6 条例の施行状況
委員7人による協議会は、本条例施行からほぼ1か月後に第1回が開催され、平成28年度のうちに全5回の開催があった。協議会は現地調査等も行いつつ重点整備路線(8条)の指定に関する答申を行い、4路線が区長により指定されている。なお答申書では、1路線の後退用地に存在し、地域住民から保存を求める意見がある樹齢50年以上のサクラの木について、2条の4ただし書に該当する旨の意見が示されている。平成29年度には、3回の協議会が開催されている。
本条例の施行翌年度である平成29年度には、都市整備部狭あい道路整備課への人員増などの体制強化もなされている。また本条例については、全国の自治体職員や議員からの視察等もあるという。
7 おわりに
本条例の制定については、その審議過程から注目が向けられたとともに、法律学からの関心も向けられている⒁。審議会の答申書で2つの考え方が示されたことには、法律の扱いが社会的な状況の中で変化をすること、今後の状況の推移によって自治体の政策も変化することが予測されることを前提に、今後も検討を進めるべきであることが念頭に置かれており、各意見が今後参照されることも企図されたものであったことが議事録からはうかがえる。この点では、本条例やその審議内容が議論を喚起していることは、立法事実の観点で非常に意義深いことと思われる。
本稿の執筆に際しては、杉並区都市整備部副参事の浅井文彦氏、狭あい道路整備課長の緒方康男氏、狭あい道路整備課狭あい道路係長の近藤生郎氏、土木管理課自転車対策係長総括係長の貝塚利行氏、狭あい道路整備課整備係長の由井正治氏、狭あい道路整備課整備係の下川一寿氏から、懇切なご教示を受けた。記して深くお礼を申し上げる。
もっとも本稿は、本条例の審議の入念さに比してあまりに雑駁な紹介と検討にとどまっている。このことをおわび申し上げ、十全な検討について他日を期したい⒂。
⑴ 参照、金子正史「二項道路に関する二、三の法律上の問題」同『まちづくり行政訴訟』(第一法規、2008年)97頁注3〔初出・2002年〕。
⑵ 逐条解説建築基準法編集委員会『逐条解説建築基準法』(ぎょうせい、2012年)708頁。
⑶ この「狭あい道路」の文言は、4メートル未満の道のことを指すことが一般的なようである(参照、井上隆(監修)『狭あい道路と生活道路の整備方策』(地域科学研究会、2001年)14-15頁〔井上隆〕)。従来、法令上、「狭あいな道路」の文言が用いられる例(危険物の規制に関する規則28条の3第1項3号・石油パイプライン事業の事業用施設の技術上の基準を定める省令2条1項3号)でも特に定義付けはなされていなかった。近時の国土交通省「狭あい道路整備等促進事業」においては、建基法「42条第2項若しくは第3項の規定による指定を受けた道路、同法に基づく指定を受けていない通路又は同法に基づく道路で種別若しくは位置が明確でないものをいう」とされている。「狭あい道路」という用語の定着については、土岐悦康『見えない道路:建築基準法 二項道路』(創英社/三省堂書店、2015年)25-26頁も参照。
⑷ 塩田徳二「狭あい道路拡幅整備事業とその実績」井上・前掲注⑶57頁以下・58頁。
⑸ 田村泰俊「狭隘道路行政と公費による工事受忍義務の法的構成」法学研究(明治学院大学)102号(2017年)57頁。ここでは、横浜市における例として、34%が未後退であり、そのうちおよそ6分の1が、いったんは後退した上での再突出であったということが紹介されている(同58頁)。
⑹ 田村泰俊「建築基準法上の二項道路と条例等による協議手法」法学研究(慶應義塾大学)81巻12号(2008年)362頁。
⑺ 最一小判平成18年3月23日判時1932号85頁の評釈たる、金子正史「判批」自治研究83巻9号(2007年)143頁。
⑻ 安本典夫『都市法概説〈第3版〉』(法律文化社、2017年)125-26頁。
⑼ 杉並区「平成24年度杉並区みどりの実態調査報告書」(2013年)10頁。
⑽ 参照、生田長人『都市法入門講義』(信山社、2010年)86頁注3。
⑾ 参照、塩田・前掲注⑷59-61頁。田村・前掲注⑹353頁以下。自治体の条例や要綱による狭あい道路拡幅に係る協議については、碓井光明「接道義務規定と関係する私人と行政機関との事前協議について」自治研究87巻7号(2011年)40頁以下、また、より広く自治体による狭あい道路の拡幅事業については、井上隆(監修)『狭あい道路と密集市街地の計画的整備』(地域科学研究会、2008年)を参照。
⑿ 井上・前掲注⑶14-15頁〔井上隆〕では、2項道路で中心線から2メートルの後退が実現していないものが多いことのほか、建基法42条1項5号の、いわゆる「位置指定道路」に、幅員・形状が申請どおりでないものが東京あたりには結構多いこと、建基法43条1項ただし書の規定による、いわゆる「協定通路」も相当数存在することが指摘されつつ、全体としては2項道路が「日本の市街地の狭あい道路のほとんどを占めている状況」としている。
⒀ 立法事実に係るデータの意義について、田中孝男『ケースで学ぶ立法事実』(第一法規、2018年)51-53頁。
⒁ 参照、田村・前掲注⑸が答申書について検討を行い、区による道路状の整備が可能であるとする「意見2」に与する主張を行っている。