4 地域社会のための「公助」の重要性と課題
~獣害対策は地域政策である~
前項の一連のステップは、集落という社会での合意形成手法の一端である。しかし、単なる合意形成の技術だけで獣害対策が進むわけではなく、そこには被害対策の技術や野生動物管理という科学的知見に基づいた、つまり根拠に基づいた提案が必要となる。サル群の頭数調査に基づく管理やシカの密度調査を踏まえた管理の提案は、地域住民だけでは困難である。野生動物を管理する自然科学的な能力と、人や地域社会に働きかける人文・社会科学的な能力の双方を必要とし、高度な知識や経験を要する仕事でもある。
獣害をはじめ、現代の農業農村問題は、簡単には解決できない難問が多い。解決のための支援を求める地域の声も多い。だからこそ、支援者である公的機関に相当の知識や経験を有する者、専門的な人材が必要である。しかし現在、大多数の公務員は数年で異動を繰り返す。多くの自治体はゼネラリスト育成には向いているが、スペシャリストの育成は難しい組織になっている。民間にアウトソーシングすればよいという意見もある。しかし、発注者に知識がないアウトソーシングが良い結果を生むはずもない。
さらに、獣害が解決できた後、地域の農業をどう守るのか、農業のビジョンはさらに重要だ。事業は終了しても集落はそこに50年後、100年後も残る。獣害対策は長期の計画の中に位置するべきものである。今、集落で作成を求められている「地域計画」とは本来はそのためのものである。
そして、地域社会の課題を把握し、住民や専門家、民間機関などを巻き込み、その課題を改善するために必要な対策をコーディネートすること。これはつまり「地域政策」そのものである。自治体には長期的なビジョンの下で地に足の着いた地域計画をつくり、地域政策を進めていく人材が必要である。
5 これからの地域社会のための「獣害に強い地域」づくり
冒頭に紹介した小河集落では、集落代表者である総代以下、獣害対策における種々の課題に集落主体で取り組む体制を構築している。集落を4班に分け、月2回の頻度で全戸が分担して防護柵の点検と補修を行う。加害個体の捕獲も、住民が協議の上で檻の設置場所を決め、餌付けや巡回、移設なども分担する。柵の破損場所の近くに自分の農地はなくても、「集落のために」皆が補修する。捕獲に適した場所があれば、「集落の被害軽減のため」その檻設置に地権者も協力する。獣害だけではない。用水や河川、林道などの農村環境保全や、祭り、ゆずの加工品などの6次産業化の活動でも特筆すべき活動が維持されている。なぜこのようなまとまりがあるのか? 皆が共有できる「上位の目標」がある。集落のため池を保全する活動が江戸期から継続されており、それがこの集落の種々の活動の原点だという。そのため、時間をかけて話し合い、意見も出し合う。決まったことは皆が協力する。課題と目標を共有することを大切にする。決して楽なことではない。時間も手間もかかる。総代という集落リーダーの負担は大きい。しかし、これらの活動には民主的に物事を決め運営する、地域活動の秘けつがあるように思われる。今や獣害は住民の多くが共有できる目標になりやすい課題だ。獣害対策にはこれからの地域社会づくりへの可能性がある。
■参考文献
◇山端直人(2022)『これからの地域社会のための獣害対策─やれば出来る行政と集落のやるべきコト─』農林統計協会
◇山端直人・飯場聡子・池田恭介(2022)「地域主体の防護柵管理と併せた加害個体捕獲によるイノシシ,シカの被害軽減効果─アクションリサーチによる被害・意識の改善の定量・定性的な評価─」哺乳類科学62巻2号203~214頁