4 同性パートナーシップ制度の比較と問題点
今世紀に入り、このように自治体ではLGBTの存在を意識したさまざまな施策が行われてきた。しかし、それらは2015年の渋谷・世田谷ショックのような大きな社会的波及効果を発揮することはなかった。国を動かす力も乏しかった。ところが、自治体の同性パートナーシップ制度は、自民党も選挙にあたってはそれへの対応を意識せざるを得ないほど、「気になる」施策なのである。それは同性のカップルという単位を認証するというところに新しさがあり、セクシャリティの別を超えた新たなライフスタイルの承認、家族制度変革の序章へと想像力をかき立てる効果があるからではないだろうか。渋谷区条例を報道したメディアが「結婚に相当する関係」という報じ方をしたこともあり、それがあたかも同性間にも婚姻を開放する端緒となりうるという希望(ないし恐れ)をかき立てたからでもあろう。日本でもいよいよ同性婚への助走が始まったとの印象を与えたことが、ブームに火をつけることとなったのである。
現在のところ、同性パートナーを認証するための制度は、まだ全国で6つの自治体が実施しているにとどまる。以下、6都市の制度についていくつかの角度から比較をしてみたい(二宮周平「パートナーシップ証明制度の意義と展開~札幌市と台湾を例に」戸籍時報759号(2017年)も参照)。
(1)制度の根拠となる文書
渋谷区が「男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を根拠としているのを除き、他の5都市はいずれも市長(ないし区長)決済による「要綱」による。条例はもとより法的効力のある自治立法であり、渋谷区条例では区民や区内事業者にパートナー証明への配慮義務を課し、条例の趣旨に著しく反する行為が認められる場合は是正勧告が行われ、それにも従わない場合には関係者名などを公表する手続が規定される。これに対して要綱にはこのような効力はない。しかし、渋谷区条例であっても、婚姻や家族としての効力を付与することができるわけではない。
条例による場合は議会での審議、議決が必要であり、要綱に比して採択までにはより長い時間と多くのエネルギーを要する。議会の会派構成によっては、多数派を形成できない自治体も少なくないであろう。自治体のパートナーシップ制度は、法的効力を狙った制度ではなく、社会的な波及効果、事実婚的効果こそが重要な意味を持つ。その意味では要綱の方が、多くの自治体がドミノ的に制度を導入し、効果的に国に制度化を促すことが可能になるのではないだろうか。
(2)制度の趣旨・目的
前記谷口の整理によれば、おおむね3つの相互に関連する目的が掲げられている。第1に人権や個人の尊厳の尊重、第2に個人の多様性、生き方の多様性の尊重、第3に安心して暮らせる社会やまちづくりという視点である。自治体における取組みであるだけに、地域おこしやまちづくりという視点が制度導入のインセンティブになっている。渋谷区で制度導入をリードした長谷部健区長の胸中には、区のブランディング戦略が明確にあったように感じられる。札幌で制度の導入を求めた際にも、われわれは「若者が帰れない地元にしないで」と市長を説得した。
(3)パートナーシップの定義
渋谷区は「男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備える戸籍上の性別が同一である二者間の社会生活関係」と規定し、異性婚との同等性を求めている。これに対して後続自治体に最も影響力があった世田谷区では、「互いをその人生のパートナーとして、生活を共にしている、又は共にすることを約した性を同じくする2人の者」と定義し、婚姻ではなく、共同生活を関係性のコアに据えている。このパターンは宝塚市、伊賀市、那覇市でもほぼ踏襲されている。やや異色なのは札幌市で、「互いを人生のパートナーとし、日常の生活において、経済的又は物理的、かつ、精神的に相互に協力し合うことを約した、一方又は双方が性的マイノリティである2人の者の関係」としている。「相互に協力し合う」は、世田谷などの「生活を共にしている、又は共にすることを約し」よりも関係性が緊密ではなくてもよいとも取りうるであろうか。6都市のなかで最もハードルが低い。しかし、いずれにしてもこれらは自己申告でしかなく、渋谷区を含めて実質的には違いはないというべきであろう。
