2015年4月から、教育委員会制度が約60年ぶりに大きく変更されることになった。一時は行政委員会としての教育委員会を廃止し、教育行政の最終的な決定権限を首長に一元化する改革も有力視されたが、公明党、また自民党の一部に反対論もあり、最終的には教育委員会制度を存続する一方、首長の権限を現在よりも強化する方向での改革が行われることになった。本論では、今回の制度改革の経緯と概要を簡単にまとめるとともに、今後の地方教育行政において議会に期待される役割について述べたい。
制度改革の経緯
教育委員会制度は、以前からその形骸化や機能不全が指摘されており、2000年代に入ってからは、その存廃や選択制(任意設置)の是非を含めて潜在的な課題となっていた。しかし、特に福田内閣以降は政権基盤が不安定だったことから、具体的な改革には至っていなかった。2011年に起きた大津市のいじめ自殺事件で教育委員会の対応が批判の的になると、教育行政の責任の明確化が政治課題として浮上した。
2012年末に発足した第2次安倍政権では教育委員会制度の見直しに着手し、2013年4月に内閣直属の教育再生実行会議で教育長を教育行政の責任者とするべきとの提言が行われた。これを受けて、翌5月から文科大臣の諮問機関である中央教育審議会(以下「中教審」という)の教育制度分科会で具体的な制度設計に関する審議が行われた。中教審では首長に教育行政の最終的な決定権を一元化する案(A案)と、従来どおり教育委員会を地方自治法上の執行機関として維持した上で必要な制度的改善を行う案(B案)の2案について検討が行われた。官邸や大臣がA案を推しているとみられたこともあり、審議は徐々にA案優位に傾いたが、一部の委員からは強い反対があり、また、公明党や自民党の一部からはA案では政治的中立性が保てないとの懸念も表明された。その結果、12月に出された中教審答申ではA案に近い「改革案」とB案に近い「別案」が事実上両論併記されるという異例の答申となり、2014年の年明けから行われた与党協議に改革の帰趨が委ねられた。
与党はワーキンググループを組織して議論を行ったが、与党内でも意見の相違があった。そこで浮上したのが両者の折衷的な案であった。これは、教育委員会制度を維持しつつ、教育委員長と教育長を一体化することで教育行政の責任を明確化し、さらに首長の権限を強化することで選挙を通じた民意の反映を図るという案であった。この方向性で3月に与党合意が成立し、それを基にした地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という)の改正案が翌4月に国会に提出された。民主党・日本維新の会(当時)は、教育委員会制度を廃止し、首長に教育行政権限を一元化する対案を衆議院に提出したが否決され、6月に内閣提出の改正案が原案どおり可決・成立した。2015年度より改正案が施行される予定である。
制度改革の概要
今回の改革では、教育の政治的中立性・安定性・継続性を確保するため、教育委員会制度は従来どおり維持することとなった。他方で、教育行政における責任の明確化を図るため、次の3点について変更が行われることとなった。
① 従来の教育委員長と教育長を一本化し、新「教育長」が教育委員会を代表する。新「教育長」は首長が議会の同意を得て直接任命すると同時に、首長が在任中に一度は教育長を選任できるようにするため、教育長の任期を3年に短縮する(教育委員は従来どおり4年)。なお、現在の教育長が在任中は従来どおりの制度を維持する。
② 首長は総合教育会議(後述)での協議・調整を経て、教育行政の目標や施策の根本となる「大綱」を策定する。
③ 総合教育会議は、首長が招集し、首長と教育委員会で構成される。総合教育会議では大綱の策定のほか、重点施策や緊急時の対応に関する協議・調整を行うこととする。
これに伴い、現在の教育長が交代又は任期満了すると教育委員長のポストはなくなり、教育長は教育委員会の代表者として、教育行政の第一義的な責任者としての役割を負うことになる。ただし、従来の教育委員会は維持されるので、決定はあくまで合議体の教育委員会が行うものであり、教育長はその決定に反する職務執行を行うことはできないとされている。
