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立法事実から見た条例づくり

2017.10.25 政策研究

災害対策法制と自治体の条例(下)

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ウ 残された(法的)課題
 この条例の大きな柱のひとつである安否確認(6条)であるが、制定当時は、独自の規定で高齢者や障害者等の災害時に迅速な安否確認を必要とする者の名簿の作成等について規定していたものが、災害対策基本法が改正されたことにより、新たに避難行動要支援者名簿の作成、名簿情報の避難支援等関係者への提供等のための体制整備等について、それぞれ規定し、ある意味で二本立てとなっている。
 災害対策基本法49条の10(避難行動要支援者名簿の作成)及び49条の11(名簿情報の利用及び提供)の規定により、名簿作成の対象者とその提供先は地域防災計画で定めることとなっているが、その範囲は、法令の枠内で行うのか。緊急時や条例で定めた場合は本人の同意は不要となっているものの、基本的には本人の同意が原則である(35)
 茅野市災害に強い支え合いのまちづくり条例(長野県)やいなべ市みんなで支え合う災害対策基本条例(三重県)のように条例中に同意を不要とする規定を設けるものや、千葉市や山口県防府市のように避難行動要支援者名簿条例を制定し拒否申出の規定を設けるものがある。また、箕面市のように法定以外の名簿も作成するものがあるなど、自治体によってその対応は異なる。
 また、同法86条の15の規定により、個人情報保護条例にかかわらず、被災者又は第三者の権利利益を不当に侵害することのないと認められる範囲内で、家族等への安否情報の提供等を行うことができるが、民間病院等の民間事業者への適用はどうするのか。逆に市町村長や知事が民間事業者に対して情報提供を求める場合も考えられるが、その場合にはどうするのか等の課題が残されている。

おわりに

 特別対応・震災緩和といっても、法律の領域を含むあらゆる行政領域を包括的に緩和できるわけではなく、当該自治体の所管事項の範囲に限定されることから、どこまでの震災緩和を規定するかという問題があり、国の省庁による緩和措置を先取りして包括的に緩和の方向性だけでも規定しようとも考えられるが、規定として明示しようとすると、法律と条例の効力関係の問題が出てくるので、実際は規定することは難しいという指摘がある(36)
 また、論者によっては、「本条例にあえて追加すべきとすれば、各省庁はばらばらに『震災緩和』措置を出してくるので、これらの情報を統括する専従職員を置く規定が欲しい。大規模災害は情報戦でもあるが、情報戦略のない震災対応はあり得ない。番号制も勘案すると、こうした情報の整理、ネットワークについての専従班がぜひ欲しい」(37)という指摘もある。
 阪神・淡路大震災発生時、筆者は、大阪府内の某自治体総務課文書法規係に所属し、3月議会上程予定議案の例規審査を行っていた。当時の大阪は大きな災害があまりなかったこともあり、防災専属のセクションもなく、事務分掌上「その他の部・課の所管に属さない事務」として、総務課全員で年に1回、防災訓練等を行っていた程度であった。震災発生後、急きょ災害対策本部の事務局も兼ねることとなった総務課の当時の対応は、ある意味で通常業務を無視した異例ずくめのものであった。しかるに、現在では当時とは比較にならない組織体制がとられてきてはいる。しかしながら、それを上回るそれこそ想定外とでもいうべき大規模な災害が現実に発生しているのであり、今後の災害対策は、防災・減災を踏まえた総合的な広範囲にわたる諸施策の総合調整を図ったものでなければならない(38)
 いみじくも本条例制定時の担当者でもある稲野文雄氏は、「この条例は、成長する条例であり、災害対策法令の改正や今後の市の取組み内容次第で、条例改正もあり得ると考えている。災害関連法の頂点にある災害対策基本法は、市町村中心主義、いわば現場主義になっており、国がその趣旨をふまえ、住民に最も近い自治体の声に耳を傾けて地方分権的な法令整備を含めた災害対策がよりいっそう推進され、緊急時において法令の壁を打開する理論と制度をいかに整えるか、今後の政策法務の可能性に大いに期待している」(39)と述べているように、この条例の制定を受けて、後続する自治体がどのように進化させていくかが問われている。また今後、この条例がどう成長・進化していくのかを見守りたい。
 本稿執筆に当たっては、箕面市の稲野文雄氏(条例制定時の法制課長)に個人作成資料の提供等も含めて、多くの教示を得た。ここに感謝御礼を申し上げる。なお、本稿の内容については、筆者が責任を負うものである。


