5 条例の評価
(1)条例の必要性(とその検討)
本条例が対象とする後退用地における支障物件への対応の必要性は、2(1)でも触れているとおり、学説からも指摘がなされていた事項であった。審議会では、諮問事項に後退用地を道路状に整備することの憲法上の論点検討が含まれていたこともあり、その具体的な必要性について慎重な検証がなされたことがうかがわれる。審議会での委員の、検討に「かなり慎重に臨んでいく必要があるのかなと思います」、「なぜ必要なのかというところの、その緊急性ですとか必要性ですとかということが厳しく検討され」ることの重要性を指摘する発言が象徴的である。
この必要性を吟味する際のデータとしては、①平成18年度の土地利用現況調査に基づいた道路閉塞確率、①'2項道路が拡幅された場合の道路閉塞確率、②平成24年度土地利用現況調査による不燃化率、③東京消防庁による地域ごとの延焼危険度ランク(250メートルメッシュ内に1件の建物火災が発生した場合の6時間後の延焼面積と出火可能性)、④東京消防庁による震災時の消火活動困難度(地域の延焼危険度・消防水利の有効性・道路閉塞確率等による消防隊の到達性)、などであった。このデータが示された際には、委員の1人から「やっぱり結構杉並は深刻だったんだなということを改めて感じ」たとの発言もあった。未拡幅と拡幅後の比較では、①では道路閉塞確率60%以上(危険度4又は5)が全町丁目(139)のうち82(59%)であるが、2項道路の拡幅がなされた場合の①'では、危険度4以上は全町丁目のうち30(22%)になると試算されていた。これを前提とすると、防災上の2項道路の拡幅の重要性と有効性が認められるであろう。本条例の目的規定も、災害・火災発生時の円滑な避難・通行の確保が前面に出る形での改正となっている。
(2)条例内容の合理性
本条例が用意する支障物件の禁止とその実現手法としては、違反者に対する公表と行政代執行がある。議会での反対論は、代執行が用意されていることがその理由の1つにもなっていた。もっとも、上記のように本条例の必要性は、第1には災害・火災時の避難・通行にあることから、支障物件を対象とした代執行は、すぐできるかは別にして制度上はあり得ることを明記しておいた方がいい。こうした議論が審議会においてもなされていた。同時に、建基法の措置命令と代執行がほとんど使われていない実情も意識されながら、条例での代執行に係る公平性確保の必要性や困難も、適用局面に関して想定されていた。こうしたこともあり本条例では、協議会の意見を聴くことが義務化されている。
(3)制定過程の合理性
本条例の制定過程で重要な位置付けを占めた審議会においては、上記のような本条例の必要性に係る検討に加えて、ある委員の言葉を借りれば「杉並区と反対側の必要性」の検討、すなわち支障物件を設置しなければならない必要性の有無とその合理性の検討もなされている。審議会では第4回終了後の「中間のまとめ」が作成されたところで、沿道所有者に対するアンケートもなされている。このアンケートの実施には、全国で初の条例による取組みということから、慎重に意見を聴きたいという審議会事務局側の意向もうかがわれる。アンケートは地域的な偏りがないように抽出された20路線を対象とするものであったが、単にアンケート用紙を投函するのではなく、訪問をして、在宅の対象者には目的を伝達して回答への協力のお願いをする形で行われ、42%の回収率を得ていた。
また、この審議会での検討での基礎条件をなすものとして注目されるのが、杉並区では昭和52年から2項道路の路線ごとの台帳が作成されるなど、基本的なデータが蓄積整理されていたということがある⒀。具体的な検討開始に先立って、それに必要な情報収集は、長期にわたり続けられていたといえる。