衆議院法制局法制企画調整部基本法制課参事 岡嘉紀
Ⅰ 改正の背景
我が国の選挙制度の下では、選挙で投票を行うためには、選挙権を有しているとともに、選挙人名簿に登録されている必要がある。
現在、選挙人名簿に登録されるためには、選挙人名簿の登録基準日において、現住所地に3箇月以上居住していることが必要とされている。登録基準日との関係で、ある市町村に3箇月以上居住していても、登録基準日の直前に転居した者が、新住所地において選挙人名簿に登録されないうちに国政選挙があるようなケースがある。
具体的に考えられるケースとしては、例えば次のようなものが挙げられる(図参照)。
〔ケース①〕 3月に18歳となる者が、4月に転居し、7月の参院選の選挙時登録に間に合わないケース
これは、旧住所地に3箇月以上継続して居住している17歳のAが、3月下旬に誕生日を迎えて18歳となった後、進学・就職等で旧住所地から転出し、4月2日に新住所地に転入したようなケースである。
この場合、3月1日の定時登録時には、Aはまだ17歳であり選挙権年齢に達していないため、選挙人名簿に登録されない。また、3月下旬に18歳となり、この時点で選挙権を得ることとなるが、6月1日の定時登録時及び6月下旬の参院選の選挙時登録時には、新住所地に3箇月以上居住していないため、登録されない。
〔ケース②〕 3箇月以上同一市町村に居住しているが、登録日のタイミングで新旧両住所地の選挙人名簿に登録されないケース
これは、海外に居住していたB(選挙権年齢に達しており、在外選挙人名簿には登録されていないものとする)が、前年12月末に帰国して旧住所地に居を構え、その後旧住所地から転出し、4月2日に新赴任先のある新住所地に転入したようなケースである。
この場合、3月1日の定時登録時には、Bは旧住所地に3箇月以上居住していないため、選挙人名簿には登録されない。また、6月1日の定時登録時及び6月下旬の参院選の選挙時登録時には、新住所地に3箇月以上居住していないため、登録されない。
これらのようなケースでは、国政選挙の選挙権を有しているにもかかわらず、選挙人名簿に登録されていないため、仮に7月に国政選挙があったとしても、現在の制度では投票をすることができないこととなっている。
実際にも、平成26年10月に20歳となり選挙権を得たにもかかわらず、同年12月の衆議院議員総選挙の直前に転居したことで、総選挙で投票できなかったとして、大学生が国に対して損害賠償を求める訴訟を提起したとの報道がなされていたところである(平成27年6月7日付けNHKニュース)。
Ⅱ 成立までの経緯
「Ⅰ 改正の背景」のような状況を受けて、国政選挙の選挙権を有しているにもかかわらず選挙人名簿に登録されないために国政選挙の投票をすることができない者が投票することができるようにするための方策について検討が進められ、平成27年5月27日に自由民主党、公明党、次世代の党(当時)及び野間健議員の共同で公職選挙法改正案が衆議院に提出されたが、第189回国会では審議がされないまま、継続審議となっていた。
その後、第190回国会に入り、再び改正案の成立に向けた機運が高まり、本年1月20日に衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長提案の議案として衆議院に提出された(第189回国会に提出されていた法案は、委員長提案に伴い撤回された)。この法案は、1月20日に衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会で可決、同月21日に衆議院本会議で可決・参議院に送付され、同月26日に参議院政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会で可決、同月27日に参議院本会議で可決・成立し、2月3日に「公職選挙法の一部を改正する法律」(平成28年法律第8号。以下「本法」という)として公布された。
Ⅲ 法律の概要、施行期日等
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