おわりに
「突撃隊長」と呼ばれた男性会社員(38)が新聞社のインタビューに応じた。彼は、ネット上に掲載されたデマ(在日コリアンは納税していない、通名で守られているなどの在日特権)を真実と思い込んでデモに参加し続け、言動が過激化していった経緯を証言した。週末のデモに月2回程度参加するうち、デモの場が「居場所」になり、意見の対立でデモの場を失い、友人関係が終わってしまうことがひたすら怖かったと述懐している。
男性はデモで過激な振舞いができた理由について、道路使用許可とデモ隊を囲むように配置された多数の警察の存在を挙げ、「表現の自由」を盾に何を言っても許されると思い、自分たちが優位にいる感覚だったと述べている。男性は、解消法により、表面的にはヘイト行為は減るかもしれないが、なぜヘイトスピーチがいけないのかという教育がないと、根本的な解決はないと思うという。男性はヘイトスピーチを続ける人に伝えたいこととして、「一日も早くやめてほしい。これ以上傷つく人を増やさないでほしい。貴重な時間と出会いをムダにしないでほしい」と述べる。(31)
困難な状況の中、理念法にとどまる法律に先んじて、条例で「公表」制度を導入した市に敬意を表したい。市のホームページが極めて充実しており、市民への情報提供に意を用いているとの印象を受けた。
川崎、名古屋、神戸の3政令市が条例の制定を検討していることが報じられている。(32)市では、条例の逐条解説を作成していないとのことであるが、審査会の判断をも反映した詳細な解説があると、これから条例制定を目指す自治体にとっても非常に有用であると考える。
最後に、要領を得ない照会に丁寧なご回答をしていただいた市市民局ダイバーシティ推進室人権企画課に感謝申し上げます。
⑿ 2016年1月14日付け産経WEST(http://www.sankei.com/west/print/160114/wst1601140053-c.html)。
⒀ http://search.kaigiroku.net/kensaku/city-osaka/menu.html
柳本顕議員の2015年1月19日のブログ「アキラメンタリング」(http://blog.livedoor.jp/yanagimotoakira/archives/53231695.html)も参照。
⒁ http://www.city.osaka.lg.jp/shimin/cmsfiles/contents/0000007/7141/33siryou2-(1)-2.pdf
⒂ 2015年10月6日の財政総務委員会の審議の中で、委員から、法律との比較で「市の条例案では、ヘイトスピーチの定義が明確になっている」という評価があった(http://search.kaigiroku.net/kensaku/city-osaka/menu.html)。
⒃ 発議者・西田昌司理事、第190回国会参議院法務委員会会議録第8号(2016年4月19日)4頁(http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/190/0003/19004190003008.pdf)。魚住裕一郎ほか監修『ヘイトスピーチ解消法 成立の経緯と基本的な考え方』(第一法規、2016年)19頁以下参照。
⒄ http://search.kaigiroku.net/kensaku/city-osaka/menu.html
⒅ http://www.city.osaka.lg.jp/shimin/cmsfiles/contents/0000299/299917/tousinkagamituki.pdf
⒆ 高橋和之『立憲主義と日本国憲法〈第4版〉』(有斐閣、2017年)237頁。
⒇ 高橋・前掲注⒆238頁。
(21) 遠藤比呂通弁護士は、神戸朝鮮高級学校に鉄棒を持った男が乱入し、「朝鮮人か」と言いながら教員に殴りかかる事件の発生を指摘した上で、1923年の関東大震災時に官民によるヘイトスピーチで数千人の朝鮮人らが虐殺された歴史を持つ日本社会では、ヘイトスピーチがより過激な暴力を誘発し、ジェノサイドに行きつくことを危惧している(遠藤比呂通「表現の自由とは何か─或いはヘイト・スピーチについて」金尚均編『ヘイト・スピーチの法的研究』(法律文化社、2014年)51頁)。
(22) 「この条例は、ヘイトスピーチが個人の尊厳を害し差別の意識を生じさせるおそれがあることに鑑み、ヘイトスピーチに対処するため本市がとる措置等に関し必要な事項を定めることにより、市民等の人権を擁護するとともにヘイトスピーチの抑止を図ることを目的とする」。
(23) 前掲注⒄参照。
(24) 前掲注⒄参照。
(25) 前掲注⒄参照。
(26) 前文とは、「法令の各本条の前に置かれ、その法令の制定の趣旨、目的、基本原則を述べた文章」をいい、「前文は、具体的な法規を定めたものではなく、その意味で、前文の内容から直接法的効果が生じるものではないが、各本条とともに、その法令の一部を構成するものであり、各条項の解釈の基準を示す意義・効力を有する」(法制執務研究会編『新訂ワークブック法制執務』(ぎょうせい、2007年)168頁以下)。
(27) http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/01/h0119-2.html
阿部泰隆『行政法解釈学Ⅱ』(有斐閣、2009年)124頁参照。
(28) 新聞では、「吉村洋文市長はプロバイダーに実名の提供を義務付けたい意向だが、諮問を受けた有識者らの審査会では、憲法が定める表現の自由や通信の秘密に抵触するとの意見が大勢。答申は、国レベルの対応を要望することが現実的だとする内容に落ち着きそうだ」と報じられている(2017年12月5日付け毎日新聞WEB大阪朝刊(https://mainichi.jp/articles/20171205/ddn/041/010/011000c))。
(29) 2017年6月29日付け毎日新聞WEB大阪朝刊(https://mainichi.jp/articles/20170629/ddn/041/040/009000c)。
(30) http://www.city.kawasaki.jp/templates/press/cmsfiles/contents/0000092/92460/gaidorainn.pdf
(31) 2017年6月2日付け毎日新聞WEB「ヘイトスピーチ『失うものばかり』後悔の元『突撃隊長』」(https://mainichi.jp/articles/ 20170603/k00/00m/040/024000c)。
(32) 2017年5月31日付け毎日新聞WEB(最終更新6月1日)(https://mainichi.jp/articles/ 20170601/k00/00m/040/133000c)。
条例制定に当たっては、自治労自治研中央推進委員会が2016年10月に発表した全21条の「人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する条例」(人種差別撤廃条例)要綱試案が参考になる(http://www.jichiro.gr.jp/jichiken_kako/sagyouiinnkai/36-jinkenseisaku/pdf/02_04_4_01.pdf)。
また、山口道昭教授は、条例で「ヘイトスピーチを刑事罰をもって規制することは法的に可能」であると述べる(自治総研467号(2017年9月号)36頁参照)。