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2022.06.27 議員活動

第1回 剣太からのバトン─時間は当事者の気持ちを軽くしない

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日本大学危機管理学部 鈴木秀洋/協力 工藤奈美

連載のはじめに─議員必修の法的知識とリーガルマインドを習得する連載!

  議員は、日々様々な住民の課題や紛争解決の最前線で働いている。裁判等に至る知識・知見は議員活動の土台として必須のものである。例えば、自治体が裁判の被告になることは稀有(けう)なことではない。議会はどう対応すべきなのか。果たして、国家賠償請求訴訟、住民訴訟等の法的知識はどの程度あるのか。この連載の剣太事件を通して、法的知識とリーガルマインドを身につけ、自治体において命を守るとはどういうことか、修得してほしい。

【目次】(青字が今回掲載分)

 第1回 剣太からのバトン─時間は当事者の気持ちを軽くしない
 第2回 剣太事件概観─剣太誕生・事件当日・部活・被害者として
 第3回 学校・行政対応のまずさ(1)
  ─危機管理学・行政法学・被害者学の視点から
 第4回 学校・行政対応のまずさ(2)
  ─事故調査委員会・教員の処分

 (【緊急特報】裁判記録は魂の記録である)
 第5回 損害賠償請求事件(大分地裁)
  ─最初の闘い・地裁判決の法的位置付け
 第6回 第1回口頭弁論に臨む遺族の気持ち(大分地裁)
 第7回 口頭弁論と立証活動(大分地裁)
 第8回 現地進行協議と証人尋問(大分地裁)
 第9回 損害賠償請求上訴事件
 第10回 刑事告訴・検察審査会
 第11回 裁判を終えて
 第12回 新たなステージ(剣太はみんなの心の中に)

(編集部注:2023年4月25日 目次及び第1~6回タイトルを修正いたしました)

 

第1 剣太からのバトン

 自治体行政は、住民の福祉の増進を究極の価値と定め(地方自治法1条の2)、個々の住民一人ひとりの日常の生活を守るためにある。この連載では、危機管理学の視点、法的視点、教育学の視点、心理学の視点、被害者学の視点など様々な学問的視点をもって、真に住民側の立ち位置から行政法及び地方自治法の再構成を行う。
 本連載では、高校の剣道部(部活)において、顧問教師が、剣道部主将を務めていた工藤剣太さん(当時17歳・高校2年生。当時剣道3段。以下「剣太」と表記する)に対して、指導の名の下に集中的にしごき、暴行を加え、熱中症状態を生じさせ、かつ、その状態においても打ち込みを続けさせて死に追い込んだ事件(以下「剣太事件」という。体罰事件、熱中症事件との表記はいずれも事件の本質を誤らせるように思う)とその後の10年以上にわたる裁判等(①国家賠償請求訴訟、②住民監査請求、③求償権請求住民訴訟、④刑事告訴)をたどることで、子どもの命を守るとはどういうことなのか、学校・行政(議会を含む)はどうあるべきなのか、皆さんと考えていくこととする。
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工藤剣太さん(中学校卒業式)

 
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民事裁判・刑事告訴経緯(工藤英士氏・奈美氏作成)

 この一連の裁判では、国家賠償請求訴訟では自治体行政側が敗訴、住民訴訟では自治体行政職員(顧問教員)の個人責任が認められた。筆者がこの事件の詳細を剣太同様の高校生や大学生らに紹介し、感想を求めると、当然であるとの感想が100%であり、なぜ刑事事件として立件されなかったのか理解できないという人がほとんどである。
 しかし、行政職員・教員等学校関係者に同じく剣太事件の話をすると、「指導が行き過ぎた」との修飾句が付く感想が聞かれ、さらに、行政法学者や教員出身の教育学者等からは、教員の行為と死亡との因果関係を認める(立証する)ことは難しい、教員の個人責任は認め難いとのコメントが寄せられる。この差はどこからくるのであろうか。果たして、皆さんはどう感じるのであろうか。
 指導を受ける側と指導を行う側、また一般人の法感覚と専門家の法解釈との間に大きな溝があることを感じざるを得ない。
 実際に裁判事案を調べてみても、学校での事件等において、国公立の教員個人が賠償責任等を負担し、さらに刑事司法手続過程に乗る事例を知らない(しかし、剣太事件では、2013年7月23日には不起訴不当の判断も出ている)。
 しかし、繰り返しになるが、この一連の裁判、特に公務員の個人責任が認められたことは、事案の性質からすれば、遺族にとっては、当たり前のことが認められたにすぎないとの思いであること、逆になぜ、この当たり前のことが認められるまでに、こんなにも労力と時間をかけなければならないのか、その思いが被害当事者・遺族としては強いことについて、私たちは、肝に銘じておかねばならない。
 こうした、これまでの行政法実務、すなわち公務員の個人責任が認められることが、極めて異例なことであること、この一連の裁判で勝ち取った判決が、被害者側からすれば、歴史的で画期的な価値ある重要判決との評価がなし得るものだとしても、そうした評価がなされ続けることの問題点も含めて、この連載で、しっかりとこの事件に向き合ってみたい。
 なお、文責は筆者にあるが、この連載では、剣太の母・工藤奈美さんに全面的に協力・伴走していただいている。こうした形で連載を行うことは、過去にも例がないことであろう。未来の子どもたちの命を守りたい、その思いで奈美さんが協力してくださる。この場でお礼を申し上げたい。
 その意味でもぜひ連載を読んでほしい。被害者側・遺族側から見た現行法制度・運用の課題を発見し、その課題解決(模索・議論・発信)を目指していきたい(なお、氏名等について、剣太の両親及び弟を除き、プライバシー保護の観点から、基本的には便宜上仮名表記することとする)。

