(3)再議の対象部分と対象議案全体が廃案になることの問題点
長が再議権を行使する場合、異議のある事柄は、前の議決中、全部というよりも、そのうちの一部であることが多い。しかしながら、再議の対象は、前の議決全体に及ぶことになり、再可決要件に満たない場合は、議案全体が廃案となる。そして、長提案の場合のみ当初議案(修正前議案)が浮上し、審議の対象となるとされるのが、自治庁見解に基づき、現在、定着した審議方法であることは、前回述べた。
当初議案が長提案によるか議員提案によるかで、再議後の原案の扱いが異なる点についての問題とその考え方は前述しているが、そもそも、長に異議があるのが当初議案全体でなく、修正議決等の一部であることに要因があるが、再議で全体が廃案になることについても、その考え方を整理しておく必要がある。
これにも、図7に示すように、いくつかの類型がある。長が異議のある部分を★として表示した。
まず、〈ケース1〉は、B型再議の典型ケースである。
次に、〈ケース2〉は、議員修正が複数なされたケースで、例えば、一つの予算に対して、議員による増額修正、減額修正などの議決が複数なされることが典型的である。そのうち長は増額修正(図中で議員修正1)には異議はないが減額修正(図中で議員修正2)には異議があるという場合でも、再議は議案一体を対象とするので、再可決要件を満たさない場合は、異議のない議員修正1までもが廃案となってしまうという問題点がある。
さらに、〈ケース3〉は、議員提案の条例、あるいは、直接請求により条例が提案されてそれが付議されるケースなどが考えられる。その議案の一部に長が異議があるとした場合でも、議案の一部を再議の対象とすることはできないので、再議の結果、全体が廃案となることになる。例えば、住民が直接請求により特定の施策について住民が賛否を表明する住民投票条例の制定を請求した場合に、長は、住民投票の実施自体はやむをえないとしつつも、条例案に投票の成立要件としての投票率の規定がないことから再議を求めるとした場合に、再可決要件に満たない場合は条例全体が廃案になり、それ以降に議会や長による何らかの行動がなされなかった場合には、議会の過半数が認めた住民投票の実施がなされないことになる。この場合には、長の異議のある部分とそれ以外を何らかの形で分けて審議、議決できないかという問題である。
そもそも再議制度自体が、いったん議会で議決された議案を長が差し戻す異例の措置であることから、その効力が及ぶ範囲は必要最小限度にすべきと考えることも合理的といえる。すなわち、長において異議のない部分まで再審議の対象とすることは、これまでの議会審議の意義を没却してしまうことから、再可決要件に満たない場合は、再議対象部分のみが無効となるような解釈ないし制度的な整理をした上で、長において代案を示させて、その部分が差し替わるような手当を講じるなど制度的に解決すべきとの考えもありえる。
特に、〈ケース2〉は、異議のある修正議決が別個で認識されるので、〈ケース3〉よりも分離してその異議と再議の対象を一致させることがより可能ではある。しかし現行の再議の運用上は、別個に分けての再議はできないことになっている。これを分けて個別の議員修正の議決ごとに再議を考えるということはできないであろうか。さらには、〈ケース3〉のような一つの議案であっても、その一部に異議があるとして、その部分を切り離して再議の対象とするようにし、その部分が廃案となっても、それ以外の部分は残って審議対象にできないかという改善提案が考えうる。
しかしながら、〈ケース2〉では、さらにもう一度、議員修正1を議員が提出することで対応(この場合は、一事不再議は問題にならないと考えられる)し、〈ケース3〉でも、再議理由を議会側が十分に踏まえて再提出することで対応は可能となることになる。 結局のところ、再議については、異議だけを明示することで十分であり、代案を提示することまでは制度が予定していないといえる。つまり、再議の局面だけですべてを完結させると考えるのではなくて、再議後の廃案の扱いを議会と長が議論することである程度対応は可能と考えられるので、ここで述べたような制度見直しを無理に介入させることの必要性は低いと思われる。
(4)再議の適切な運用を定着させる試み
本稿の問題意識を説明する上で、冒頭で明らかに再議でないことを再議として議事運営したN市の例を指摘した(2019年2月号)が、次のような例もある。
与那国町事例(30)(31)では、野党提出の住民投票条例関連議決が2回再議にかけられているが、1回目は新規条例可決に対する再議(30)、2回目は制定された条例の規定不備が明らかになったことに伴う一部改正条例可決に対する再議(31)である。
与那国町では、町長が人口減少の打開策として自衛隊誘致を掲げたが、その誘致の是非は住民投票によって判断すべきと野党派議員が主張し、これに与党派議員は反対していた。議会は与野党3人ずつであり、与党派議員が議長になった関係で、野党派議員が提案した住民投票条例は賛成3、反対2で条例が成立し、これに対して1回目の再議が行われた。先ほど説明した経緯で、与党派議員が退席をしたため、条例が可決(3対1)し確定した。
