(3)福祉的対応だけでは難しい
大阪市でも京都市でも、豊中市のように、地域福祉の力を生かして、ごみ屋敷の原因者である本人に寄り添いながら、その解消に努めてきた。しかしながら、解決に結びつけることは容易なことではない。本人に会えることも難しいし、粘り強く訪問を繰り返して会えたとしても、セルフ・ネグレクト状態に陥っている人の心の扉を開けるのはさらに難しい。
地域福祉といっても、本人の了解がなければ、私的領域に介入することはできないし、ごみを撤去することもできない。認知症などのため本人との意思疎通ができないこともある。ごみに見える物であっても本人が「ごみではない」と主張すれば、その撤去は財産権の侵害だといわれかねない。本人の了解のもとで、ごみ屋敷に立ち入り、ごみを撤去できたとしても、後日「了解していない」としてトラブルになることもある。
現行法上、行政当局がごみ屋敷に立ち入り、ごみを片付けたり撤去したりすることのできる権限がないからである。だからといって手をこまねいていてよいはずはない。本人の健康を守るためにも放っておけない。地域福祉の力によってごみを片付けるにしても、法的根拠のバックアップのあることが重要である。現に、東京都足立区は、2012年10月に全国に先駆けて、行政が支援としてごみの片付けを行うことや強制的にごみ屋敷状態を解消することができることを定める条例を制定していた。
3 条例制定過程
(1)プロジェクトチームはどの部署がリードしたか
大阪市でも京都市でも条例制定に向けて、行政当局は組織横断的なプロジェクトチームを立ち上げることになる。ごみ屋敷問題は、既存の制度の狭間にある問題であり、また組織間で担当の押し付け合いが行われがちな自治体行政の悪弊もあって、そのプロジェクトチームはどの部署がリードする役割を担うかが大きな問題となる。どの部署が担当するかによって、制定される条例の内容も変わってくるし、制定後も通常はその部署が条例を所管することになるから、そのことによっても取組みの仕方が変わってくる。
ア 大阪市の場合は区長会議
政令指定都市の場合は区が設置され、その事務所である区役所が、地域住民の行政課題に対処する最前線となる。ごみ屋敷問題も各区役所に持ち込まれ、区役所が対処してきた。大阪市では、他の政令指定都市と異なり、この区役所の長である区長は、公募制が採られ、「区シティ・マネージャー」という職に充てられ、その区内の行政について本庁の各局長よりも上位に立って、各局長を指揮監督することができる地位が与えられている(5)。
市民のニーズをいち早く政策課題に取り上げるための組織戦略であることがうかがえるが、さらに、この各区長から成る区長会議は、政策決定に向けて各局を巻き込んだプロジェクトチームを設置することができるなど、政策決定に大きな影響力を与えることができる(6)。ごみ屋敷対策のための条例制定に向けたプロジェクトチームも、この区長会議のもとに2012年10月に設置された。そのチームリーダーは、鶴見区内のごみ屋敷の問題が新聞報道で取り上げられ、その対応を迫られることとなり、自らプロジェクトチームの立上げを主導した同区の区長が務めることとなった。大阪市において早期に条例制定がなされたのは、こうした区長と区長会議の発言力の強さにあったと思われる。なお、条例案そのものの作成については、環境局のほうが専門性を有しているとして、同局が中心的な役割を担った。
イ 京都市の場合は保健福祉局
京都市の場合はオーソドックスに、市長のもとに、事務分掌規則によってプロジェクトチームが設置される。ごみ屋敷等対策検討プロジェクトチームは、2013年9月市議会(7)定例会での一般質問に対する市長の答弁を受けて同年11月に設置された。チームリーダーには、「ごみ屋敷問題は、ごみという対物の問題とみられがちであるが、その背景には、地域との絆が失われた中での閉じこもりや引きこもりといった人の問題があり、人への働き掛けが重要であって、保健福祉局はそうした人へのアプローチやノウハウを持っており、同局の果たすべき役割は大きい」として、保健福祉局長が自ら名乗りを上げたとのことである。そこには、「無縁社会」の語に象徴される社会的孤立に対する問題意識と、その解として全国的に注目を浴びた豊中市のようなコミュニティソーシャルワーカーの取組みなど、地域福祉の戦略が有効であるとの見通しがあったものと思われる。
(2)議会側からもアクション
ごみ屋敷問題は、自治会や町内会から市議会議員にも持ち込まれ、地域に身近な議員にとって大きな関心事となる。大阪市議会でも京都市議会でも、会派として、既に条例を制定している足立区を視察したところもあった。もちろん、議会の一般質問の場などで取り上げられることとなる。特に京都市の場合は、議会での一般質問がきっかけとなり、条例制定に向けた動きが始まったといってもよい。
議会では、周辺住民の立場から「早くごみを撤去してもらいたい」と訴える意見がある一方で、ごみ屋敷の原因者である本人の立場に立って「ごみを撤去するだけで問題が解決するわけではない。本人に寄り添って本人の抱える生活上の諸課題を解決することが重要である」とする福祉的な支援の必要性を訴える意見もある。大阪市議会でも京都市議会でも後者の意見に沿った議論のほうが熱心に行われたようである。大阪市議会では、プロジェクトチームのリーダーである鶴見区長は「条例には福祉的支援を盛り込む必要がある」と答弁しているし、京都市議会でも、条例案が原因者本人を「要支援者」と定義していることや、条例の所管局を、既制定の他の自治体ではすべて環境部局であるのに対し保健福祉局とすることを評価する場面があった。
京都市ではコミュニティソーシャルワーカーのことを「地域あんしん支援員」という呼び方をしているが、京都市議会は、この支援員制度の創設についての請願を、既に2009年の段階で全会一致で採択するなど、福祉的支援を重要視する土壌があったと考えることができる。