3 条例制定過程の概略
(1)審議会への諮問
以上のように事前協議の制度では、区による整備と自主整備が選択可能であり、自主整備の場合、道路が必ずしも拡幅されていない状況ともなっていた。そこで、平成26年7月に、区長の附属機関として、「杉並区狭あい道路拡幅整備に関する審議会」(以下「審議会」という)が設置され、旧条例の改正に向けて、狭あい道路の拡幅整備を行うに当たっての課題について諮問がなされることとなった。審議会の委員は5人で、杉並区の建築審査会をはじめとした各種審議会の委員を務める専門家により構成された。内訳は、大学の教授又は名誉教授3人(工学2人・法律学1人)、弁護士1人、都市地域プランナー1人である。また審議会には、狭あい道路整備担当課長・土木担当部長・特命事項担当参事・土木管理課長・政策法務担当課長・建築課長らが出席している。
諮問事項は、①私有財産である土地を道路状に区が整備する場合において、憲法29条(財産権)との関係について、②条例の実効性を確保するための手法について、の2点であった。
なお、審議会は原則として公開とされ、合計7回の開催ではいずれも報道機関の傍聴があった。
(2)審議会での議論の進行
諮問に先立って、杉並区は狭あい道路の拡幅整備に係る義務付けを行う場合の建基法との関係について、国土交通省(住宅局市街地建築課)への聞取りを行っている。ここでは、建基法上の条例による制限附(付)加の可否に関する見解についてであったようである。すなわち、①その地方の気候・風土の特殊性又は特殊建築物の用途・規模に基づく制限の附加(建基法40条)と、②特殊建築物等の用途・規模の特殊性に基づく制限の付加(建基法43条2項)として定める可能性であるが、①については不可、②については特殊建築物以外の一戸建て住宅等は除かれるという回答であった。その一方、区が独自条例を義務化することを建基法が排除しているとまでは解されず、そうした条例の制定の可否は、その目的や必要性によるという意見が示されたという。そこで審議会では、独自条例として後退用地を道路状に整備することの義務化を検討する方針がとられた。
審議会の早い段階で、検討対象とする狭あい道路を2項道路にまずは限定することとなった⑿。審議会の開催回数は、当初4回程度と考えられていたようであるが、実際には7回開催された。当初の予定回数であった第4回の開催後、「中間のまとめ」(平成26年11月)が作成された。広報を通じた区民への意見募集・沿道所有者アンケート・関係団体(杉並建築会・東京都宅地建物取引業協会杉並支部)を通じた会員へのアンケートがなされた。この「中間のまとめ」は、審議会におけるそれまでの議論をまとめておくという位置付けではあったが、関係団体への説明の際の資料として用いられることも念頭に置かれていた。
このアンケート結果等を受けて、さらに審議会は3回開催され、答申がまとめられた(平成27年11月)。答申においては、2項道路の後退用地における通行に支障となる物件について、道路としての最小限の空間・機能を確保するために緊急用車両の通行等に支障となる物件の設置を禁止し、周辺住民が自由に通行できる空間を確保することは、公共の福祉に適合すること、その場合の損失補償は、すでに補償なしに、建築物との関係で道路としての空間・機能を確保しなければ建築物が建築できないという制限を受けている後退用地に対して、建築物周辺の区民の生命や財産を保護するための措置を義務付けるものであり不要であること、緊急用車両の通行等に支障のある物件の設置に関しては、除却を命じることも必要な場合があり、義務違反の程度や代執行の要件に照らして、代執行を実施することも可能であること、支障物件の禁止に関する事項について、中立・公平な判断を行うための第三者機関を設置することが望まれることが示された。
他方、後退用地の道路状の整備については、財産権との関係で2つの考え方があるものとされた。すなわち、第1に、私有財産の使用は基本的には本人の意思が可能な限り尊重されるべきであり、周辺住民の利便性を確保するために後退用地の権利者に受忍義務を課すことは、必要以上に後退用地の使用権への制約を強制することになるというものであり、第2に、後退用地の権利者に対して道路状の整備への受忍義務を課すこと自体は可能であるが、それを権利者の費用負担をもって行うことを義務付けることは「特別な犠牲」に相当し、正当な補償なしに行うことは憲法29条3項に抵触する、というものである。この2つの考え方は、それぞれ「意見1」・「意見2」として、答申書の「参考」欄に附記された。
(3)パブリックコメントと議会議事
審議会の答申書において意見が一致していた、支障物件の設置の禁止と行政代執行について盛り込まれた本条例の案は、平成28年3月1日に公表され、パブリックコメント(杉並区区民等の意見提出手続)に付された。意見提出期間は30日間で、寄せられた意見は総数58件(延べ111項目)であった。結果報告書による意見の概要によれば、39の内容としてまとめられている。狭あい道路の早急な拡幅に向けた厳格な規定・運用を求める意見が複数提出された一方で、補償ないし買取りを求める意見や、第三者機関を設置する意義への疑問や委員選出の運用への懸念が示された意見も見られた。パブリックコメントを受けた条例案の修正は2点あり、「土地所有者等」と「後退用地」の定義付けについて記述を修正・追記するものであった。
区議会での審議では、1会派の反対があったが可決され、一部規定を除き平成28年7月1日から施行されている。