弁護士 滝口大志
「地方自治勉強会」について
この勉強会では、議員と弁護士とが、裁判例や条例などを題材にして、それぞれの視点からざっくばらんに意見交換をしています。本稿では、勉強会での議論の様子をご覧いただければと思います。発言者については、議員には〔議〕、弁護士には〔弁〕をそれぞれ付しています。
なお、勉強会は自由な意見交換の場であり、何らかの会派、党派としての見解を述べるものではありません。
〔今回の勉強会の参加者(五十音順)〕
石田しんご(元品川区議会議員)
磯貝朋和(弁護士・第二東京弁護士会・千代田麹町法律事務所)
加藤たくま(中野区議会議員)
滝口大志(弁護士・第一東京弁護士会・丸の内仲通り法律事務所)
本目さよ(台東区議会議員)
渡邉健太郎(弁護士・第一東京弁護士会・堀法律事務所)
はじめに
滝口大志〔弁〕 小中学校を卒業してからだいぶ時間が過ぎました。今でも学校にいたときのことを思い出すことがあります。懐かしいような、理不尽な記憶に追いかけられているような不思議な気分になります。
石田しんご〔議〕 楽しいことも楽しくないこともありました。今と違って、私の頃は体罰なんて当たり前の時代だったかもしれません。もちろん私も悪かったのですが(笑)。
本目さよ〔議〕 自分自身が大人になって保護者になってみると、学校への目線が変わりました。子どもたちにとっても、親にとっても、地域にとっても、そこで働く教員にとっても、皆にとって学校は大切な場所なのだと思うようになりました。
滝口〔弁〕 今回は、現在の学校現場での課題の一つとされている、「学校の保護者対応」を中心にディスカッションしましょう。今回の講師は磯貝弁護士です。どうぞよろしくお願いします。
磯貝朋和〔弁〕 はい。私は所属している弁護士会で、学校の保護者対応での課題を解決するための活動に携わっています。
一同 よろしくお願いします。
学校現場における負担増
磯貝〔弁〕 現在、教員のなり手不足もあり、学校現場での人手不足が深刻化しています。
本目〔議〕 担任の先生が休職してしまい、副校長が担任を兼任することも多いと聞きます。なり手不足もありますし、教育現場での負担感はものすごいと思います。
石田〔議〕 学期の途中で担任の先生が急にいなくなってしまうと、子どもたちはとても悲しい思いをするでしょう。子どもたちのためにも休職者の発生は防ぎたいですね。
滝口〔弁〕 休職者の統計はありますか。
磯貝〔弁〕 手元にあるデータですと、令和4年度の全国の教員の休職者数は約6,000人です。令和8年度はさらに増えていてもおかしくありません。
渡邉健太郎〔弁〕 学校現場で教員が強いストレス環境に置かれていることがうかがわれます。教員への志望者が減るのも納得できるところです。
滝口〔弁〕 これほどの休職者が発生する背景には何があるのでしょうか。
磯貝〔弁〕 教員の就業時間の長時間化があるといわれています。
渡邉〔弁〕 長時間の労働時間が常態化すると十分な休息がとれませんので、心身に大きな影響が生じるのは一般的に認められるところです。労災認定では、長時間の労働時間は重要な判断基準の一つになっています。
滝口〔弁〕 今回のテーマである「学校の保護者対応」は、就業時間の長時間化にどう関わってきますか。
磯貝〔弁〕 教員はもともと忙しいところに、保護者対応が加わる結果として、就業時間が長時間化しているといわれています。
滝口〔弁〕 教員が保護者対応することは、教員としての通常業務の範囲内だと思いますが。
磯貝〔弁〕 それはもちろんそのとおりです。問題なのは、例えば、過剰な要求があったり、長時間拘束されて対応を切り上げられなかったりといった極端な場面です。
本目〔議〕 なるほど。何かトラブルが起きて学校と保護者との関係が悪化している場面では、保護者はそう簡単に引き下がらないかもしれませんね。
教員の働き方改革
渡邉〔弁〕 問題解消に向けた対策は何かとられているのでしょうか。
滝口〔弁〕 給特法では、教員には残業代を支払わない代わりに教職調整額を支給することが定められています。この給特法の改正(1)があり、令和8年1月1日に施行されました。この法改正は、教員の労働時間を減らすことを目的に、保護者対応に外部の専門家を活用するための予算措置を講じることとされています。
本目〔議〕 なるほど。働き方改革の一環として、外部人材である弁護士が関わってくるということですね。
加藤たくま〔議〕 学校での保護者と教員とのトラブルというのは、昔からあったと思いますが、自分が子どもの頃と今とでは、かなり状況が違うようです。
