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2022.07.25 議員活動

第2回 剣太事件概観─剣太誕生・事件当日・部活・被害者として

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4 被害者としての両親・きょうだい・親族・仲間

 この事件は、一部始終を剣太の弟である風音が同じ所属部員として体験している。風音はこのことにより、重いトラウマを背負うことになる。風音は剣道をやめ、学校を転校し、「俺はいつも自分の死に場所を探していた」、「剣太の代わりに自分が死ねばよかった」と後に語っている(4)。風音以外に妹も、そして剣太の家族全員が、この事件で受けた傷、その大きさ、重さは、計り知れない。どんなに言葉を尽くしたとしても適切とはいえない、表現できないほど重く、現在進行形で消えることなくトラウマとして残り続けているのである。奈美さんは、今でも入道雲とセミ・ヒグラシの声を聞くと一瞬にしてあの日に引きずり戻される、自分で心身のコントロールができなくなるという(5)
 それにもかかわらず、こうした家族一人ひとりの別個独立の傷・喪失、そして一人ひとりへの継続的な心的・物的・経済的支援は、不十分といわざるを得ない。現状は、遺族に光が当てられることはあっても、いまだひとくくりの記号的な「遺族」という形での捉えられ方がなされている。
 また、忘れられがちなのが、家族以外のいとこをはじめとする親族等への心的・物的フォローである。近年、遺族としての「きょうだい」の被害等がようやく社会が向き合うべき課題であるとして認知され始めた段階である。傷を負っているのは、保護者だけにとどまらない。いとこをはじめとする親族の傷に法的なフォローはなされていないのが現実である。剣太事件について、剣太のいとこは、次のように語る。「時間は私たちの気持ちを軽くはしていない。剣太を死に至らしめたやつへの憎しみは消えない。許せない、許さない。やつらに日常が戻っても、大好きな剣太がそばにいた私たちの日常は戻ってこないから」。
 皆さんは、この言葉を聞いて言葉が過ぎると思うであろうか。しかし、私たちの社会は、こうした気持ちを見ないことにして、封をしたままにはできないはずである。被害感情に目を向け、被害感情をくまない限り、法制度は崩壊する。私的決闘や敵討ちがなされないためには、被害救済のための裁判制度・司法制度が被害感情を慰謝し得る形に今一度再改編されていかねばならない。
 こうした関係者(当事者)の心に向き合うことからもう一度始めてみる必要があろう。この点にも、紙幅を割かねばなるまい。
 さらに、その事件の場にいた他の部員、クラスの仲間、他の生徒もまた、その後の人生において大きな傷を負い、この事件を背負いながら生きていくという意味で、みな被害者(当事者)といえる。
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国賠訴訟大分地裁判決の日。
※剣太のいとこたちは、それぞれ学校を休み法廷に集まり、判決を見守った。



(1) 「剣の道」を貫く人になってほしい、心と体を鍛えて人を思いやれる立派な人になってほしいとの思い。
(2) 個々人の限界を超えさせるためとの指導者側の理屈が主張されることが多い。
(3) 熊本県秀岳館高校サッカー部暴行事件。「部活指導の暴力 外部の目が届く仕組みを」産経新聞2022年5月14日付け(https://www.sankei.com/article/20220514-QMQPOITT2JPF7IZDBUAL7WDDTM/)。
(4) 工藤風音「スポーツと暴力 生徒は何も言えない」(「私の視点」朝日新聞2013年10月26日付け)において、風音はいまだに顧問を止められなかった自分を責めている。
(5) 剣太は、部活の日々でほとんど乗ることはなかったが、お小遣いをためて中古のバイクを買った。家の前にはそのバイクが今でもある。剣太が亡くなった日から、その所有者のいないバイクが家の前、目の前にあるにもかかわらず、奈美さんは、「剣太がバイクに乗って、家の前の角を曲がって帰ってくるのではないか」、その帰りを待って、家の前のベンチに腰掛け、夕刻になるとずっとずっと帰りを待っていた。英士さんが「もう家に入ろう……剣太は帰ってこんので……」といわれても、あの日からずっと繰り返していたという。事実は頭では分かっても、心と体はいうことを利かない。そういうことが残された家族の身に置き続けているのである。時間は解決しないのである。筆者も先日、奈美さんからそのヒグラシの声を聞かせてもらった……。
 

 

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部教授)

日本大学大学院危機管理学研究科教授兼日本大学危機管理学部教授。元文京区子ども家庭支援センター所長、男女協働課長、危機管理課長、総務課課長補佐、特別区法務部等歴任。都道府県、市区町村での審議会委員多数。法務博士(専門職)。保育士。著書に『自治体職員のための行政救済実務ハンドブック 改訂版』(第一法規、2021年)、『行政法の羅針盤』(成文堂、2020年)、『子を、親を、児童虐待から救う』(公職研、2019年)、『虐待・ⅮⅤ・性差別・災害等から市民を守る社会的弱者にしない自治体法務』(第一法規、2021年)等。

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