東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授 金井利之
序
このたび、「議員のための自治体行政学」と銘打って、連載を開始することにした。主な読者は、自治体議員を想定している。これまで、本ウェブマガジンにおいて自治体議会・議員に関する連載「新・ギカイ解体新書」を連載してきた。自治体議会とはいかなる存在なのかを検討するものであった。しかし、自治体議員は、自治体行政を民主的に統制するための代表である。それゆえ、議会・議員のこと(=自分のこと)だけでなく、行政のこと(=相手のこと)も知るべきである。このような観点から、「議員のための自治体行政学」を始めようと思う。
もっとも、自治体行政を知るべきは、自治体議員だけではない。まずもって、自治体の主人公である住民・民衆こそが知るべきであろう。また、自治体行政を担う首長も、行政職員も、自分のこととして知っておくべきであろう。その意味で、本連載は、必ずしも自治体議員だけを読者とするものではない。広く自治体行政に関心のある関係者に、読んでいただければと思う。
自治体行政へのアプローチ方法
地方自治に接近するには、主に、法律学、経済学、政治学からのアプローチがある。
法律学からのアプローチは、地方自治法学又は自治体法学ということになるが、主として行政法(公法)からのアプローチが普通である。自治体職員が法律を学ぶというときは、通常、行政法的な意味での地方自治法や関連法(憲法、地方公務員法、国家賠償法、行政不服審査法、行政事件訴訟法、公職選挙法、地方税法、地方財政法、公営企業法、地方公共団体の財政の健全化に関する法律など)である。しかし、法律学には民事法・刑事法からのアプローチも重要である。自治体も法人として、様々な経済取引や債権債務関係に入るので、民事法的な知識も実は重要である。自治体職員は、民事法的なアプローチが弱いとしばしばいわれている。逆に、弁護士は行政法的なアプローチが弱いといわれている。
経済学からのアプローチは、財政学(地方財政学・公共経済学)が基本となる。自治体は、企業のように市場セクター・営利セクターの存在ではなく、非営利・公益的に公権力を行使する政府セクターの存在である。自治体は経済活動をするとしても、その行動原理は営利企業と異なっているからである。しかし、同時に、自治体は企業のように経営体的な側面を持つ。効率的に組織を経営管理(マネジメント)しなければならない。さらに、自治体という法人の経営だけではなく、地域社会全体を視野に入れて、地域振興や地域経済活性化や地域持続性を目指す地域経営の側面を持つのである。
政治学からのアプローチは、地方政治学・自治体政治学であり、古くは市政学と呼ばれていた。もっとも、日本の学界の伝統では、政治学は「天下国家」や世界・国際関係を論じるという気宇壮大な「大志」、「大望」を持つことが多かったので、地方自治や自治体を政治学の主流派が対象とすることは少なかった。そのため、結果的には、政治学の一分野である行政学が、地方自治論を同時に兼担してきたのである。行政学者である筆者が、行政というよりも、政治そのものである自治体議会を論じることも多いのは、こうした分業の伝統に従ったものである。つまり、地方自治論の枠内で、政治学と行政学の双方を含んでいることが普通である。
しかし、国政では政治学と行政学は相対的に分離している。政治学は、首相・内閣・政権、国会、政党、選挙、世論、利益集団、マスメディアなどに主たる関心を集める。これに対して、行政学は、行政組織、官僚制・公務員制、行政職員、組織管理などに関心を集める。地方自治に対して行政学からアプローチするのが、自治体行政学である。本連載は、自治体に対して、広い意味では政治学から、狭い意味では行政学から、アプローチするものである。
自治体行政学の体系
自治体行政学あるいは地方自治についての教科書・解説書・体系書は、決して少なくない。そこで明確に確立した体系(目次・項目)があるわけではないが、ある程度は触れるべき標準的な項目はある。
