5 条例の内容
以下、条例の内容(独自性)を法の規定との比較を行いながら検討する。
(1)目的
1条(目的規定)は、「この条例は、いじめが、いじめを受けた児童生徒の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるものであることに鑑み」(制定動機、背景等)、「いじめの未然防止、いじめの早期発見及びいじめの早期解消その他のいじめへの対処(以下「いじめの防止等」という。)のための対策に関し、基本理念を定め、道等の責務及び道民等の役割を明らかにし、並びにいじめの防止等のための対策に関する基本的な方針の策定について定めるとともに、いじめの防止等のための対策の基本となる事項を定めることにより」(達成手段)、「いじめの防止等のための対策を総合的かつ効果的に推進し」(直接の目的)、「もって児童生徒の尊厳を保持するとともに、児童生徒が互いの違いを認め合い、及び支え合いながら、健やかに成長できる環境の形成に寄与することを目的とする」(より高次の目的)と規定している。
「もって」以下のより高次の目的部分は、法にはない条例の独自部分である。そこでは、「児童生徒の尊厳を保持」(法では達成手段の目的として掲げられている)、「健やかに成長できる環境の形成」が謳われている。法が「児童等」としている部分を条例は「児童生徒」と表記している(6)。
(2)いじめの定義
4条で、児童生徒にいじめの絶対的な禁止を義務付けていることから、いじめとは何かが問題となる。2条1項は、「いじめ」を「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係にある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているものをいう」と定義している。この定義は「児童等」を「児童生徒」と表現している以外は法と全く同じである(7)。
「いじめの防止等のための基本的な方針」(平成25年10月11日文部科学大臣決定。以下「国の基本方針」という)5頁は、具体的ないじめの態様として、①冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる、②仲間はずれ、集団による無視をされる、③軽くぶつかられたり、遊ぶふりをして叩かれたり、蹴られたりする、④ひどくぶつかられたり、叩かれたり、蹴られたりする、⑤金品をたかられる、⑥金品を隠されたり、盗まれたり、壊されたり、捨てられたりする、⑦嫌なことや恥ずかしいこと、危険なことをされたり、させられたりする、⑧パソコンや携帯電話等で、誹謗中傷や嫌なことをされることを例示している。北海道・北海道教育委員会作成の「北海道いじめ防止基本方針」(平成26年8月。以下「道の基本方針」という)2頁も同様である。道の基本方針の策定は、法12条で努力義務とされていたものを条例11条1項で義務付けたものである。
いじめの概念には広狭あるが、法と条例は次のような考え方に立っている。
第1に、「児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」とし、いじめの範囲を被害者の主観的な判断に依拠させている。その場合、第三者の誰が見てもいじめとは思われないものも該当することになりかねず、その範囲が不当に広がるおそれがある。他方で、客観的な見方をすると、支援を受けるべき被害者が法・条例の対象からこぼれ落ちるという最悪の結果を招くおそれがある。いじめには密室性のものもあり、被害者の尊厳性を保持するためにも被害者の立場に立った判断こそ重要であるとの前提に立っているのである。
定義ではインターネットを通じて行われる「ネットいじめ」が含まれる。これについては、インターネットを介した匿名での誹謗中傷、個人情報の流布、他人になりすましての問題行動といったトラブルが深刻化することや、子どもは容易に加害者にも被害者にもなりうる状況にあることが指摘されている(8)。
ところで、当該児童生徒が気づかないネット上の嫌がらせや匿名での誹謗中傷等の書き込みは、このいじめの定義には該当しないことになろう。そこで、道の基本方針2頁は、「インターネットを通じたいじめなど、本人が気付いていない中で誹謗中傷が行われ、当該児童生徒が心身の苦痛を感じるに至っていない場合も、いじめと同様に対応する」としている(9)。
道の基本方針1頁は、いじめを理解するに当たっての留意点として、いじめを受けた児童生徒の中には、「いじめを受けたことを認めたくない」、「保護者に心配をかけたくない」などの理由で、いじめの事実を否定することが考えられることから、いじめに当たるか否かの判断は表面的・形式的に行うのではなく、いじめを受けた児童生徒や周辺の状況等を踏まえ、客観的に判断し、対応することを挙げている(国の基本方針4頁以下も同様)(10)。
このように、定義に従い主観説を徹底させることが不都合な場合もあるので、法案に対する附帯決議は、「いじめには多様な態様があることに鑑み、本法の対象となるいじめに該当するか否かを判断するに当たり、『心身の苦痛を感じているもの』との要件が限定して解釈されることのないように努めること」としている(11)。また、道の基本方針2頁は、児童生徒の善意に基づく行為であっても、意図せずに相手方の児童生徒に心身の苦痛を感じさせてしまい、いじめにつながる場合もあることを踏まえ、対応することを挙げている。この場合は、あくまでも主観説で判断することになる。国の基本方針5頁は、いじめの認知は、特定の教職員のみによることなく、法22条の「学校におけるいじめの防止等の対策のための組織」を活用して行うことを規定している。
上記のいじめの類型の中には、指導を要するには至らない軽微なものから犯罪に相当するものまで多種多様であろう。それに加えて、いじめが「遊び」や「ふざけあい」を装って行われることが多く、現実には、早期発見を困難にしている。
第2に、条例は、いじめを児童生徒と他の児童生徒との間の行為に限定するとともに、両者の関係につき、「当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係にある他の児童生徒」が行うものに限定している。道の基本方針1頁は、「一定の人的関係」とは、「学校・学級や部活動、塾やスポーツ少年団など、学校や市町村の内外を問わず、当該児童生徒と何らかの関係がある児童生徒」を指すとしている。