新しい制度では、「大綱」の策定は首長の権限であることが明記されている。文科省が2014年7月に出した通知によれば、大綱とは「地方公共団体の教育、学術及び文化の振興に関する総合的な施策について、その目標や施策の根本となる方針を定めるもの」とされているが、法律には規定がないため、大綱に何を記載するかは首長に委ねられている。また、総合教育会議で「大綱」を決定するとの報道が一部にあるが、これは誤りである。「大綱」は総合教育会議で教育委員会と協議・調整は行うが、その決定は首長の専権事項である。
総合教育会議は、大綱の策定、重点施策、緊急時の対応、の3点について首長と教育委員会が協議・調整を行う。首長と教育委員会で調整がついた事項に関しては、両者はその結果を尊重しなければならないとされている。また、必要があると認めるときは、関係者又は学識経験を有する者から、協議すべき事項に関して意見を聴くことができる。
なお上記のほかに、国の地方への関与も改められる。具体的には地教行法50条を改正し、いじめによる自殺の防止等、児童生徒等の生命又は身体への被害の拡大又は発生を防止する緊急の必要がある場合に、文部科学大臣が教育委員会に対して指示ができることとした。端的には、事後的な対応だけでなく、予防的な措置についても国が地方に是正指示を行うことが可能になった。
議会に期待されること
以上に述べたように教育委員長と教育長の一本化、首長による大綱の策定、総合教育会議の設置が今回の改革の主な変更点であるが、これを踏まえて議会は今後どのような役割を果たすべきと考えられるであろうか。
昨年の中教審には筆者も委員として審議に参加したが、そこでは地方議会の重要性はたびたび指摘されていた。審議では教育委員会制度の存廃が大きな争点となったが、いずれにしても首長・教育長の権限がこれまでより強まることは確実視されていた。そのため、首長・教育長の職務執行に対する議会のチェック機能が従来に増して重要になることは、中教審委員の間でも広く合意があったように思う。
筆者自身は、以下の3点が今後の地方教育行政における議会の役割としてとりわけ期待されると考えている。
① 首長が策定する教育行政の「大綱」をベンチマーク(基準)として、大綱のねらいや可能性、課題などを首長に問う役割が議会に求められる。
② 教育長・教育委員の同意に対する責任を果たすことは極めて重要である。議会は教育長・教育委員の任命に対する同意権を有しており、候補者の資質能力や適格性をチェックすることは議会の責任である。また、教育長の職務執行に対するチェックも期待されている。
③ 総合教育会議に関しては、その運営や議事内容に関して必要があれば議会で質問、確認するとともに、場合によっては議会関係者の総合教育会議への参加や、意見聴取を行う機会があってよい。
以下、順番に詳しく述べていきたい。まず①については、新しい制度では首長が「大綱」を専権で策定するため、議会にとっては教育行政の基本的方針が従来よりも見えやすくなると思われる。従来でも施政方針や予算に関しては首長への質問が多く行われているが、「大綱」は首長の教育行政・政策のベンチマーク(基準)として、議会や市民から見えやすくなる。したがって、大綱のねらいを問うとともに、その妥当性・適切性をチェックし、課題を明らかにすることは議会の重要な役割となる。例えば、総合教育会議での協議における首長と教育委員会との見解の異同を明らかにした上で、両者の見解について議会で検討するなど、大綱の内容やその策定過程を首長に問いただすことは当然あってよい。また、よりきめ細かい住民ニーズを把握する立場として、「大綱」に関して、地域の実情を踏まえた議論を議会で展開することも肝要であろう。
②に関しては、中教審答申(2013年12月)では、「教育委員の選考の過程を地域住民に公開することや、議会同意の過程で教育委員の所信表明の機会を設けるなど、選任方法を工夫することが考えられる」と述べられており、教育委員の選任に際して、議会の役割が期待されている。教育委員の同意人事の際の手続は議会によって様々であろうが、経歴が事前に提示されるのみで、教育委員としての資質能力や適格性を確認するに足る情報が十分に提供されていない場合もあると聞く。こうした点に関して今回の改革では制度的な変更はないが、議会自身で運用を工夫・改善することが求められる。
また、教育長の同意人事は実質的にはより重要な意味を持つことになる。教育長は新しい制度では地方教育行政の第一義的な責任者とされており、その資質能力や適格性を確認することは議会の極めて重要な任務である。少なくとも教育長に関しては、事前の所信表明を議会で求めるなど、これまでよりも慎重な手続を経て同意を行うことが必要と思われる。