(4)認定要件
この点でも渋谷区とそれ以外では大きな違いがある。渋谷区では証明書申請にあたり、原則として任意後見契約と共同生活合意契約の公正証書(後者だけでよい場合もあり)の提出を求めている。後者には両当事者が愛情と信頼に基づく真摯な関係であること、同居し、共同生活において互いに責任を持って協力し、その共同生活に必要な費用を分担する義務があることを明記することを要する。これに対して、他の5都市では両名が役所へ出向いて、住民票、戸籍謄本(ないし独身証明書)、本人確認書類を提出し、パートナーシップ宣誓書に署名するだけでよい。
異性婚が婚姻届を提出する(郵送も可)だけで成立するのと比して、渋谷区の手続は利用者に明らかに過重な負担を課すものである。関係性をカミングアウトすることに大きな抵抗やリスクが伴う同性カップルに、契約書を作成させ(行政書士に依頼する必要があるケースもある)、さらにそれについて公証人役場で公証を求めるのである。何度も公的な場でカミングアウトすることを余儀なくさせ、当然費用もかかるのである。これがネックになって、渋谷区における制度の利用は、世田谷や那覇、札幌と比して低迷しているのだと思われる(2017年9月上旬時点で21組。札幌市は約4か月で30組)。
年齢要件については、パートナーシップ制よりもはるかに法的効力が強い異性の婚姻が男性18歳、女性16歳とされているにもかかわらず、いずれも20歳以上とされる。これは同性カップルを不当に制限する差別的扱いである。同性愛に対する偏見が見え隠れする。
性別については、札幌市を除いて戸籍上の性別を同一とすることに限定する。しかし、性別特例法による戸籍上の性別の変更には、未成年の子がないこと、性別適合手術を経ていることなどを要する。このため要件を満たせず戸籍上の性別を変更できないために、性自認との間で齟齬(そご)を来している者が少なからず存在している。札幌市は戸籍上の性別が異性であっても、当事者間では同性カップルという自覚を持つ者もいることを考慮して、性別に制限を設けていない。これは制度の導入を要請したわれわれの要望に沿った結果である。
(5)交付される公文書
これについては3つの類型がある。渋谷区ではパートナーシップ証明書、那覇市ではパートナーシップ登録証明書、それ以外の4都市ではパートナーシップ宣誓書の写しと宣誓書受領証が交付される。
5 結びに代えて
このように日本でもLGBT法制化モデルの転換が動き出した。渋谷・世田谷ショックにより、同性カップルを事実上、法的な関係と扱う社会的な動きが広がっている。とりわけ民間企業における従業員の待遇や顧客に対するサービスについて同性カップルを事実上の家族として扱う動きが目立つ。また、自治体における職員の福利厚生、公営住宅への入居などにおいて同性カップルを家族として扱う動きが見られる。これらの多くは必ずしも自治体での認証を要件とはしていないことにも留意すべきである。裁判において事実婚としての効力の有無が問題となったケースはまだないものの、6自治体の同性パートナーシップ制度自体が付与する直接的効力を超えて、事実上の効力が拡大している。
最近、日本学術会議の法学委員会分科会が婚姻の性中立化を提言している(「性的マイノリティの権利保障をめざして―婚姻・教育・労働を中心に―」2017年9月29日)。しかし、国レベルでの立法化がすぐに起動する現状にはなく、当面は地方自治体から国に状況の変革を迫っていくのが現実的な道筋であろう。日本におけるLGBTの市民権の確立にとって、パートナーシップ制はきわめて有効的であることが実証されている。効果の劣る他の施策はさておき、まずは実効性あるインパクトの大きな施策からまっさきに取り組むべきであろう。地方から国の形を変えていくプロジェクト、地方から国を包囲する戦略に、多くの自治体が加わることを期待したい。