(3)野洲市の消費生活相談窓口はワンストップの市民生活総合支援の窓口に発展
野洲市の消費生活相談窓口は、旧野洲町時代の1999年度から消費生活相談員1人体制で始まり、中主町との合併後の2007年度に相談員2人体制となり、2017年度は、非常勤職員ではあるがファイナンシャル・プランナーや社会福祉主事をも擁する9人体制の市民生活相談課に発展し、市民生活に関わる総合相談窓口となっている。
2007年頃から多重債務問題が社会問題化した中で、多重債務で苦しんでいる人は国民健康保険税、水道料金、市営住宅家賃、保育料など市の債権を滞納していることが多いことに気づき、苦しんでいる人を見つけて生活再建の支援を行うため、これらの市の債権を取り扱う7課1室に呼びかけて「多重債務者包括的支援プロジェクト」を立ち上げた。滞納している市民が多重債務の状態に陥っていることが分かれば、市民生活相談の窓口につないでもらい、弁護士や司法書士を紹介して法律上の債務整理や過払金の返還につなげる作戦である。
このプロジェクトにより、滞納者からは感謝され、滞納債権の回収も進むという大きな成果が得られる中で、滞納の背景には、失業、離婚、介護、孤立、こころの病など多様で複合的な問題があり、各課が単一の問題だけを対処しても完全な解決に至らないという共通認識が広がり、庁内連携の輪は、福祉サービスをはじめ市民の困りごとを支援する全ての課等へと広がることになった。さらに、この連携の輪は、2015年度から施行された生活困窮者自立支援法を先取りする形のモデル事業に積極的に取り組む中で、弁護士や司法書士だけでなく、ハローワークや福祉事業者にも拡大していった⑹。庁内連携は、市役所挙げての野洲市市民相談総合推進委員会⑺として、庁外連携は、野洲市支援調整会議⑻として、組織化されている。そして、そうした連携の中心には市民生活相談窓口があり、ワンストップの相談窓口として、相談者を各課へ連れて回るのではなく、各課が窓口にやってくるという体制が整えられた。
(4)事業者に「三方よし」の精神が広がっている
滋賀県は近江商人のふるさとである。近江商人は、天秤棒を担いで日本各地を行商して豪商へと成長したことで知られているが、有名なのは「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の精神である。
その滋賀県では商工会連合会が、地域振興のため、2013年に「三方よしプラン基本理論」を策定し、県内の各商工会に地域版の「三方よしプラン」の策定を推奨している。その基本理論は、要約すると、地域内で資金循環をできるだけ多く回すことによって経済効果を高めようとする考え方であり、企業間においても地域内での取引を増やし、消費者も地元事業者からの購入を増やすことを勧めている。そうすることにより、地域経済の好循環を生み出し、それに伴い、地域内の雇用機会も拡大し、人口流出を防ぎ、自治体への納税額も増え、「三方よし」が実現されると説いている⑼。企業の社会的責任を重視する思考である。
野洲市商工会においても「三方よしプラン」が策定され、野洲市内の事業者にも「三方よし」の精神が重要であるとの認識が広がっている。
3 条例制定過程
(1)有識者ヒアリングによって本格化する
野洲市では、消費生活センターの設置を条例で定めなければならないとする改正消費者安全法の施行を半年後に控えた2015年9月末から会議形式の有識者ヒアリングをスタートさせ、本条例の制定に向けた作業が本格化した。この時期は、国においても専門調査会で特商法の見直しが検討されていた時期である。有識者は、消費者法を専門とする大学研究者、消費者保護に取り組んでいる弁護士及び自治体政策法務に精通する他市の自治体職員の3人からなり、消費者被害の防止や解決のための対策の部分について、同年11月にかけて3回のヒアリングが実施された。
ヒアリングでは、野洲市でも通信販売や電話勧誘販売の相談件数は多いが、一の自治体の区域に対してのみ効力を有する条例で特別の規制をするのは難しいし実効性も乏しいことから、それよりも訪問販売による被害が深刻であり、こちらを優先する必要があることから、訪問販売に対する対策を中心に検討が進められた。
そこでは、訪問販売の「お断りステッカー」を玄関先に貼付することによって不招請勧誘を禁止することも俎上に載せられたが、消費者の側の意思がどこまでの拒否を表すことになるのかが曖昧なこともあり、違反に対して野洲市行政として対応することのできる人的行政資源の不十分さの問題もあって見送られ、訪問販売事業者の登録制度を中心に組み立てることになった。申請をして市の登録を受けなければ野洲市内では訪問販売をすることができないとし、不正な事業者に対して、登録を拒否したり取り消したりすることで対処が可能となる。
また、本条例では、消費者が契約を締結しない(購入しない)旨の意思表示をしたにもかかわらず勧誘をやめない場合や、消費者被害に関して市長が改善の要請を行った場合等に、事業者名を公表することとなるが、こうした公表については、市民への情報提供の意味があることを重要視した仕組みとするとともに、制裁の意味もあることから、事業者に対しては公表前に弁明の機会等を付与し、慎重な手続をとることも確認された。
