5 条例の立法事実の検討
(1)訪問販売登録制度の必要性、内容合理性及び非違法性
ア 法環境から見た必要性
野洲市の市民生活相談課に持ち込まれた2008年度以降の相談件数は、表のとおりである。訪問販売の相談件数は、2(1)で紹介した消費者庁による全国集計の相談件数と同様に、通信販売に次いで2番目に多く、2008年の特商法の改正後も、年間50件以上で推移している。
訪問販売の相談件数の全国集計を年間10万件として人口1億2,600万人で除した1人当たりの年間相談件数が0.00079件となるのに対し、野洲市の年間50件を人口5万人で除した1人当たりの年間相談件数は、0.001件となり、野洲市の方が全国平均よりも高くなっている。野洲市では、60歳以上の者の相談件数の占める割合も40%を超え、全国集計と同様に多いことを示している。
野洲市には、相談件数を詳細に分析したデータはないが、担当者が悪質な住宅リフォーム業者やさお竹屋による「強引」な勧誘による消費者被害が多いことなどを語っていることから、2(2)イで紹介した消費者庁の分析と同様に、野洲市でも、特商法3条の2第2項の再勧誘の禁止に違反する場合や消費者が意思に反して勧誘を受けている場合が多いことが推測される。
そのため、消費者庁が専門調査会で説明していたような、訪問販売事業者が消費者を訪問する前の時点で、登録制度を含め、何らかの規制を行う必要性を裏付ける立法事実が、野洲市でもあったといってよい(13)。国において、この必要性を認識しながら、この点に関して特商法の改正がなされなかったという、その法環境が、本条例の訪問販売登録制度の必要性を補完する立法事実となっている(14)。こうした法環境の下では、法律を先導していくことも、立法事実として、条例の必要性を支えるものになると考える。
イ 市民と事業者の意識に裏付けられた必要性
2015年に消費者庁が全国的に行ったアンケートでは、「訪問販売について『必要ない・来てほしくない』」とする回答が96.2%を占めるとされている(15)。こうした意識は、野洲市のパブリックコメントで、登録制度について賛成意見だけが寄せられたことと共通している。
また、野洲市をはじめ滋賀県内の全ての商工会が「三方よしプラン」を策定し、事業者に社会貢献の必要性が認識され、その延長線上で、訪問販売登録制度の必要性についても理解が広がったことがうかがえる。このことは、地元商工会のヒアリングでも反対意見は出なかったし、本条例施行後、特に苦情もなく、2017年12月末までに580を超える事業者が登録を受けている(16)ことからも裏付けられる。
ウ 内容の合理性
登録制度の目的は、市内で訪問販売を行う事業者の連絡先等を把握することであり、それ以上に事業者の資力や資質を問うものではないから、事業者にとっても行政側にとっても、手続にそれほどコストを伴うものではない。本条例の登録制度は、低コストで、特商法の2016年改正でも課題とされた悪質事業者の排除についての成果を期待することができる。
現に、本条例の施行後、無登録で訪問販売を行っている事業者に対して、消費者からの苦情に基づき「登録の申請をしてください」と行政指導を行ったところ、「それなら野洲市にはもう来ない」と立ち去っていったという実例もあり、悪質事業者の排除の成果を挙げている。本条例の施行後、訪問販売の相談件数は減っているとのことである。
また、登録事業者には「三方よし経営」のための情報や研修機会の提供が行われ、登録の際にも事業者との間で「三方よし」のための情報交換をすることができ、くらし支えあいの基盤を醸成するという効果も期待できる。
エ 非違法性
法律の定める規制の趣旨が、全国一律の規制であって、それ以上の規制をしてはならないというものであれば、その法律より厳しい規制を条例で定めることは違法となるとする定説的な法理がある(17)。しかし、特商法は、新たな消費者被害の問題に対して後追いの改正を繰り返してきた経過があり、2016年改正において、訪問販売事業者の登録制度を含めた事前参入規制を行う必要性のあることが共通認識されていたのであるから、本条例の登録制度が「してはならない規制」になるとはいえないはずである。本条例の登録制度は、違法でないどころか、消費者六法(18)に登載され模範的なものとして公認されているほどである。
また、無登録で訪問販売を行った条例違反の事業者に対して事業者名を公表するという制裁的な手法をとっていることについても、いきなり公表するのではなく、口頭による注意と書面による注意を行い、弁明の機会等を付与した後に行うものであり、慎重すぎるほどの手続をとっており、公表されたくなければ登録の申請をすればよいだけのことであって、公表することに違法性があるとは考えられない。