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2020.11.10 議員活動

第3回 中央防波堤埋立地の帰属を巡る江東区・大田区の紛争を考える

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地方自治体内部における手続

渡邉健太郎〔弁〕 私から質問があります。弁護士としては、やはり手続的な部分が気になってしまいます。区の代理人弁護士が作成した、裁判所等に提出する書面は議会でもチェックしていたのでしょうか。
重松佳幸〔議〕 私は江東区の区議ですので、私から述べさせていただきます。江東区議会では党派を超えて一致団結した勉強会を開催するなど、江東区・大田区との境界問題に積極的に取り組んできたところです。ただ、理解が難しい案件なので埋立地に関してある程度のバックグラウンドがある議員のリーダーシップで進めていたというところかと思います。
渡邉〔弁〕 判決が出た場合、控訴等するのは14日以内というタイトなスケジュールになります。議会を開いて控訴の要否を判断するというのはなかなか難しいと思いますが、どのように対応していたのでしょうか。
重松〔議〕 判決を受け入れるかどうかは議会マターですので、議会としての判断をしています。ちょうど議会開会中に判決言渡しがあったため、判決内容を聞いた議長が、議会で意見を述べたということもありました。
鈴木克哉〔弁〕 土地の帰属争いというのは私人間ではたびたびありますが、区同士でもそのような争いがあるというのは興味深いですね。やはり、私も手続面が気になります。どれくらいの頻度で議会に報告があったのでしょうか。
重松〔議〕 江東区には、政策経営部に港湾臨海部対策担当が置かれています。同担当と議員サイドとでは、2~3日に1回は埋立地の訴訟の件で打ち合わせをしていたように思います。訴訟記録に関しても、とんでもない厚さの資料があったと記憶しています。

訴訟という選択肢の是非

石田慎吾〔議〕 調停案では「江東区86.2%対大田区13.8%」の面積比だったのが、判決では「江東区79.3%対大田区20.7%」になっています。今回の訴訟は結局、大田区にとって利益があったのかなと感じましたが、弁護士目線ではどうでしょうか。
滝口〔弁〕 あえて訴訟に持ち込むことは戦略の一つというか、それによって交渉が有利に進むということも実際にはあるように思います。千葉先生、この点についてはいかがですか。
千葉〔弁〕 一般論ですが、弁護士はいわゆる「負け筋」といわれる事案を受任せざるを得ないこともあります。そういったケースは話し合いでの解決が難しいですが、訴訟提起すれば、裁判所がバランスをとって、多少こちらに有利な事情を拾ってくれるということもあると思います。裁判官も人間ですので、同じ事件、同じ訴訟記録を見ても、担当裁判官が異なれば、判断が異なることも当然あり得ます。自身に有利な判断をしてくれる裁判官に当たることを期待することも、弁護士としてはあるでしょう。
滝口〔弁〕 今回の裁判例では、大田区が必ずしも明確に主張しているとはいえない部分について、裁判所が大田区への帰属を認める根拠として認定している部分が見受けられます。
松尾浩順〔弁〕 通常の訴訟では、裁判所は「弁論主義」(裁判所は当事者から主張された内容を前提に判断しなければならない)というルールに拘束されます。しかし、今回は境界確定訴訟という特殊な訴訟であり、裁判所がその裁量で地図上に境界を確定できたので、そういった認定が可能だったようにも思われます。
滝口〔弁〕 江戸時代の事情についていえば、海苔漁以外にも何か立証方法があれば、もっと結論は変わったのではないかと思います。
中川〔弁〕 本件は、海上の埋立地という特殊性が影響していると思います。大田区も結局「漁をしていました」ぐらいしかいえない。そのため、大田区の主張は苦しいものになったのではないかと思いますが、裁判所も、そんな大田区の主張を最大限に酌んであげているという印象を持ちました。
滝口〔弁〕 大田区は羽田空港や東京港を抱えていて大変だ、ということも裁判所は考慮したのかもしれません。

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【中央防波堤埋立地と羽田空港との位置関係】
出典: 大田区ホームページ「中央防波堤埋立地の帰属問題 大田区と江東区の境界が確定します」(http://www.city.ota.tokyo.jp/kuho/kuho_web/20191101/johobox.html#03-10)