石田〔議〕 今の時代、保護者は教員の対応に納得しづらくなってきているようです。その背景としては、保護者の高学歴化があると思います。教員の権威が後退しているのではないでしょうか。弁護士が保護者対応に関わっていくのは、時代の要請にマッチしていると思います。
加藤〔議〕 働き方改革で教員の待遇を改善した結果として、学校現場での課題が解決していくのであれば、それはとても良いアプローチだと思います。
弁護士が保護者対応に関わることの是非
滝口〔弁〕 弁護士が保護者対応に関わってくることで、かえって、渦中の子どもが困ったことになったりしませんか。
石田〔議〕 誰が被害者で、誰が加害者なのか。スタートは、子どもが怒っているケース、あるいは保護者が怒っているケースなど、いろいろあると思いますが、子どもの居場所がなくなってしまうのは一番まずいですね。
磯貝〔弁〕 はい。教員と保護者の間で板挟みになってしまい、子どもの居場所がなくなってしまうのが、子どもにとって一番の不利益です。慎重な判断が必要なのはもちろんですが、解決の筋道をつけることは、子どもの最善の利益にもかなうでしょう。
本目〔議〕 担任の先生には、子ども一人ひとりと向き合う時間を十分にとってほしいところです。特定の保護者の過剰要求への対応に多くの時間をとられてしまうと、他の子どもにも悪い影響が出てくるのではないでしょうか。
滝口〔弁〕 弁護士が学校側として関わるということは、介入した弁護士としては、学校側の意向を尊重していくということなのでしょうか。
磯貝〔弁〕 そうではありません。もし学校側に非があるということであれば、そのときは学校側に改善を求めることになるでしょう。
渡邉〔弁〕 学校の先生にはプロ意識があるように思います。保護者対応ができて一人前という意識です。
石田〔議〕 弁護士がつくことで、その教員の評価が下がることがあってはならないと思います。「そんなこともできないのか」と責めるのではなく、「よく相談してくれた」と褒めるような雰囲気が大切だと思います。
モラルハザードは起きるのか
磯貝〔弁〕 注意すべき点としては、学校側のモラルハザードは防がなければなりません。
本目〔議〕 モラルハザードとはどういうことでしょうか。
滝口〔弁〕 弁護士が介入する主たる目的が、学校側の自己防衛というのは避けなければなりません。最優先すべきは、子どもの人権保障、子どもの最善の利益です。例えば、保護者対応が煩わしいという理由で弁護士に保護者対応を丸投げするようなことがあってはなりません。
石田〔議〕 私としては、役所には予算の制限があるので、役所がモラルハザードを許すとは思えません。モラルハザードは起こらないのではないでしょうか。
「子どもの最善の利益」とは
磯貝〔弁〕 先ほどの「子どもの最善の利益」という言葉の由来をご存じでしょうか。
本目〔議〕 子どもの権利条約ですね。我が国も批准しています。
滝口〔弁〕 さすがです。よくご存じですね。
渡邉〔弁〕 条約を批准することで、国内でも法規範性があることになりますね。
磯貝〔弁〕 はい。ですから、子どもの最善の利益のことを意識しておく必要があります。
弁護士に何ができるのか
渡邉〔弁〕 弁護士はどのような形で保護者対応に関わるのでしょうか。
滝口〔弁〕 様々な態様が考えられますが、①相談・助言、②同席・調整、③代理対応という三つのレベルに大まかには整理できると思います。
石田〔議〕 ③についてお聞きしたいのですが、弁護士はどこまで対応することが想定されているのでしょうか。最終的には裁判ですか。
磯貝〔弁〕 事案によるのはもちろんのことですが、例えば、極端に不当な態様で学校側との接触を図ってくるようなケースでは、接触禁止の仮処分といった裁判手続をとることもあり得るでしょう。とはいえ、これは本当に極端なケースだと思います。実際には、学校側と保護者の双方の話を聞いて、事実関係を整理する中で解決を目指していくのではないでしょうか。
石田〔議〕 いじめ重大事態などを見ていると、学校側というのは、何が原因で何が起きたのかといった事実認定が苦手なのかなという印象があります。
本目〔議〕 万が一、ずさんな調査がなされたときには、保護者は当然不信感を抱くでしょうね。事実関係をきちんと整理するだけでも、弁護士が関わってくる意味はあると思いました。
滝口〔弁〕 そもそも論となりますが、弁護士は学校でのトラブルに解決方法を示すことができるのでしょうか。実際には、子どもが学校を卒業するまで保護者対応が終わらないこともあるのではないでしょうか。
石田〔議〕 学校における法的トラブルは、蓋を開けてみれば、人間関係のこじれが大半でしょう。人間なので、必ずしも合理的ではないですよね。
磯貝〔弁〕 手続としての適正が担保されることが重要だと思います。一つひとつきちんとした手順を踏むことで、相談だけで解決することもあるでしょう。