(17) 平成24年2月定例会(第1回)議事録3頁(http://www.kaigiroku.net/kensaku/minoh/menu.html)。
(18) 倉田哲郎「まちの課題解決のための条例制定─箕面市条例三題噺:名簿・カラス・災害時」市政61巻11号(2012年)27頁。
(19) 倉田・前掲注⒅27・28頁。
(20) 稲野文雄「災害時特別宣言条例」地方自治職員研修45巻12号(2012年)15・16頁。
(21) 稲野・前掲注⒇16頁。
(22) 前掲注⒄7頁。
(23) 鈴木庸夫「大規模震災と住民生活」公法研究76号(2014年)66頁。
(24) 石川健治「緊急事態」法学教室372号(2011年)7頁以下。
(25) 例を挙げると、犠牲者が多数出ていることを受け、遺体の埋葬許可や火葬の許可がない場合でも、土葬や火葬を認める特例を認め、都道府県に通知したことや、警察庁、金融庁、財務省ほか合わせて9省庁が、被災者が本人確認書類を忘失した場合、当分の間、本人からの申告のみで本人確認があったとみなす特例の命令を出したこと、当時約40か国からの医療支援の申出があり、イスラエル、タイ、ヨルダン、フィリピンから医療チームが受け入れられ、外国人による医療行為が行われたことなど。鈴木庸夫「震災緩和と法治主義」自治総研436号(2015年2月号)53頁。
(26) 災害対策基本法105条(災害緊急事態の布告)「非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進し、国の経済の秩序を維持し、その他当該災害に係る重要な課題に対応するため特別の必要があると認めるときは、内閣総理大臣は、閣議にかけて、関係地域の全部又は一部について災害緊急事態の布告を発することができる。2 前項の布告には、その区域、布告を必要とする事態の概要及び布告の効力を発する日時を明示しなければならない」。
(27) 新保浩一郎「『箕面市災害時における特別対応に関する条例』と震災緩和」鈴木庸夫監修、新保浩一郎編著『ケーススタディ図解自治体政策法務』(ぎょうせい、2016年)125頁。
(28) 前掲注⒄7頁。
(29) 倉田・前掲注⒅28頁。
(30) 島田・前掲注⒀17頁。
(31) 新保・前掲注(27)127・128頁、鈴木・前掲注(23)80頁以下。
(32) 加藤雅信『新民法体系Ⅴ 事務管理・不当利得・不法行為〈第2版〉』(有斐閣、2005年)10頁、北村喜宣「行政による事務管理⑴」自治研究91巻3号(2015年)35頁以下。
(33) 岸和田市法律問題研究会「放置自動車対策をめぐる二、三の問題~法的アプローチを中心にして~」自治大阪58巻12号50頁。
(34) 稲野・前掲注⒇18頁、箕面市災害時における特別対応に関する条例3条に、「この条例の規定は、他の条例に災害時の対応について特別の定めがある場合(条例の委任により規則等で規定されている場合を含む。)を除き、法令の規定の適用を妨げない範囲内で、他の条例に優先して適用されるものとする」と規定している。
(35) 千葉市避難行動要支援者名簿に関する条例のように、規則に一部委任しているものもある。
(36) 新保・前掲注(27)126頁。
(37) 鈴木庸夫「大規模震災と自治体政策法務」自治実務セミナー2015年3月号6頁。
(38) 岡田正則「災害・リスク対策法制の現状と課題」法律時報81巻9号(2009年)6頁。
(39) 稲野・前掲注⒇18頁。

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