兵庫県立大学自然・環境科学研究所教授 山端直人
1 正しい対策と体制構築で、獣害は必ず改善できる
私は獣害対策の仕事をしている。野生動物の研究ではなく、獣害という課題解決とそれが可能な地域社会の構築がテーマである。今や、山地周辺の農業集落では、どこでもシカ、イノシシ、サル等の野生動物による獣害が発生する。しかし、「どうしようもない」と諦めることはない。正しく理にかなった対策を講じれば、被害は確実に減らすことができる。
例えば、地域が防護柵をしっかり設置し、その点検や補修も継続しながら、侵入するイノシシやシカの「加害個体」を捕獲することで、兵庫県相生市の小河集落では350万円ほどもあった被害が、5年後には被害金額ゼロにまで軽減した(図1)。サルを組織的に追い払い、効果的な防護柵も設置しつつ、市や県、研究機関が計画的な群れの頭数管理を進めた三重県伊賀市では、10年前は「仏壇のお供え物をとられた」、「瓦を壊された」など、家屋侵入や人身被害まで発生するほど被害が多発していたが、現在では市全域のサル被害がほぼ解消している。全国的には、このような獣害対策の成功事例が増えている。獣害は決して解決不可能な問題ではない。

出典:山端・飯場・池田(2022)
図1 小河集落における防護柵管理と地域主体の捕獲による被害軽減効果
2 獣害は農業農村問題の縮図である(「自助」と「共助」の課題)
大切なのは、被害発生の原因を正しく把握し、適切な対策を実施できる体制の構築である。個々の農地を守るのは個人の役割「自助」であり、これが基本であろう。しかし個人では困難なことは多い。サルの組織的な追い払いや集落防護柵、加害個体の捕獲も個人だけでは限界がある。そのためには、集落や地域の「共助」が重要となる。獣害対策はこの共助の機能が必要な対策が多い。課題は誰がそれを実践するのか? ということである。もちろん農家が中心であろう。しかし、「実際に農業を営む人」自体が減少している。そのため、漠然と被害はあるが、それを真剣に解消したいと思う人、「獣害対策の当事者」も減っている。
獣害の問題は決して野生動物だけの問題ではない。農業農村問題の縮図である。防護柵の管理を、サルの追い払いを、加害個体の捕獲を誰が担うのか? これは農道、水路、畦畔(けいはん)、農業に関係する土地やインフラ、つまり農村を誰がどう維持管理するのか? と同じ問題である。担い手に農地を集積することや集落営農は、農業政策としても推奨されている。一方で、農地を委託すると意識的には農家ではなくなり、用水の管理さえも受託した担い手が引き受けざるを得なくなる。同様に、委託が進んだ集落ほど、全体で獣害対策に取り組むのは困難である。
獣害で営農を諦め、耕作放棄地が増えた集落の将来はどうなるのか? 課題の解決には非農家も含めた共同体としての集落という地域社会の機能が一層重要となる。獣害対策は、それを再考するきっかけになるのではないだろうか?