5 法と税との間の齟齬
では国税森林環境税はどのような目的で創設されたのか。政府の税制大綱では「森林吸収源対策に係る地方財源の確保」という項目に入っている。総務省からの前掲通知ではさらに詳しく、「パリ協定の枠組みの下におけるわが国の温室効果ガス排出削減目標の達成や災害防止等を図るため、森林整備等に必要な地方財源を安定的に確保する観点」とされている。つまり温室効果ガス削減などを目的とした環境税制のひとつである。
一方、森林経営管理法の目的は「林業経営の効率化及び森林の管理の適正化の一体的な促進を図り、もって林業の持続的発展及び森林の有する多面的機能の発揮に資することを目的とする」となっている。中心になっているのは「林業経営の効率化」を通じて森林管理の適正化を図るというところである。冒頭で触れたように、これらには林業を「成長産業」化するという現在の政府の意思が感じられる。「成長産業」化のためには主伐、間伐を増やし、木材の生産を上げることを目指す。
温室効果ガス削減という目的と林業経営の効率化という目的とは、必ずしも整合的ではない。対象も異なる。温室効果ガス削減は、国有林、公有林、自然林を含む森林全体を対象とするが、林業経営の効率化とはそのうち一部の民有・人工林が対象である。大都市住民でも、温室効果ガス削減のためであれば、ある程度、増税への共感が得られるであろうが、その実質が林業経営の効率化のために使われるとしたら、増税への理解が得られるだろうか。この2つの制度を無理やりリンクさせているのは、納税者を欺くことにならないか。
6 市町村はどのように対応するべきか
以上のように国税森林環境税の創設が予定され、森林経営管理法が成立した現在、それぞれの市町村はどのように対応するべきだろうか。これまで記述を進めてきたとおり、これらの新体制が市町村に過大な負担を強要することは疑いなく、すべての市町村が真っ当に対応することはできないし、するべきではない。
まず2019年度から導入される国税森林環境税の譲与税については、当面の間、基金化するか特別会計に繰り入れて、実務がどれほどのものになるかが分かるまで時間を稼ぐべきだろう。本来、譲与税の使途は制限されないが、今回については税制改正大綱を受けた前掲の総務省通知で、「(ア)市町村は、森林環境譲与税(仮称)を、間伐や人材育成・担い手の確保、木材利用の促進や普及啓発等の森林整備及びその促進に関する費用に充てなければならないこととすること。(イ)都道府県は、森林環境譲与税(仮称)を、森林整備を実施する市町村の支援等に関する費用に充てなければならないこととすること」とされている。さらに「市町村及び都道府県は、森林環境譲与税(仮称)の使途等を公表しなければならないこととすること。具体的な公表の手法等の詳細については、別途お知らせする予定であること」とあり、使途の公開が求められている。もちろんこの文書は今のところ「事務連絡」にすぎないが、税制改正大綱にも同じ主旨が書かれている。
森林経営管理法に基づく「経営管理権集積計画」を策定するために、まず森林状況の確認、林地台帳の整備、森林所有者の意思確認、所有者不明森林の確認等を行わなければならない。しかし、これを一気に本格的に行うと、膨大な業務が雪だるま式に発生することになる。必要とする人員を含めて、譲与税で配分される金額より多くのコストを発生させれば、それぞれの市町村で取り組むべき他の行政サービスを削らなければならなくなる。単に職員が一時的に多忙化するという問題ではなく、膨大で継続的な市民負担を発生させかねない。譲与税がどの程度のものかを推し量りながら、長期間にわたってこれらの業務を均すべきである。例えば、森林所有者の意思確認は細かくエリアを定めて、限りなく少しずつ行わないと市町村行政が維持できない。
ただし、そうはいっても、制度ができた以上、いち早く自分の所有する森林を市町村に管理してもらいたいという声が出てくることは避けられない。そのためにあらかじめ長期的な計画を策定して、役所内や議会との調整を図っておく必要がある。その上でそうした個別の市民要望に対処する道を開いておかなければならない。
これらを実現するためには、林業担当職員の裁量では不可能である。市町村長もしくは有識者をトップとした市民参加の意思決定機関、もしくは諮問機関を置いておくのも一計ではないか。とにかく真っ当に対応して将来にわたる市民負担が急増することは避けなければならない。ごく一部の「先進事例」を除いて、現在の体制で新しい森林経営管理を担うことができる市町村は極めて限られている。
このように、市町村に対して何らの協議もなく、突如として膨大な業務が「降ってくる」ことが近年、日常的にあり、しかも2000年以降増加している⒂。こうしたことが起きてしまう原因はこれまでの国政や自治の在り方のどこかが間違っているということでもあり、長期的にはそれらを修正していかないと、こうした事態が繰り返されるかもしれない。
⑴ 2018年1月23日、総務省自治税務局の4課連名で各県・指定都市の税制担当課等に出された事務連絡「平成30年度地方税制改正・地方税務行政の運営に当たっての留意事項等について」。
⑵ 「森林経営管理法・森林環境税で日本の森林を破壊するな」現代農業、2018年7月号。
⑶ それまでは都道府県に指定された市町村のみが策定していたが、そうなったのも1983年からである。
⑷ 柿澤宏昭「地域における森林政策の主体をどう考えるか」林業経済研究50巻1号、2004年。
⑸ 柿澤宏昭『日本の森林管理政策の展開』日本林業調査会、2018年。
⑹ 諸富徹「森林環境税の課税根拠と制度設計」日本地方財政学会編『分権型社会の制度設計』勁草書房、2005年。
⑺ 相川高信・柿澤宏昭「市町村による独自の森林・林業政策の展開」林業経済研究62巻1号、2016年。
⑻ 林野庁経営課「森林組合の現状 平成28年3月」 http://www.rinya.maff.go.jp/j/keiei/kumiai/pdf/280401.pdf#search=%27%E6%A3%AE%E6%9E%97%E7%B5%84%E5%90%88%E3%81%AE%E7%8F%BE%E7%8A%B6%27
⑼ 第33回自治総研セミナー「自治のゆくえ〜国税森林環境税と森林経営管理法を手がかりに」(2018年9月22日)における相川高信の資料に基づく。
⑽ 衆議院農林水産委員会(2018年4月11日)における沖修司林野庁長官答弁。
⑾ 重栖隆『木の国熊野からの発信─「森林交付税構想」の波紋』中公新書、1997年。
⑿ 神山弘行「住民税の均等割に関する一考察:森林吸収源対策税制/森林環境税(仮称)を題材に」税研195号、2017年9月号。神山弘行「森林環境税(仮称)と租税法律主義に関する覚書」地方税、2018年4月号。
⒀ 参議院農林水産委員会(2018年5月24日)。ただし、この数字が平準化されて以降のものなのか、2019年度のものなのかは分からない。
⒁ 参議院予算委員会(2018年1月31日)。
⒂ 今井照「『計画』による国─自治体間関係の変化〜地方版総合戦略と森林経営管理法体制を事例に」自治総研2018年7月号(「自治総研」ウェブサイトで閲覧可能)。
※本稿は「政策法務Facilitator」60号(2018年10月)から転載したものです。