イ 条例の制度設計
大規模災害発生時において、市が迅速に災害対策に係る事務に着手し、想定される手続等をあらかじめ定めるとともに、高齢者等の安否の確認を地域住民が実施できるよう、名簿の保管、開封等について定めるため、本条例を制定しようとするものである(22)。
条例の主な内容は、①災害対策本部長が行う宣言により、通常事務の一斉休止、施設等の一斉休館、許可等の取消し、契約・処分の期限延長、仮庁舎への移転などを可能にすること、②ひとり暮らしの高齢者など災害時要援護者の安否確認リストの準備と対応を定め、地域住民による迅速な安否確認を実施すること等により、市が全力を挙げて災害に対処する特別体制を整えることができるよう規定している。
●適用(3条・4条関係)
この条例の規定は、他の条例に災害時の対応について特別の定めがある場合を除き、法令の規定の適用を妨げない範囲内で、他の条例に優先して適用されるとし、あくまでも法令の範囲内で、災害対策に係る事務を他の通常事務に優先して行うものとしている。
●特別対応の宣言(5条関係)
災害対策本部長が7条から16条に規定する特別な対応を行う必要があると認めるときの宣言及び公示、公表について規定している。
●安否確認(6条・6条の2関係)
6条1項において、1号から6号までに規定する高齢者や障害者等、災害時に迅速な安否確認を必要とする者の名簿の作成及び地区防災委員会への交付、安否確認の委任について、2項において地区防災委員会による名簿の避難所への備付け及び保管について、3項において災害対策本部長の名簿の開封指示と地区防災委員会による安否確認について、4項において災害対策本部が機能していない場合などにおける名簿の開封及び安否確認について規定している。6条の2は、条例制定後、災害対策基本法が改正されたことにより、新たに避難行動要支援者名簿の作成、名簿情報の避難支援等関係者への提供等のための体制整備等について、それぞれ規定したものである。
●通常事務の休止等(7条関係)
市の通常事務の休止及び通常手続の変更並びに公示について規定している。
●公の施設の休館・使用許可の取消し等(8条・9条関係)
8条において、災害時等における公の施設の全部又は一部の包括的な休館、休止等及び公示について、9条において、災害等により市が公の施設を使用する場合などにおける施設の使用許可の取消し及びそれに伴う使用料等の還付について規定している。
●契約に係る義務履行の期限等の延長等(10条から13条関係)
10条において、契約に基づく市の義務の履行期限の延長について、11条において、申請等に対する処分等に係る市の義務の履行期限の延長について、12条において、市の歳入の納付期限及び市への申請書等の提出期限の延長について、13条において、申請した証明書の交付を受けられなかった場合などにおける手数料の還付等について、それぞれ規定している。
●附属機関への諮問の中止(14条関係)
実施機関が附属機関への諮問を中止し、自ら決定を行うことができる旨を規定している。
●臨時事務所(15条関係)
市庁舎等が被災し事務ができないと認めるときは、臨時にほかの場所で事務を行うことができる旨、規定している。
●公示の方法(16条関係)
災害時の公示の方法及び掲示場が使用できないときの掲示場の変更について規定している。
●災害救助法の適用等(17条・18条関係)
17条において、災害救助法の規定により救助の実施に関する事務の一部を市が行う場合の取扱いについて定め、18条においては委任について規定している。
(4)条例の立法事実の検討
ア 条例の必要性
この条例の大半は、大災害時に行政が行う当たり前のことが規定されており、条例にする必要があるのだろうか、という素朴な疑問があるかもしれない。