本目〔議〕 そもそも、学校の先生の負担軽減が目的の一つでしたよね。
磯貝〔弁〕 はい。弁護士が後ろに控えていることで、精神的なサポートとなり、先生が安心して取り組むことができますし、孤立を解消できるでしょう。学校に限らずトラブルの渦中にいると、弁護士への相談のタイミングが遅くなる傾向があります。初期対応の加速につながると思います。
東京都の取組
磯貝〔弁〕 東京都では、令和7年4月1日に東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が施行されており、学校現場もその対象に含まれています。教員を守ることが法的に義務化されました。
本目〔議〕 義務を負うのは、教育委員会でしょうか、それとも首長でしょうか。
磯貝〔弁〕 首長です。
滝口〔弁〕 カスハラ防止条例は、学校現場にどのように関わってきますか。
磯貝〔弁〕 令和8年2月に「学校と家庭・地域とのより良好な関係づくりに係るガイドライン」が策定されました。
滝口〔弁〕 弁護士がどのように関わるのでしょうか。
磯貝〔弁〕 先ほどのガイドラインでは、弁護士が、保護者等との面談へ同席し法的根拠に基づいた伴走型支援を実施するとともに、学校の代理人としても対応することが明記されました。
市区町村での課題
石田〔議〕 都のレベルでは弁護士が保護者対応を行うことになったということですね。今後は、都のレベルにとどまらず、市区町村のレベルでの対応が必要になりますね。
滝口〔弁〕 市区町村レベルで弁護士の保護者対応を導入する場合、どのような課題があると思われますか。
石田〔議〕 やはり予算の壁があると思います。弁護士への報酬はどうなるのでしょうか。
磯貝〔弁〕 例えば、年間いくらという定額制もあると思います。とはいっても、その事案にどれくらいの対応時間がかかるのかは分かりませんので、1時間当たりいくらというタイムチャージ制がやりやすいのではないでしょうか。引き受ける弁護士の側から見ても、実働に応じた報酬になるので安心感があるでしょう。
加藤〔議〕 月額いくらという方が予算はつけやすいように思います。予算の組み方は難しいところだと思います。
石田〔議〕 エクストラチャージというのもあり得るのでしょうか。
磯貝〔弁〕 担当弁護士の負担が大きい案件ではお願いすることもあるでしょう。弁護士としても、業務量に見合った適正な報酬が出ないとなると、担い手がいなくなると思います。
渡邉〔弁〕 対応する弁護士にとっても負担がかかる業務内容だと思います。弁護士の負担を軽減する方法はありますか。
磯貝〔弁〕 複数の弁護士が担当する方法が考えられます。弁護士は必ずしもクレーム対応の専門家というわけではありません。複数の弁護士が対応することで、精神的な負担を軽減することはもちろん、切れ目のない対応が可能となるでしょう。
公立学校に特有の問題なのか
本目〔議〕 先ほどの東京都の場合は、都立学校が対象とのことでした。実際には、保育園や幼稚園でも保護者対応は問題になります。学童でもトラブルがあれば、同じことが起きると思います。
渡邉〔弁〕 スポーツ団体でも同じ問題は起こり得るでしょう。例えば、指導者からのハラスメントがあった場合など指導者側に落ち度があって、保護者が過剰に乗り込んでくるようなケースです。
本目〔議〕 義務教育の公立学校と私立学校とで異なるのでしょうか。義務教育の公立学校には退学はありません。私立であれば「よそに行ってください」と突き放すことができるのかもしれませんが。
磯貝〔弁〕 私立学校でも、保護者対応に苦慮しているケースはよく聞きます。私立学校一般で保護者対応が不要ということにはならないでしょう。
石田〔議〕 学校に限らず、社会全体でコミュニケーションをどうとっていくのか、改めてコンセンサスをつくっていくべきではないでしょうか。
おわりに
滝口〔弁〕 今回は、学校現場での課題を解決するためのアプローチとして、弁護士が学校の保護者対応に関わることについてディスカッションしました。子どもの最善の利益を守りつつ教員にとって働きやすい環境をつくっていくための工夫が大切であること、また、社会の様々な場面で学校現場と同様の課題が存在することが分かりました。社会全体でコミュニケーションのあり方を検討するべき時期が来ているように思われます。議員と弁護士との相互理解がさらに深まることを祈念し、今回の勉強会を終わりにしたいと思います。
(1) 公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法等の一部を改正する法律(本稿では原法を「給特法」という)。