例えば、筆者も共著者として加わっている『ホーンブック地方自治〈新版〉』(礒崎初仁=金井利之=伊藤正次著、北樹出版、2020年)は、①制度論、②機構論、③政策論、④管理論、⑤住民論の5部構成である。特に、自治体行政学は管理論で強いが、制度論・機構論・政策論・住民論は自治体政治学と自治体行政学の混合である。
5部構成という組立ては、『岩波講座 自治体の構想』(松下圭一=西尾勝=新藤宗幸編、岩波書店、2002年)という5巻本にも見られる。この岩波講座は、各巻の題名が、①課題、②制度、③政策、④機構、⑤自治、となっている。上記ホーンブックとは、制度・機構・政策という3項目で共通している。内実を述べれば、ホーンブックの目次構成を考えるときに、この岩波講座を参考にしたのである。
今井照『地方自治講義』(筑摩書房、2017年)は、6講からなる。①自治体の三つの顔、②原理と歴史、③公共政策と行政改革、④地域社会と市民参加、⑤憲法と地方自治、⑥縮小社会、という六つのテーマに即して講義がなされている。
北村亘=青木栄一=平野淳一『地方自治論』(有斐閣、2017年)は、「地方政府の主人公」を住民以外の為政者に設定した上で、為政者目線から「2つの自律性」という切り口で体系をまとめた教科書である。4部構成であり、①地方政府の主人公(首長・議会・地方公務員)、②自律性Ⅰ(地域社会に対する地方政府の自律性)、③自律性Ⅱ(中央政府に対する地方政府の自律性)、④二つの自律性の中での地方自治の展開(個別政策)を論じている。
これに対して、住民起点で体系化したのが、柴田直子=松井望編著『地方自治論入門』(ミネルヴァ書房、2012年)である。序章・終章と、①住民、②制度、③経営、④政策の4部構成である。構成は筆者たちのホーンブックにも似るが、順番が異なる。住民・住民組織から始めて、選挙・代表と参加・統制を経て、議会・執行機関、市区町村・都道府県、自治体・国という制度を介して、財政・予算、公務員制度・人事、組織・権限・機構という自治体の経営に至り、政策となって住民に回帰する体系である。
大森彌=大杉覚『これからの地方自治の教科書』(第一法規、2019年)も5章構成である。その内容は豊富で包括的である。①暮らしに身近な自治体の活動、②憲法が保障する地方自治、③自治体の仕組み、④変化に対応する自治体行政、⑤行政運営の根拠と職員行動への理解、⑥共生社会に向けた住民自治の可能性、という構成であり、極めて野心的である。
このほかにも様々な体系書・教科書はたくさんある。このように目次構成は多様なのであるが、それは自治体行政や地方自治という山頂に向かうための著者・編者のそれぞれの登攀(とうはん)ルートの違いである。
本連載の体系
本連載でも、筆者は独自の登攀ルートを開拓するのが重要であろう。他の人と同じ目次構成であるならば、登攀ルートの新規性はないから、あえて新しい連載を始めるのは無駄であって、既存の体系書・教科書をコピー&ペーストすればよいかもしれない。もっとも、新規ルートではなくとも、大衆化・レジャー化されたルートを、多くの人々にとって登りやすいように整備し、ガイドすることも、重要な仕事かもしれない。「分かりやすい」教科書も重要である。中学生向けに書かれた、村林守『地方自治のしくみがわかる本』(岩波書店、岩波ジュニア新書、2016年)などが代表的である。しかし、本連載は、「分かりやすさ」ではなく、独自のルートで編成をしていきたい。
とはいえ、どのように体系を構築するかは、なかなか難しいものである。むしろ、初回においては特段の展望を持つことはやめた。これから、気の向くまま、自治の現場で関心を集めるトピックスを取り上げて進めていきたい。その結果、一つの体系が立ち上がるならば、積み上げ式の自治体行政学の体系となろう。どうなるか、筆者も楽しみである。しかし、結果として、乱雑なトピックスの脈絡のない羅列になるかもしれない。それはそれで自治の実態なのであろう。それでは、特段の地図も展望も空撮図・衛星写真もGPSもなく、場当たり的に自治体行政に向かっていくことにしよう。
