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2022.07.25 議員活動

第2回 剣太事件概観─剣太誕生・事件当日・部活・被害者として

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日本大学危機管理学部 鈴木秀洋/協力 工藤奈美

 この連載の剣太事件を通して、法的知識とリーガルマインドを身につけ、自治体において命を守るとはどういうことか、修得してほしい。

【目次】(青字が今回掲載分)

 第1回 剣太からのバトン─時間は当事者の気持ちを軽くしない
 第2回 剣太事件概観─剣太誕生・事件当日・部活・被害者として
 第3回 学校・行政対応のまずさ(1)
  ─危機管理学・行政法学・被害者学の視点から
 第4回 学校・行政対応のまずさ(2)
  ─事故調査委員会・教員の処分

 (【緊急特報】裁判記録は魂の記録である)
 第5回 損害賠償請求事件(大分地裁)
  ─最初の闘い・地裁判決の法的位置付け
 第6回 第1回口頭弁論に臨む遺族の気持ち(大分地裁)
 第7回 口頭弁論と立証活動(大分地裁)
 第8回 現地進行協議と証人尋問(大分地裁)
 第9回 損害賠償請求上訴事件
 第10回 刑事告訴・検察審査会
 第11回 裁判を終えて
 第12回 新たなステージ(剣太はみんなの心の中に)

(編集部注:2023年4月25日 目次及び第1~6回タイトルを修正いたしました)

 

1 剣太の誕生

 剣太は、1992(平成4)年5月27日、英士さんと奈美さんの長男として生まれた。広大な大分の久住の地で、たくましく、そして愛情いっぱいに育てられた。
 剣道の有段者であった英士さん、太鼓を得意としていた奈美さん、二人の熱い思い入れのある一字を名前に込めた(1)。剣太がどれだけ大事に育てられたか、奈美さんは剣太の話を始めると止まらなくなる。また、いとこをはじめ親族からの話を聞けば、剣太が親族の中でどれだけ人望が厚く精神的支柱であったかが分かる(こうした剣太の子ども時代の軌跡については、また後で書くこととする)。
 小学校1年生から剣道を始めた剣太は、人の命を助ける救急救命士になることを将来の進路として決めていた。

2 事件当日

 2009(平成21)年8月22日、剣太は、出かけた。大好きな奈美さんの特大おにぎりを持って。しかし、剣太の「ただいま」の声を聞くことは、もうない。
 剣太事件は、新聞やテレビでも大きく取り上げられた。
 熱中症・熱射病による学校事故死として取り上げられることが多いが、実際は、剣道部活中に、顧問教員が過酷な稽古を特に剣太一人に集中的に課し、剣太が限界に至り、熱中症が発症しているにもかかわらず、稽古をやめさせず、あろうことか、熱中症で意識を失い倒れた剣太を殴る蹴るなどして、救急車搬送を遅らせ、結果死に至らしめた凄惨な事件である(大分地判平成25年3月21日・平成22年(ワ)222号(判例時報2197号89頁))。
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奈美さん作成 当日の事件時系列
事件後5日目ぐらいから、英士さんは、部員の家を回って当日の部活の状況に関して、
事実関係の証言取りを行ったのである。本当につらい作業であったという。

 英士さん、奈美さんによる剣太事件の一連の裁判での訴えによって、この10年で相当程度全国での部活指導のあり方の改善がなされたとの評価がある一方で、残念ながら今でも部活動において、個々人の身体的状態や意思にかかわらず、強制的にハードな練習で追い込むことが必要であると公言する(当該事案の顧問教員の裁判での発言)指導者が子どもたちの指導の最前線で指揮をとっている(2)。こういった考え方自体が子どもたちの命を奪うことにつながる。当該教員等への教育は、不可欠である(3)
 なお、本事件においては、剣太の名誉のためにぜひ付記しておかねばならないことがある。剣太を剣道の道にいざなった英士さんはもちろん、剣太と11年間もの間、ともに剣道に打ち込んできた1歳違いの風音も、剣太が剣道の練習でギブアップをする姿は見たことがないし、剣道の厳しい練習において弱音を吐いたことを聞いたことがない。その剣太が、この日の顧問教員からの集中的な命令(指導)に「もう無理です」との言葉を発している。このことは、どのような指導(もはや指導とはいえまい)がなされたのかを理解する重要事実である。事件の経緯で詳述する。

3 何のための部活なのか

 事件4日後の保護者説明会(この説明会に保護者である英士さんと奈美さんは呼ばれていなかった。外部の教育関係者から教えてもらって参加することになる)で、英士さんは学校側に対して、「何のための部活なんですか」、「人を殺すための部活なんですか」と問うている。
 本来最も安全で安心な空間であるべき学校、教員と生徒との信頼関係の下、社会に出てからの生きる力を育むべき学校で、教員(顧問)の絶対支配関係の中で、教育活動の一環である部活動が続けられていた。学校の中で行われている部活動は、教育活動の一環であるとの位置付けでありながら、現在なお、教員(顧問)の意のままに展開されている例は少なくない。
 生徒の命を奪った剣太事件は、教職に関わる全ての者が、心にとめるべき事件である。この一連の事件経緯を詳細に知り、自分が顧問であったら、自分が副顧問であったら、校長であったら、教育委員会の所属であったら、議会・議員であったら、どのようにしてこうした事件を防ぐことができたのだろうか。そう考えてほしい。
 剣太事件をたどり、類似の事件が起きないよう、再発防止の研修が行われる必要があろう。この連載を自己又はチームで取り上げ、継続的な検証をしてほしい。
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剣太中3、風音中2。
※兄弟二人。何度も「龍虎の戦い」でお互いを高め合った。