第2 時間は当事者の気持ちを軽くしない

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中学でケーキづくり

 これまで、剣太事件を取り上げた番組は数多くあるが、事件後10年目の両親の姿を追ったものとして、JNNドキュメンタリー『ザ・フォーカス「剣太の命~闘い続けた10年目の夏~」』(2018(平成30)年12月16日放送)がある。
 この番組では、剣太の両親、英士さんと奈美さんが、テレビ局に保管されていた剣太の昔の映像を視聴している姿を映している。
 =小学5年生の剣太=
 小学5年生の剣太が、農業体験をしている場面。画面の剣太に向かって声をかける二人。
[奈美さん]:「あっ剣ちゃん、剣ちゃん!」、「なつかしい、剣太、元気?!」
[奈美さん]:「(剣太は)絶対に敷き詰めるっていったら、(種を)きれいに敷き詰める(子だから)な」
[英士さん]:「おまえ(剣太)らしいな」
[奈美さん]:「久しぶりに剣君に会えたなぁ。なつかしいなぁ。あぁ、なつかしい、うれしいなぁ」
 =場面が変わり、今度は高校生の剣太=
 2008(平成20)年、高校生になった剣太がカメラの前に立つ。剣太は、10年後の夢(将来のひととき)を語る。
[剣太]:(泳ぐ姿と日差しを浴びている姿を表現する短髪の剣太)「竹田高校1年剣道部、工藤剣太です。10年後の私は、髪を伸ばしていて、好きになった子と一緒に海外旅行をして楽しんでいます」
 再び、剣太に声をかける奈美さん。
[奈美さん]:「剣くーん!」
 剣太をじっと見つめながら、涙を拭う二人。
 そして、自分を必死に奮い立たせようとして、剣太の母になれたことの幸せを語る奈美さんの姿が映される。
 この報道番組のひとこまは、剣太が亡くなってから(この事件では剣太は殺されたとの表現以外どのような表現を用いても不適切に思える)、ご両親が提起してきた国家賠償訴訟(地裁、高裁、最高裁)と求償権訴訟(地裁、高裁、高裁確定)の闘いが小休止した10年目の瞬間をとらえたものである。
 この番組で気丈に振る舞う両親の姿は、かえって、喪失感が一分たりとも埋められていないことを感じさせるものであった。
 筆者は、これまで虐待・DV事案、学校事故・いじめ事件等の事案に関して、紛争ケースを職務上数多く経験してきた。また、個人的にも多くの事件等に直面し、相談を数多く受けてきた体験を持つ。こうしたつらく苦しい事件と重ね合わせ、何とか剣太事件を理解しようとしている。
 しかし、本当の意味で筆者は、英士さんと奈美さんの心情を理解できていないのであろうといつも胸に手を当てる。同じ思いを追体験しようという努力は必要なことであろうと繰り返す。しかし、話を聞けば聞くほど、想像を絶する苦しみと悲しみ、怒り、自責の念など様々な思いがあふれ出続け、一瞬たりとも安らかな時間が存在しなかった十数年であったことがひしひしと伝わってくる。
 英士さんからは、「先生、先生は本当に人を殺したいって思ったことありますか?!」と問われたことがある。
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父との写真

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母との写真

 そして、奈美さんからは、「先生、私何度も自殺しようと思ったんです。早く剣太のところ行こうと思って。剣太のほかにも大事な子どもたちを育てていかなくてはならなかったのにね……」、「健康診断なんて受けないよ。だって明日死んでもいい。今日でもいいって思って生きてきたから。健康診断受けずに余命宣告されれば、そんなうれしいことはない……」と聞かされた。
 どんな気持ちでこれまでかろうじて生きてきたかの一端を、日々教えてもらっている。
 筆者の想像を絶する思いの中で、今でも何とか気持ちを封じ込めながら一日一日を生きているのであろう二人の言葉、そうした二人の紡ぎ出す言葉を、少しでも残し、伝えていくことは、学校事故や行政事件を多く担当してきた立ち位置にいる筆者の使命であろうと考える。その思いも、この連載で皆さんに伝えたいと思う。
 剣太のために闘い続けてきた二人は、今では、全国の類似事件、多くの遺族の思いを背負い、背負わされながら、剣太のための闘いを、未来の子どもの命を守るための闘いにつなげている。多くの支援を受けつつ、多くの人を巻き込みながら、満身創痍(そうい)になりながらも、剣太の遺(のこ)したメッセージを後世に伝えるために、子どもの命を守るために、未来の扉を開き続けている。その闘いをたどってみる。
 

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部教授)

この記事の著者

鈴木秀洋(日本大学危機管理学部教授)

日本大学大学院危機管理学研究科教授兼日本大学危機管理学部教授。元文京区子ども家庭支援センター所長、男女協働課長、危機管理課長、総務課課長補佐、特別区法務部等歴任。都道府県、市区町村での審議会委員多数。法務博士(専門職)。保育士。著書に『自治体職員のための行政救済実務ハンドブック 改訂版』(第一法規、2021年)、『行政法の羅針盤』(成文堂、2020年)、『子を、親を、児童虐待から救う』(公職研、2019年)、『虐待・ⅮⅤ・性差別・災害等から市民を守る社会的弱者にしない自治体法務』(第一法規、2021年)等。

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