しかしながら、「東日本大震災における行政活動は、異常で深刻な、まさに『想定外』の事態に対応するものであり、そこで浮かび上がってきたのは、想定外事態における行政活動という『事実』と法治主義という『規範』の厳しい相克をどのように扱うかという極めて困難な課題であった」(23)、「想定外の事態は、その性質上、法秩序も予定していないものであるから、『法律による行政の原理』の忠実な執行は、事態の適切な解決にとって妨げとなるばかりかかえって有害であり得る。3・11の大災害は、ふだんは目を背けて見ないことにしている『例外状況』、『緊急事態』、『非常時』が法秩序にとっていかに深刻であるかをまざまざと見せつける結果となった」(24)と指摘されているように、東日本大震災では、平時であれば違法とされる行政活動、行政措置が数多く見られた(25)。
このため本条例は、大規模災害時において、その所掌事務に関しあらかじめ災害対策基本法105条(26)に規定する内閣総理大臣による災害緊急事態の布告の自治体版を定めたものといえる。このことによって、自治体として独自の迅速な災害対策を実施することが期待できるとして評価するものもある(27)。
法律による行政の原理の下では、それこそ想定外の大規模な災害に対しても、自治体の例規関係も含めて、地域の特性に応じた備えをしておく必要がある。
イ 条例内容の合理性・非法令抵触性
本条例の主な内容は、災害対策本部長の宣言により、通常事務等の一斉休止等を行い、優先的に全庁で災害対策に全力で取り組むことができるように、法令の範囲内において、自治体例規の整備を行い、その法的な根拠を与えるためのものである。
そしてもう1点は、地域住民による迅速な安否確認である。議会の審議では、この点に関して質問が集中したという。市長自らが、名簿をどの範囲で用意をするのか、実際それをどのように取り扱うのかというところが一番悩んだ点であること、個人情報をどう保護するか、どう慎重に取り扱うかというひとつのテーマと、災害時にそんなことはいっていられないという住民の安全を優先することとのせめぎ合いの世界だったこと、名簿の範囲は比較的広くとっているが、逆にあまり広くとりすぎると今度は安否確認の実効性がなくなるので、ある程度の限定は必要であること、それを開封するときの条件に関しては、比較的抑制的に、限定的な条件で開封できるような形で考えていること、あくまで災害時ということに限定をした(28)と議会で答弁しているように、非常に悩ましい問題である。
これは、安否確認自体が災害対策であるとして、本人の同意を得ることなくリストアップ方式で災害時要援護者の名簿を作成するものであり、激論の末、最終的には「まずはスタートしてみよう」ということで修正なく全会一致で可決成立したという(29)。
上記以外に、特筆すべきこととして、17条(災害救助法の適用等)の規定を挙げることができる。特に2項の「市長は、災害救助法に基づく大阪府知事による救助が遅きに失すると認める場合は、自ら救助を行うことができる。この場合において、市長は、当該救助に要した費用の支弁を大阪府に求めるものとする」という規定である。
災害救助法に規定する救助は、知事が実施主体であるが、大規模災害時においては、大阪府の救助が間に合わない場合が想定され、そういったときには当然のことながら、当該自治体は自ら率先して救助を行わなければならない。本来、大阪府知事が行うべきものを、急を要するため箕面市長が行うものであり、民法の事務管理の考え方により、同法に規定する救助費用の支弁は、大阪府の負担とすべきものであるため、救助費用を請求することを規定したものである(30)。
こうした規定に対しては、災害事務管理論の立場から評価する論者(31)がある一方で、行政の事務管理に関しては、懐疑的な見方をするものもある(32)。一般的に伝統的な民法学の立場からすれば、「行政の事務管理論」には否定論が多いが、こういった事務に関して筆者は、以前から私法理論の援用というよりも、地方自治権・市民信託理論から構成できないか研究しているところである(33)。
本条例は、あくまでも法令の枠内という制限付きで立案されたものであり、法的な問題はない(34)。条例17条に「市長は、災害救助法……第三十条第一項の規定により救助の実施に関する事務の一部を行う場合は、災害救助法の施行に関し必要な事項を定めた大阪府規則の規定を準用するものとする。ただし、これによりがたいとき又は定めがないときは、市長がその都度定める」と規定しているように、基本的に大阪府が定める基準に基づき、救助を行うことを前提としている。