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2024.03.11 政策研究

動物行動学から考える獣害対策と美郷町の取組み

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麻布大学生命・環境科学部教授フィールドワークセンター長
/美郷町おおち山くじら研究所長 江口祐輔

1 はじめに

 鳥獣害対策が進み、継続的に被害を減少させている、又は抑制に成功している地域には共通点がある。多くの場合、農業者が自立的に、かつ地域で共通の意識を持って対策に取り組んでいる。逆に、捕獲ばかりに依存して被害をゼロにした地域を筆者は知らない。
 これを裏付けるデータがある。図1は過去24年間のイノシシとシカの年間の捕獲頭数の推移である。平成10年前後は年間20万頭であったのに対し、令和2年には135万頭に上る。24年間で約6.5倍の捕獲量である。野生動物の数が減れば被害も連動して減ると単純計算する人が多いが、そんな簡単なものではない。年間の被害金額こそ20年間で約220億円から150億円余りに減少しているが、捕獲量が6倍以上になったのに、被害が6分の1にはならない。半減すらしていない。また、貨幣の価値は時とともに変わる。今と20年前の1万円では買えるものが違う。その点、面積や重さは時間の経過による価値の変化はない。1ヘクタールの広さも、1キログラムの重さも20年前と変わらない。
 鳥獣害全体の被害面積を図1に示した。年ごとに増減を繰り返しているが、やはり捕獲頭数と連動して減少することはない。また、被害量(重さ)を調べてみると、平成11年が45万8,800トン、令和2年が45万9,300トンとなっており、ほぼ横ばいである(図2)。図1の捕獲頭数のグラフと合わせてイノシシとシカの被害量を抜き出してみると、34万9,800トンから38万8,700トンと逆に1割以上増加している。捕獲頭数が増えれば被害が減るわけではないのである。
 野生動物が増えているから被害が減らない、野生動物が半減すれば被害も減少するはずだという意見もある。10年間でイノシシとシカの生息頭数を半減させる政策が始まったのが平成25年である。この政策自体は10年たっても目標を達成することができずに政策期間が延長されている。客観的に考えれば、そもそも10年間で半減させ、さらに被害を減少させること自体が困難なのである。平成25年時点で、シカの推定頭数の中央値が約265万頭、イノシシが約89万頭である。国は被害金額にこだわるのでこれを利用するが、この年の被害金額が220億円。過去に遡って、シカの頭数が半分であったと推定されるのは平成15年前後、イノシシも同様である。では、このときの被害金額はいくらか? やはり200億円以上あるのだ。
 筆者は大学院を修了後、平成11年に農林水産省がイノシシ被害対策を開始する際に初めてイノシシ被害対策の研究者として採用され、島根県内で獣害対策研究を開始した経緯があるため、近年の被害対策の流れは把握しているつもりである。筆者は捕獲自体を否定しているわけではないが、これまでの捕獲方法が被害減少とリンクしていないという事実を農林水産省の発表データも物語っている。
 これだけ捕獲頭数が増えたにもかかわらず思うように被害が減少しないのはなぜか。捕獲に対する正しい認識が欠如しているからである。捕獲には、「狩猟」と「個体数調整のための捕獲」、そして「被害を軽減させるための捕獲」がある。これらを理解し、捕獲頭数ばかりを追い求める捕獲から目的に合わせて捕獲を行う、量から質への転換を図らなければならない。
Tokushu_zu01

図1 捕獲と被害の推移

Tokushu_zu02

図2 農作物の被害量の推移

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この記事の著者

江口祐輔(麻布大学生命・環境科学部教授/フィールドワークセンター長(動物行動学・野生動物共生学))

麻布大学生命・環境科学部教授/フィールドワークセンター長 1969年神奈川県生まれ。麻布大学大学院博士課程修了。 博士(学術)農林水産省研究員、農研機構西日本農業研究センター鳥獣害対策技術グループ長などを経て2021年より現職。専門は動物行動学・野生動物共生学・家畜管理学。イノシシの行動研究で2001年日本畜産学会奨励賞、鳥獣害対策の研究・普及で(2011年度文部科学大臣表彰・科学技術賞。島根県美郷町のおおち山くじら研究所長も務める。

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