その後、条例の不備が発覚した。これは、投票の選択肢(賛否どちらかに○を記載)について無効となる投票を「○以外の事項を記載したもの」とすべきところを「○以外の事項を記載しないもの」と規定してしまい、すべての投票が無効となる事態になってしまったことであるが、これに対し、野党派議員が一部改正条例を提出して是正しようとし、いったんは賛成3、反対2で可決した。
これに対して2回目の再議がなされ、この再議理由が1回目と全く同じで、一部改正部分でなく、①中学生以上の投票権、②永住外国人の投票権、③造成工事の大半が完成している状況に及んで住民説明会をすることは住民を困惑させること、④投票率の規定がないこと、を再議理由としたものであった。もちろん、再議で審議の対象となるのは一部改正部分であるが、すでに可決した条例本体の問題点が再議理由となってしまっていることに明らかな間違いがある。議会審議では、野党派議員がその点を指摘したにもかかわらず、再議結果は3分の2以上に達せず、一部改正条例は廃案になってしまっているのである。再議対象の議案と再議理由に齟齬が生じたにもかかわらず、再議により廃案になってしまった極めて異例な事例といえる(その後、改めて一部改正条例が提出され、再議なしに成立し、住民投票が実施されている)。再議についての理解が不足していることによるものといえる。
再議の持つ極めて大きな権限を十分に理解して運用する必要性が求められるであろう。特に本稿では、地方自治制度の運用状況を調査する自治月報の問題を再三取り上げたが、自治月報の編集過程やその発行に際して、適切な制度運用のあり方の周知徹底を図っていく必要性を提案したい。
6 結びにかえて
再議には、議会の行った判断の「再考を促す」という意義と、議会が及ぼす執行権への支障に対する「抵抗・拒否する戦略」という二面性があることが指摘される。本稿の考察では、結果として、再考することはほとんどみられず、抵抗の手段としての役割がより強いということがみてとれた。一方で、再議による質疑・討論を通じて、議会議決がどのような意味合いを持ち、なぜ修正なのか、なぜ反対なのかが、住民に明らかになるという効果はあり、再議を契機として議会と長の一定の歩み寄りがみられるということも現象として認識できた。
議会の本来のあり方は、議員同士の議論、長との政策調整などの「熟議」を通じて、住民の意向を自治体運営に反映させていくことにあり、そのための有力な制度が再議であると考えることができる。
本稿では、それほど焦点を当てて考察されることのなかった再議制度の実態を明らかにした。そして、いくつかの課題の考察としては、一律に特別多数議決を適用するのではなく、予算の削除議決のようなものにはこれを緩和した制度も検討すべきではないかと指摘した。その際には、議決ごとに再議ができるような制度運用が必要になってくるが、これの妥当性については議案の認識の仕方という大きな課題の中で引き続き検討を加えていきたいと思う。
地方自治制度の根幹たる二元代表制が有効に機能することと、再議制度が多くの住民が納得できる政策決定に寄与する形で機能することは非常に密接な関係にあると思われる。
多くの実務家、研究者に再議の持つ大きな影響力と意義とを再認識していただき、そのあるべき姿について議論を深めていただくための一助として本稿が役に立てれば幸いである。
⑴ 予算の増額と削除が混在する防府市事例(2)と大阪府事例(23)は、1件とカウントして検討する。
⑵ 議員提案により小児の医療費の助成に関する条例の一部改正(助成対象を7歳から12歳まで拡充)が15対3で可決されたが、そのうち、2会派の5人が反対すべきところを賛成に起立してしまったとのことで、再議により10対9(議長が反対)となり、廃案になったものである。廃案後、長は9歳まで拡充の改正条例案を提出し、全会一致で可決されている。以上、逗子市議会へのヒアリングによる。
⑶ 町長与党派議員3人のうち、議長を除く2人の議員が再議に臨み、否決に加われば、住民投票条例は廃案となったわけであるが、当該2人の議員は、「住民投票には反対であるが、いつまでも審議していても意味がない」との考えから退席したとした。また、その後、2度目の再議に加わっていることから、勘違いしたとの印象を持った。以上、筆者のヒアリングに対する回答による。
⑷ 松本英昭『新版逐条解説・地方自治法〈第8次改訂版〉』(学陽書房、2015年)587頁。
⑸ 地方行財政検討会議第一分科会第6回会合(平成22年9月30日)議事録19~22頁を筆者が要約。
⑹ 千葉恒三郎『地方議会』(学陽書房、1964年)433頁。
⑺ 大西永俊「地方議会における再議制度」地方自治380号(1979年)43頁。
⑻ 林忠雄「地方自治法逐条問答61」地方自治74号(1954年)50~52頁。
⑼ 片山善博「地方議会にもっと関心を」中国新聞2014年8月10日付け。
(※本記事は「自治実務セミナー」(第一法規)2019年7月号より転載したものです)