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立法事実から見た条例づくり

2016.07.11 政策研究

北海道いじめの防止等に関する条例(上)─いじめ問題をどのように認識し、いかに対応するのか─

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(3)基本理念
 3条は、法3条と同様のいじめの防止等のための基本理念を3つ掲げているが、それぞれ次のように独自性を持たせている。すなわち、1項では学校の内外を問わずいじめが行われなくなるようにすること(いじめの撲滅)を掲げているが、独自に「いじめの芽はどの児童生徒にも生じ得るという緊張感を持ち」(12)を、2項では全ての児童生徒がいじめを行わないよう、いじめの問題に関する児童生徒の理解を深めること(傍観者等への対応)を掲げているが、独自に「いじめをはやし立てず」(観衆への対応)を、3項ではいじめを受けた児童生徒の生命及び心身を保護するため、社会全体でいじめの問題を克服すること(関係者の相互の連携)を掲げているが、独自に「いじめを受けた児童生徒に非はないとの認識に立ち」を付加している。
 いじめは四層構造で行われるといわれている。いじめっ子(加害者)、いじめられっ子(被害者)のほかに、その周囲に多くの観衆(いじめを見てはやし立てている者たち)や傍観者(いじめに対して見て見ぬふりを決め込んでいる者たち)が存在すること、結果的には観衆や傍観者も、いじめっ子といっしょにいじめの快感を味わうことになり、また被害者にしてみれば、クラス全員からいじめを受けているような絶望的な気持ちになることが指摘されている(13)

(4)いじめの絶対的禁止
 4条は、法4条の文言に「いかなる理由があっても」を付加し、「児童生徒は、いかなる理由があってもいじめを行ってはならない」と規定している。
 付加の理由として、いじめ最大の課題は隠蔽と正当化であることが挙げられよう。加害者側の最大の課題は正当化で、加害者の多くが自分のいじめ行為を正当化する気持ちを持っている。「あの子はいつも約束を破る」、「クラスのルールを守らない」など、あたかもいじめ行為が正当なものだという弁解をする。「この正当化の論理があるために、親や教師の指導がなかなか響いていかない」(14)という指摘がある。
 村尾泰弘・立正大学教授は、いじめの構造を次のように説明している。崖の上から、集団で崖の下の相手に石を投げている。それに対し、崖の下の子どもも石を投げるが、崖が高いので相手に届かない。結局、崖の下の子どもは傷だらけになってしまい、崖の上の子どもはそれを見て笑っているというものである。いじめる側は安全地帯に身を置いて、相手が苦しむ様子を見て喜ぶという残忍なところがある。被害者は絶対に勝てない構造になっている。だから、いじめは悪なのである(15)
 その認識に立ち、条例のパンフレットは、「児童生徒の皆さんへ」の中で、「いじめとは、悪口や仲間はずれ、暴力、パソコンや携帯電話を使っての悪口など、その子がいやな思いをして苦しんだり、悲しんだりしてしまう卑怯な行いです」と呼びかけている。
 また、衆議院文部科学委員会において、いじめを法律で禁止すること(厳罰化)への疑問が呈され、法案提出者からは、法4条はいわゆる「訓示規定」であり、善悪についての判断を十分に行うことのできない人格未成熟な子どもに対し、一定の禁止事項を明示したものであるとの回答がなされている(16)。訓示規定は、手続規定以外では、私人等がその規定に違反しても、その違反行為の効力には影響がなく、違反行為に対する罰則等の制裁措置も伴わないような規定を広く指していうと説明されるが(17)、ここでは、後者の意味で使われており、法も条例も違反に対する罰則は設けていない。
 道の基本方針2頁は、いじめが「犯罪行為」となった過去の事例として、次のようなものを挙げている。
・傷害罪(刑法204条)……顔面を殴打し、あごの骨を折るケガを負わせる。
・暴行罪(刑法208条)……同級生の腹を繰り返し殴ったり蹴ったりする。
・窃盗罪(刑法235条)……教科書等の所持品を盗む。
・恐喝罪(刑法249条)……断れば危害を加えると脅し、現金等を巻き上げる。


(1) 文部科学省のウェブサイト。
(2) 菱村幸彦編集『いじめ・体罰防止の新基準と学校の対応』教育開発研究所(2013年)38頁、40頁(糟谷正彦執筆)参照。
(3) 菱村・前掲注(2)3頁(菱村幸彦執筆)参照。
(4) https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/kokoro/shido/ijime/documents/k2-takenjyokyo.pdf
(5) 石毛正純『法制執務詳解〈新版Ⅱ〉』ぎょうせい(2012年)70頁は、趣旨規定とは、法令がどのような事項について規定しているかを要約して表現したものであり、既に一定の立法目的を持った法律や条例の補充的細目的なものである場合は、目的規定を置く必要はなく、趣旨規定を置けば足りると述べる。
(6) 法11条1項を受けて制定された「いじめの防止等のための基本的な方針」(平成25年10月11日文部科学大臣決定)は、法の用語である「児童等」ではなく、「児童生徒」を使用している。
(7) 文部科学省は、1985年度から2005年度までのいじめ調査では、いじめを「自分より弱い者に対して一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない」と定義していた。菱村・前掲注(2)4頁(菱村幸彦執筆)参照。
(8) 大村敦志=横田光平=久保野恵美子『子ども法』有斐閣(2015年)143頁以下(横田光平執筆)。
(9) 坂田仰編『いじめ防止対策推進法』学事出版(2013年)6頁(山口亨執筆)は、この場合には、「本法の対象とはならないとしても、別途学校において教育的な指導が適切に行われるべきであろうとしている(平成25年6月20日参議院文教科学委員会における笠浩史議員(本法案の発議者)による説明。)」と述べている。
(10) 村尾泰弘=廣井亮一編『よくわかる司法福祉』ミネルヴァ書房(2004年)119頁(村尾泰弘執筆)は、加害者だけでなく被害者までもいじめを隠そうとする。被害者側についての最大の課題は隠蔽だといえる。なぜ被害者までが「いじめ」を隠そうとするのかについて、①報復を恐れる、②親や教師への不信、そして③被害者にも自尊心があるという3つの理由を挙げている。
(11) 坂田・前掲注(9)6頁参照。
(12) 国立教育政策研究所によるいじめ追跡調査(2013年7月)の結果によれば、暴力を伴わないいじめ(仲間はずれ・無視・陰口)について、小学校4年生から中学校3年生までの6年間で、被害経験を全く持たなかった児童生徒は1割程度、加害経験を全く持たなかった児童生徒は1割程度であり、多くの児童生徒が入れ替わり被害や加害を経験していることを示している(国の基本方針6頁)。
(13) 村尾=廣井・前掲注(10)118頁(村尾泰弘執筆)。
(14) 村尾=廣井・前掲注(10)118頁以下(村尾泰弘執筆)。
(15) 村尾=廣井・前掲注(10)118頁(村尾泰弘執筆)。
(16) 菱村・前掲注(2)38頁(糟谷正彦執筆)、坂田・前掲注(9)15頁(河内祥子執筆)参照。
(17) 法令用語研究会編『有斐閣法律用語辞典〈第4版〉』有斐閣(2012年)273頁。

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