4 マイナンバー法における「目的変更トリック」正しい手段
マイナンバー法9条2項では、所得情報を福祉関係の給付金支給の事務に利用する場合のように、同一の執行機関内での異なる事務の間で特定個人情報を利用することができるとされている(以下「庁内連携」という)。この庁内連携は、個人情報保護条例における「目的外利用」に当たる(表の②に当てはまる)。マイナンバー法の庁内連携の条文を示す。
(利用範囲)
第9条2項 地方公共団体の長その他の執行機関は、福祉、保健若しくは医療その他の社会保障、地方税……又は防災に関する事務その他これらに類する事務であって条例で定めるものの処理に関して保有する特定個人情報ファイルにおいて個人情報を効率的に検索し、及び管理するために必要な限度で個人番号を利用することができる。(下線筆者)
庁内連携の根拠条文には、庁内連携が「目的外利用」である旨の規定は見当たらない(個人情報保護・利用の原則③に違反している。上記3)。庁内連携は、「個人番号の利用」と表現され(下線部)、マイナンバー法関係の資料においても、庁内連携は、目的外利用ではないとされている。その理由は、「目的外利用かどうか」の判断における「目的」の意味を個人情報保護条例における目的、つまり、個人情報の取得時に本人に示した目的に限定する必要はなく、利用するとき(所得情報を福祉関係の給付金支給事務に利用する場合でいえば、「給付金事務に利用する」必要が生じたとき)に決めた目的の中で判断すれば目的内になる、というおよそ理解し難いものだ。規制の対象に合わせて規制の内容を変えることができるのなら(例:申請者の所得を見てから給付金の支給の所得制限額を決定する)どんなものでも規制をパスしてしまう(例:全員支給される。所得制限の意味がない)ではないか。言葉の遊びにすぎない。マイナンバー法においては、保護条例における「目的外利用」ないしは「目的」の意味を変更して、目的外利用である庁内連携を目的内利用に変えてしまったのである(「目的変更トリック」。表の「左例のマイナンバー法における位置付け」の欄及び図1)。
国の自治体向けのマイナンバー法のガイドラインである「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(行政機関等・地方公共団体等編)」においては、「本来の利用目的(注:この利用目的とは、個人情報保護・利用の原則における取得時に示した目的ではない)以外の目的で例外的に特定個人情報を利用することができる範囲について、行政機関個人情報保護法における個人情報の利用の場合よりも限定的に定めている」(第3-4(1)ア)、行政機関個人情報保護法は、本人の同意があった場合等に個人情報を利用目的以外の目的のために利用することができることとしているが、番号法は、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合等を除き、特定個人情報を利用目的(上記注)以外の目的のために利用してはならないと定めている」(第4-1-(1)1B)との記述(それぞれ、一部省略・要約)があり、行政機関個人情報保護法や個人情報保護条例における個人情報の取扱いよりもマイナンバー法における特定個人情報の取扱いの方がより目的外利用の範囲を制限しており、マイナンバー法が特定個人情報の保護により多くの配慮をしているかのような印象を与えている。しかし、その前提に「目的変更トリック」による「目的外利用(庁内連携)の目的内利用化」が存在することを看破できる者にとっては、これらのガイドラインの記述が虚構(社会においては、「ごまかし」や「うそ」と呼ばれるもの)であることは明白である。
目的外利用である庁内連携を個人番号の利用であると言いくるめることは、マイナンバー制度の導入後においては、制度の対象となる個人情報(特定個人情報)はもはや個人情報の保護・利用の原則の対象とならない、保護に値しない個人情報だとみなしていることになる。マイナンバー法における庁内連携の仕組みと、それについての現在における説明は、国と自治体が積み上げてきた個人情報の保護・利用の原則をなし崩しにしようとしている。個人情報の有効活用は推進されるべきではあるが、「取得した際の利用目的に従って保護・利用する」という原則は特定個人情報の利用についても維持されなければならない。立法技術的にも「目的変更トリック」によって、個人情報保護法制において「目的外利用」あるいは「目的」に2つの意味ができてしまい、行政機関個人情報保護法及び個人情報保護条例とマイナンバー法との間には、一般法・特別法あるいは上位法・下位法という法体系上の関係では説明できない根本的な矛盾が生じてしまっている。
「庁内連携は目的外利用ではなく番号利用である」などという詭弁(きべん)を弄(ろう)さずに、「庁内連携は、目的外利用である。しかし、行政手続の効率化等のために、原則の例外として許容する」と正々堂々と規定を設けることが、マイナンバー法施行における正しい手段である。国のマイナンバー法の庁内連携についての説明方法である「目的変更トリック」は、個人情報の保護についての国の見識のレベルを、そして、自治体行政に対しての国の理解の浅さを示している。「目的変更トリック」を使用することによって自治体に生じた混乱や国の見識への疑念・困惑は決して小さくはない。
マイナンバー制度が個人情報保護法制における例外的なものであると位置付けることに何の障害があるのだろうか。社会保障、税、災害対策の分野に限られている庁内連携の対象となる個人情報(特定個人情報)は、今後、他の分野に広がることが予想される。そうなった場合に、庁内連携を「目的外利用である」と個人情報保護・利用の原則どおりに素直に位置付けておくと、目的外の利用の方が目的内より相対的に多くなり、個人情報の保護が図られていないように見えることを防止するためのトリックなのだろうか。しかし、むしろ原則(取得目的に従った利用)と例外(マイナンバーの利用による庁内連携)を明確にすることによって、マイナンバー制度に対する信頼と個人情報保護法制の維持が図られることが理解されなければならない。
マイナンバー法の施行においては、庁内連携についての正しい手段は確保されていない。
マイナンバー法の「目的変更トリック」(正しい手段の欠如)
マイナンバー法は、目的外利用である庁内連携を目的内利用に変え、個人情報保護・利用の原則を変更している。
マイナンバー法の施行においては、庁内連携制度を導入する際の正しい手段は確保されていない。
つづきは、ログイン後に
『議員NAVI』は会員制サービスです。おためし記事の続きはログインしてご覧ください。記事やサイト内のすべてのサービスを利用するためには、会員登録(有料)が必要となります。くわしいご案内は、下記の"『議員NAVI』サービスの詳細を見る"をご覧ください。