加藤拓磨〔議〕 確かに裁判所が両区のバランスを考慮して、今回の判断をしたのではないかと思えるような判決です。
中川〔弁〕 両区ともに、オリンピックまでには解決したい、という思いが強くあったようです。このような姿勢も影響したのかもしれませんね。
重松〔議〕 今回の埋立地の問題は、江東区議の先輩方が30年近くかけて取り組んできたことです。昨年ようやく決着しました。江東区としては、ホームページ上で「遺憾である」と記載しているとおり、この判決は理屈上受け入れられないという気持ちは強く持っていますが、オリンピックを前にして解決したというのは、一定の評価があってもよいだろうと考えます。オリンピック会場に江東区の住所がないというのは避けたいという思いもありました。

住居表示が及ぼす影響

滝口〔弁〕 判決が確定しました。現在、中央防波堤埋立地はどのような状況なのでしょうか。
重松〔議〕 行政上の手続では「海の森何丁目」という住居表示が始まっています。
滝口〔弁〕 住居表示によってどのような影響があるのでしょうか。
重松〔議〕 これまでにも江東区は埋立地の境界確定を巡る対立を経験したことがありました。それは13号地いわゆる「お台場」です。広範な埋立地についてどの区の帰属なのか問題になり、調停の結果、「港区台場」、「江東区青海」、「品川区東八潮」という形で、複数の区が持ち合うことになりました。このようなケースでは、地域の呼称も重要な問題になります。先ほどのお台場も、「台場」という住所は埋立地の一部であるにもかかわらず、今では埋立地全体を指して「お台場」という表現が使われることがあります。その点では、江東区の「海の森」と大田区の「令和島」という住居表示のうちどちらが一般的に浸透するのかは我々にとって大きな関心事です。

地域の歴史の重要性

滝口〔弁〕 本件から少し離れますが、先ほどの住居表示に関してですが、他の区でも、意識的に地域の呼称を残そうとすることはあるのでしょうか。中野区議の加藤先生、いかがでしょうか。
加藤〔議〕 中野区でいえば、例えば、桃園(ももぞの)小学校と向台小学校の統合新校が思い当たります。桃園は昔、中野内に暴れん坊将軍(8代目将軍徳川吉宗)が名づけたもので、花見文化発祥の地ともいわれています。学校の統合はいじめに発展しないように、基本的には吸収合併とせず、どちらでもない新たな名前としますが、地域の歴史を冠した小学校名がなくなることは議論を巻き起こしました。
滝口〔弁〕 なるほど。土地などの名称はその土地に対する愛着に関わってくるということなのかと思います。その点では、郷土教育というものが重要になってくるでしょう。具体的には、郷土資料館をつくったりして、次の世代に愛着を伝承していくことが必要ではないでしょうか。
石田〔議〕 採算だけを重視すると、例えば、郷土資料館は成り立たない可能性があります。そういったことに行政こそが取り組んできちんと整備をしていかなければなりません。
滝口〔弁〕 先ほど中川先生が取り上げた昭和61年最高裁判決では、まずは江戸時代における支配・管理・利用等を基準に土地の帰属を判断するとしています。郷土の歴史をきちんと残していくことがどこでどのように役に立つのかは分かりません。
石田〔議〕 歴史上の事実を形として残しておくというのは重要なことでしょうね。
中川〔弁〕 埋立て中の新海面処分場については、今回の裁判例では帰属が決まっていません。今後も紛争化する余地は残されているように思われます。

おわりに

 今回の題材では、紛争解決の場面で司法と行政とが深く結びついていることがとても印象深く、議員と弁護士のそれぞれの異なる視点も浮かび上がり、議論が盛り上がりました。議員と弁護士の交流と相互理解が一層進むよう祈念して本稿を終わりとさせていただきます。

中川洋子(弁護士)

この記事の著者

中川洋子(弁護士)

東京大学法科大学院修了、2015年弁護士登録(第一東京弁護士会)。経営法曹会議会員。第一東京弁護士会労働法制委員会委員。著書・論文として「多様化する労働契約における人事評価の法律実務」(労働開発研究会・共著)、「現在の制度検証から労働組合との交渉まで 制度変更時のプロセスに即した実務課題と紛争予防の視点」(中央経済社「ビジネス法務」2020.12)。

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