さらに、ヒアリングでは、特商法等の個別法が法違反に対し国や都道府県等の行政機関に処分等を行う権限を付与しているところ、野洲市のような人的行政資源が限られた小規模自治体にあっては、行政手続法36条の3の、法違反がある場合には「何人も」処分等を求めることができるとする規定を活用して、「市長が」求めるという規定を置くことも提案された。
なお、3回の会議形式のヒアリングが終了した後も、有識者との電子メール等による意見交換によって、条例案を練り上げていく作業が続けられた。
(2)地元商工会からのヒアリング
有識者ヒアリングと並行して、地元の野洲市商工会からも条例案に対するヒアリングが、2015年9月末と11月中旬に行われた。商工会からは、訪問販売の全面禁止は賛成しかねるが、消費者の意思に反する訪問販売を規制することについては賛同する意見が述べられた。登録制度や事業者名の公表について、リーフレットを作成して、事業者に丁寧に説明してほしいとの要望はあったものの、条例に対して反対する意見は出なかった。
なお、商工会に対しては、パブリックコメントが終わった後の2016年3月にもヒアリングが行われ、パブリックコメントの内容について説明が行われた。その際、加盟する事業者に対してさらに説明会を開催してほしいという要望がなされた。
説明会は、条例施行後の2016年10月に20の事業者が参加して行われたが、事業者からは、登録制度をはじめ条例に対する異論はなかった。「三方よし」の精神が尊重されている様子がうかがわれる。
(3)パブリックコメント
本条例案のパブリックコメントは、2016年2月1日から同月19日までの間に行われ、9人から19項目にわたる意見が寄せられた。条例案に反対する意見はなく、「画期的」などと賞賛する意見が相次いだ。
条例案に「三方よし経営」の促進を挙げたことに対しては、「一方的に消費者を保護するという視点ではなく、地域社会全体を見据えた分かりやすいものである」などと、訪問販売の登録制度に対しても、「健全な事業者にはプラスになり、そうでない事業者はこの制度により淘汰される」などと、いずれも賛成意見が寄せられた。
行政手続法を活用した処分等の求めに対しては、「市町村としては、独自に規制ルールを設けてあらゆる問題の規制を手がけるよりも、国や都道府県というその道のプロにしっかり規制をしてもらうことが大切だと考えます」という賛同を表す意見もあった。
(4)本条例の成立とその後の改正
このようにして作成された本条例案は、2016年6月定例市議会に提案され、全会一致で可決成立し、同月24日に公布された。施行日は、同年10月1日とされ、この施行日から1年間は、訪問販売の登録を受けなくても訪問販売をすることができるとする経過措置が設けられ、全面的な施行は、2017年10月1日とされた。
訪問販売の登録制度が施行されたことにより、従来であれば消費生活センターが事業者と接するのは、消費者からの苦情に基づく対立的局面でしかなかったが、登録の申請に訪れた事業者と予断を交えずに接することができることとなった。その中で、暴力団員等であることの登録拒否要件については、他の法律による許認可等を受けている事業者にとっては、その許認可等の際に審査済みであることが分かり、二重チェックとなる無駄を回避するため、そうした法律の適用を受ける場合には、この拒否要件に係る手続を省略することについて、2017年3月に改正することとなった。なお、この改正では、訪問販売の定義についても、より市民感覚に沿うものとするための見直しが行われた。
⑴ 第1回専門調査会の資料2(http://www.cao.go.jp/consumer/history/03/kabusoshiki/tokusho/doc/20150305_shiryou2.pdf)。
⑵ 第4回専門調査会の資料1の13頁(http://www.cao.go.jp/consumer/history/03/kabusoshiki/tokusho/doc/20150428_shiryou1.pdf)。
⑶ 前掲注⑵第4回専門調査会の資料1の14頁
⑷ 第14回専門調査会の資料2の6頁(http://www.cao.go.jp/consumer/history/04/kabusoshiki/tokusho/doc/20151116_shiryou2.pdf)。
⑸ 前掲注⑷第14回専門調査会の資料2の5頁。
⑹ こうした取組みについては、生水裕美「“おせっかい”の取り組み─滋賀県野洲市の消費生活相談」都市問題2013年10月号74頁を参照。
⑺ 野洲市市民相談総合推進委員会は、その後、本条例第3章中の26条に位置付けられ、「市民生活総合支援推進委員会」に改称されている。
⑻ 野洲市支援調整会議は、生活困窮者自立支援法の施行に併せ、生活困窮者自立相談支援事業のプランの適切性に関する協議を業務内容に取り込み、本条例の制定に併せ、第3章中の25条に位置付けられている。
⑼ 滋賀県商工会連合会が発行する「商工連会報」の2014年7月号(http://www.shigasci.com/kaiho/data/商工会会報7月号.pdf)に「三方よしプラン基本理論」の解説が掲載されている。