も実装可能になっている。
 岡山県津山市には水道の未普及地域が約200戸あった。市街地からは地理的に遠く、これまでは清浄で豊富な沢水を住民が簡易処理して使用していた。しかし、雨の降り方が変わって水が濁りやすくなった、野生動物のふん尿などが原因で水質が悪くなったなどの理由で沢水を飲むことが難しくなった。そこで住民による小規模水道が動き出した。維持管理を地元組合が行うため、できるだけ構造が単純で管理の手間が少ないものとする、ポンプ等の動力を使用しないで自然流下とする、できる限り薬品類を必要としない施設とすることなどが考慮され、「上向流式粗ろ過」と「緩速ろ過」という生物処理の装置が採用された。
 様々な技術や方法がある中で、自治体としてどういう技術を採用し、維持管理をどうするか、災害や事故が起こった場合はどう対応するかなどのルール整備を行う必要があるだろう。

未来へ水道を残すための議論

 現在に生きる人からすれば料金は安い方がよいし、お金がかかる施設の更新はできるだけ先送りしたい。しかし、料金値下げは水道事業にかけられる予算の縮小につながり、それにより水道更新も停滞し、そのツケを払うのは将来世代である。そこで将来世代になりきって、これからの水道のあり方を議論しようというのが、岩手県矢巾町の「矢巾町水道サポーター」という取組みだ。
 矢巾町水道課が2008年にショッピングセンターなどで聞き取り調査を実施したところ、町民の関心事は「水道水の料金とおいしさ」に集中し、「施設の老朽化」や「事業継続の難しさ」など水道事業者の伝えたい内容とは隔たりがあった。水道サポーターは「公共水道を守るため、主権者である住民と事業者が一緒に考え意思決定する」ことを目的としている。2008年に始まり、現在も継続されている。矢巾町の水道利用者なら誰でも参加可能で、1、2か月に1回(年7回程度)開催されるワークショップに参加すると、1回2,000円の謝礼が支払われる。初年度に集まった11人のうち、「水道に関心があった」のは1人で、「時間に余裕があるから手を挙げた」という人がほとんどだった。参加者は、水道水とミネラルウォーターの飲み比べをしたり、浄水場などの施設見学をしたり、水道経営の現状や将来をデータで学んだりした。その結果、老朽化する水道施設の更新に必要な財源を確保するため、水道料金の値上げを提案した。これを受け、町は水道料金値上げを実施した。
 広げた傘を折り畳む方法は多種多様だ。だが、それを実行するには未来世代のことを考える必要がある。現代に生きる私たちは、子や孫よりも自分たちの暮らしを優先しがちであり、未来世代へ負の遺産を残してしまう可能性がある。

橋本淳司 東京財団政策研究所研究主幹/「未来の水ビジョンプログラム」

この記事の著者

橋本淳司 東京財団政策研究所研究主幹/「未来の水ビジョンプログラム」

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表。武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹。NPO法人地域水道支援センター理事。水問題についてメディアで発信。「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」、「東洋経済オンライン2021 ニューウェーブ賞」など受賞。また、学校での探究的・協働的な学び、自治体、企業の水に関する普及啓発活動をサポート。主な著書に『水辺のワンダー 世界を旅して未来を考えた』『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)、『水道民営化で水はどう変わるか』(岩波書店)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎)など。

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