2 重要な改正事項の概説
(1)審査請求期間
現行法では60日だった審査請求(異議申立て)期間(現行法14条1項本文、45条)が、改正法では3か月に延長される(改正法18条1項本文)。現行法の60日もそれほど短い期間ではないと感じるかもしれないが、法律の専門知識を有しない住民が、自分に対する処分に不満を感じ、場合によっては弁護士のような専門家に相談をした上で、裏付けとなる資料を集めて不服申立書等の必要な書類を作成し、最終的に申立てを行うという一連の行為をするのには、それなりの時間がかかるのが通常である。審査請求期間が1か月延びるということは、それだけじっくり検討しつつ準備を進めることができるということであり、住民の利便性の向上という意味では大きな改正といえるだろう。
(2)審理員
改正法に基づく制度構築において、自治体が多くの労力を割くことになると考えられるのが、審理員による審理手続(審理員制度)の導入に関する事項である(改正法9条、17条、28条、29条、42条等)。審理員制度は、審査請求がなされた場合において、当該行政庁の職員のうち処分に関与しない者から指名される審理員が、審査請求人及び処分庁の主張を公正に審理するために改正法によって新たに導入されたものである。これは、現行法において、審査請求の審理を行う者について法律に規定がなく、処分関係者が審理を行うことがありうることから、その審理の公正性を損なうおそれがあることや、審査請求人の口頭意見陳述の場に処分庁が出席する義務がなく、処分庁に対する口頭の質問権も保障されていないため、口頭意見陳述の機会が形骸化しているといった批判を踏まえ、行政手続法の聴聞主宰者の制度に範をとったものである。
(3)記録の閲覧・コピー
現行法では、審査請求人は「処分庁から提出された書類その他の物件」(現行法33条2項前段)の閲覧を求めることができる旨の規定しかなく、コピーは認められていなかったが、改正法では閲覧に加えてコピーも可能になった(改正法38条1項)。
(4)諮問機関
改正法の目玉のひとつである第三者機関への諮問手続の導入により、自治体は、行政不服審査会(以下単に「審査会」という)の設置を義務付けられることとなった(改正法81条1項)。ただし、自治体の審査会の機関設計は国のそれに比べると柔軟であり、常設の機関を置くことが不適当又は困難である場合は事件ごとの設置も可能なので(改正法81条2項)、例えばある特定の地方税法に関する不服申立てについて、当該事件のみを調査審議するため審査会を設置し、委員に税理士を含めるといった対応も可能である。総務省の調査によれば、平成21年度における新規の不服申立て(行政不服審査法及びその他の法律に基づくもの)が1件もなかった市区は35.7%、町村は87.5%に及んでいるが、このような自治体において常設の諮問機関を設置することは適当とはいえないだろう。また、複数自治体での共同設置も可能であり、委員の人数その他審査会の組織に関する事項も法定されておらず、条例で定めることとされている(改正法81条4項、地方自治法252条の7第1項)。このように、自治体の審査会の設置及び組織については柔軟な対応が可能である一方、調査審議の手続については改正法が準用されるため(改正法81条3項)、自治体の審査会は改正法に定める手続(改正法74条〜79条)の履践が求められる。ただし、迅速な裁決を希望する審査請求人に配慮し、審査請求人が希望しない場合は諮問はなされない(改正法43条1項4号)。
(5)標準審理期間の設定
審査庁となるべき行政庁は、審査請求がその事務所に到達してから当該審査請求に対する裁決をするまでに通常要すべき標準的な期間(標準審理期間)を定めるよう努めなければならない(改正法16条)。
標準審理期間の設定はあくまで努力義務であって、期間設定をしなくても違法の評価を受けるわけではない。ただ、住民の便宜を図り使いやすい制度にするため、また、審査庁としても行政不服審査が「簡易迅速」(改正法1条)な手続であることを意識し実践するため、期間設定するのが望ましいことはいうまでもない。
(6)情報の提供
不服申立てについて裁決、決定その他の処分をする権限を有する行政庁は、不服申立てをしようとする者又は不服申立てをした者の求めに応じ、不服申立書の記載に関する事項その他の不服申立てに必要な情報の提供に努めなければならない(改正法84条)。
改正法では審査請求期間を60日から3か月に延長し、不服申立ての種類を審査請求に一元化するなど、一定の利便性の向上が図られてはいるものの、住民にとって不服申立制度が、自治体が日常的に提供しているサービスと比べてなじみが薄く、理解しにくいものであることに大きな変わりはないだろう。自治体としても、不服申立てに必要な情報提供を行うことで、不適法な審査請求がなされた場合に補正を命ずる労力を省くことにつながるというメリットがある。よって、自治体としては、住民から働きかけがなくても、改正法に基づく不服申立制度の概要や不服申立書の記載例等を掲載した手引やパンフレットを窓口に備え付けるというような形で積極的に情報の提供を行うのが望ましいといえる。提供する情報の内容として考えられるのは、不作為について不服申立てをすることができるか否か、不作為について不服申立てをすることができる場合に不服申立てをすべき行政庁、標準審理期間、不服申立てにおける審理手続等である。
(7)不服申立ての処理状況の公表
不服申立てについて裁決、決定その他の処分をする権限を有する行政庁は、当該行政庁がした裁決等の内容その他当該行政庁における不服申立ての処理状況について公表するよう努めなければならない(改正法85条)。
この点について総務省は、具体的な裁決の内容、根拠法令ごとの処理状況、その他処理件数、処理類型、処理期間といった不服申立て全般に関する処理状況などについて各行政庁ごとにウェブサイトで公表することを想定している。具体的な裁決の内容の公表については個人情報保護の観点や業務に支障を及ぼす程度などを勘案する必要があるが、自治体においても基本的には総務省の想定と同様の内容・方法で処理状況を公表するのが妥当であろう。