4 被害者としての両親・きょうだい・親族・仲間

 この事件は、一部始終を剣太の弟である風音が同じ所属部員として体験している。風音はこのことにより、重いトラウマを背負うことになる。風音は剣道をやめ、学校を転校し、「俺はいつも自分の死に場所を探していた」、「剣太の代わりに自分が死ねばよかった」と後に語っている(4)。風音以外に妹も、そして剣太の家族全員が、この事件で受けた傷、その大きさ、重さは、計り知れない。どんなに言葉を尽くしたとしても適切とはいえない、表現できないほど重く、現在進行形で消えることなくトラウマとして残り続けているのである。奈美さんは、今でも入道雲とセミ・ヒグラシの声を聞くと一瞬にしてあの日に引きずり戻される、自分で心身のコントロールができなくなるという(5)
 それにもかかわらず、こうした家族一人ひとりの別個独立の傷・喪失、そして一人ひとりへの継続的な心的・物的・経済的支援は、不十分といわざるを得ない。現状は、遺族に光が当てられることはあっても、いまだひとくくりの記号的な「遺族」という形での捉えられ方がなされている。
 また、忘れられがちなのが、家族以外のいとこをはじめとする親族等への心的・物的フォローである。近年、遺族としての「きょうだい」の被害等がようやく社会が向き合うべき課題であるとして認知され始めた段階である。傷を負っているのは、保護者だけにとどまらない。いとこをはじめとする親族の傷に法的なフォローはなされていないのが現実である。剣太事件について、剣太のいとこは、次のように語る。「時間は私たちの気持ちを軽くはしていない。剣太を死に至らしめたやつへの憎しみは消えない。許せない、許さない。やつらに日常が戻っても、大好きな剣太がそばにいた私たちの日常は戻ってこないから」。
 皆さんは、この言葉を聞いて言葉が過ぎると思うであろうか。しかし、私たちの社会は、こうした気持ちを見ないことにして、封をしたままにはできないはずである。被害感情に目を向け、被害感情をくまない限り、法制度は崩壊する。私的決闘や敵討ちがなされないためには、被害救済のための裁判制度・司法制度が被害感情を慰謝し得る形に今一度再改編されていかねばならない。
 こうした関係者(当事者)の心に向き合うことからもう一度始めてみる必要があろう。この点にも、紙幅を割かねばなるまい。
 さらに、その事件の場にいた他の部員、クラスの仲間、他の生徒もまた、その後の人生において大きな傷を負い、この事件を背負いながら生きていくという意味で、みな被害者(当事者)といえる。
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国賠訴訟大分地裁判決の日。
※剣太のいとこたちは、それぞれ学校を休み法廷に集まり、判決を見守った。



(1) 「剣の道」を貫く人になってほしい、心と体を鍛えて人を思いやれる立派な人になってほしいとの思い。
(2) 個々人の限界を超えさせるためとの指導者側の理屈が主張されることが多い。
(3) 熊本県秀岳館高校サッカー部暴行事件。「部活指導の暴力 外部の目が届く仕組みを」産経新聞2022年5月14日付け(https://www.sankei.com/article/20220514-QMQPOITT2JPF7IZDBUAL7WDDTM/)。
(4) 工藤風音「スポーツと暴力 生徒は何も言えない」(「私の視点」朝日新聞2013年10月26日付け)において、風音はいまだに顧問を止められなかった自分を責めている。
(5) 剣太は、部活の日々でほとんど乗ることはなかったが、お小遣いをためて中古のバイクを買った。家の前にはそのバイクが今でもある。剣太が亡くなった日から、その所有者のいないバイクが家の前、目の前にあるにもかかわらず、奈美さんは、「剣太がバイクに乗って、家の前の角を曲がって帰ってくるのではないか」、その帰りを待って、家の前のベンチに腰掛け、夕刻になるとずっとずっと帰りを待っていた。英士さんが「もう家に入ろう……剣太は帰ってこんので……」といわれても、あの日からずっと繰り返していたという。事実は頭では分かっても、心と体はいうことを利かない。そういうことが残された家族の身に置き続けているのである。時間は解決しないのである。筆者も先日、奈美さんからそのヒグラシの声を聞かせてもらった……。
 

 

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部教授)

日本大学大学院危機管理学研究科教授兼日本大学危機管理学部教授。元文京区子ども家庭支援センター所長、男女協働課長、危機管理課長、総務課課長補佐、特別区法務部等歴任。都道府県、市区町村での審議会委員多数。法務博士(専門職)。保育士。著書に『自治体職員のための行政救済実務ハンドブック 改訂版』(第一法規、2021年)、『行政法の羅針盤』(成文堂、2020年)、『子を、親を、児童虐待から救う』(公職研、2019年)、『虐待・ⅮⅤ・性差別・災害等から市民を守る社会的弱者にしない自治体法務』(第一法規、2021年)等。

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