酪農学園大学農食環境学群環境共生学類教授 佐藤喜和
クマ類による被害の現状
日本には、本州、四国に分布するツキノワグマと北海道に分布するヒグマの2種のクマ類が生息している。このうち四国を除き、本州と北海道では、ほとんどの地域で生息数が増加傾向にあり、また分布が拡大しているため、人の生活圏への出没や農作物等への食害、及び人身被害など、人とクマ類との軋轢(あつれき)が増加している。
特に昨年(2023年)は、クマ類の秋の重要な餌となるブナ科堅果類(いわゆるドングリ類)が北海道や東北地方の広い範囲で不作であったため、例年5月〜7月に多く発生するクマ類の人里への出没に加えて、9月以降、10月をピークに人里への大量出没が発生した。これに併せて東北地方では、農地や人家周辺など人の生活圏内における人身被害が多発した。この傾向は特に秋田県と岩手県で顕著であった。また、クマ類の人の生活圏への出没対応として行われる許可捕獲(いわゆる有害駆除)も過去最高の捕獲数となった。
このような状況を受けて、軋轢が増加している地域から、人里に出没するクマ類の捕獲に関する支援や、指定管理鳥獣にクマ類を加えることで都道府県が取り組むクマ類の管理に対する支援の要望が国に対して行われた。環境省はこれを受けて、関係省庁連絡会議や都道府県鳥獣行政担当者会議、さらにクマ類保護及び管理に関する検討会(以下「検討会」という)を繰り返し開催して情報収集と対応に努めるとともに、クマ類の被害防止に関する対策について議論した。2023年12月から2024年2月にかけて3回開催された検討会では、近年のクマ類による軋轢増加の背景には、クマ類の生息数増加や分布拡大だけでなく、人口減少と高齢化、都市への人口集中による中山間地域での人間活動の低下、里山利用の減少や耕作放棄地の拡大、集落内部の放任果樹の増加などによって、クマ類が人の生活圏付近に定着するようになり、さらに人への警戒心が薄れるなどの行動変容が起きていること、クマの生息する森林と人の生活圏とが河畔林や水路、河岸段丘斜面緑地などによる緑地の連続性によって人の生活圏への侵入を促進していることも関係しており、これらを考慮した対策が必要であるとの考えを示した。
クマ類の管理の究極目標は、生息域全域にまたがる個体数の減少ではなく、地域個体群の存続を保全しながら人とクマとの軋轢を最小化することである。その目標達成のためには、個体数が増加し分布が拡大している地域においては、個体群の保全に十分配慮しつつ、軋轢低下のための被害防止が優先されるべきであり、そのためには、人の生活圏周辺における個体数管理と人の生活圏への侵入防止のための対策を順応的かつ積極的に進めることで、人とクマ類のすみ分けを図ることが重要であることが共有された(クマ類保護及び管理に関する検討会「クマ類による被害防止に向けた対策方針(案)」2024年2月8日(https://www.env.go.jp/nature/choju/conf/conf_wp/conf04-r05-3/mat01.pdf))。
この点で、クマ類の管理はニホンジカ(以下「シカ」という)やイノシシと違うことを認識しておくべきだろう。シカは個体数の増加により、農林業等に対する経済的な被害や交通事故、列車事故等の被害のほか、森林や湿原、草原、高山など陸上生態系の様々な環境への過剰な採食圧がもたらす生態系影響も看過できない状態にあり、生息域全域での低密度化が管理目標とされている。イノシシに関しても、人の生活圏における農業被害や人身被害に加え、豚熱など畜産業に大きな影響をもたらす感染症を拡散するおそれがあることから、やはり生息域全域での低密度化が管理目標とされている。一方、クマ類に関しては、人の生活圏に侵入することによる人身被害とその不安、農作物への食害や住居周りの放棄果樹果実への食害など人の生活圏での被害が大きな問題である。クマ類の被害防止のためには、人の生活圏とその周辺の森林におけるクマ類の管理に重点を置くべきであり、分布全域での低密度化が必要なわけではない。