さらに、任命の際の同意だけでなく、その後の職務執行のチェックも議会には期待されている。特に教育長に関しては、従来は教育委員会が指揮監督権を有しており、教育委員会の補助機関という位置付けであったが、新しい制度では教育委員会の代表者としての役割も兼ねるため、教育委員会の教育長に対する指揮監督権は削除された。つまりこれまでと異なり、教育長はいったん任命されると法的には誰からも指揮監督されないポストとなる(ただし、教育委員会の決定に反する執行はできない)。教育長は常勤であり教育行政を取り仕切る役割を果たすため、その職務執行を議会が適切にチェックすることが求められる。もちろん、首長に対するチェック機能もこれまでどおり重要である。
③については、新設される総合教育会議は首長と教育委員会がその構成員であり、会議は原則公開であるが、その運営や議事内容に関して必要があれば議会で質問、確認することは当然あってよい。また、前述したとおり、総合教育会議は首長と教育委員会による協議・調整の場であるが、必要があると認めるときには関係者又は学識経験を有する者から意見を聴くことができるという規定がある。この規定から、総合教育会議を主宰する首長が認めれば、議員も関係者として総合教育会議に参加することが可能である。
この総合教育会議は中教審答申では触れられておらず、与党協議の過程で浮上したアイデアであった。実は当初段階では、議会から選出された議員も総合教育会議の構成員として加わる案が報道されていたが、法案化の段階では結局、首長と教育委員会を構成員とすることになった。
議会には、総合教育会議の運営・内容に関してチェック機能を果たすことが求められる。また、首長の裁量や会議の運営次第ではあるが、必要に応じて議会から総合教育会議への関わり(意見聴取への参加など)を求めることもあってよい。
上記の3点のほかに近年議会の関心が高い話題として、教育委員会を含めた行政委員会委員の報酬をどうするかということがある。行政委員会委員の報酬については滋賀県で月額制の是非が争われた訴訟をきっかけに、月額制から日額制、あるいは月額制と日額制の併用に移行する自治体が近年出てきている。なお、上記の訴訟では、1・2審では月額制は妥当性を欠くとされたが、2011年12月の最高裁判決では議会の裁量に委ねられているとされ、月額制も合法とされている。
周知のとおり、教育委員会の会議は定例会と臨時会を合わせても月1~2回程度であり、会議への出席だけであれば月額制よりも日額制がふさわしいように思われる。ただ、行政委員会の中でも教育委員会は地域の教育行政を決定・執行する立場であり、行政委員会としては規模も突出して大きい。また、委員は就任すると非常勤であっても緊急事態などの際には事務局からそのつど報告を受け、対応しなければならない。いわば24時間教育委員を務めているともいえる。平時でも、会議の資料に事前に目を通したり、説明を受けたりすることも少なくなく、教育委員会議以外でも教育委員の懇談会や協議会への出席など、非常勤とはいえどもその職務・責任は決して小さくない。筆者自身は、教育委員会制度が存続した趣旨から見ても、教育委員の報酬を全面的に日額制に移行することには慎重であるべきと考えている。
おわりに
本論では、教育委員会制度改革の経緯と概要、そして今後議会に期待される役割について述べた。簡単にまとめると、①首長が策定する大綱、②新設される総合教育会議の運営・内容、③教育長・教育委員の選任、及び首長・教育長の職務執行、といった点について、議会がチェック機能を含めてその役割をしっかりと果たすことが新制度では期待されている。もちろん監視・評価だけでなく、政策立案も議会の役割としてまた重要であることはいうまでもない。今回の改革では首長・教育長の権限がこれまでよりも強化されることもあり、地方議会が自らの役割を果たすか否かが、新しい教育委員会制度の成否を握るひとつの鍵であるといっても過言ではない。
明日の論点をチェック
新しい教育委員会制度では、議会が以下のような役割を果たすことが期待されています。
□ 「大網」を基準に、教育行政の課題を明らかに
□ 教育長の適格性を議会の同意権でチェック
□ 首長・教育長の職務執行をチェック