(2)条例の必要性
これまで京都市では、ボランティアとの協働事業として、犬猫の譲渡事業や動物愛護出前授業「きょうとアニラブクラス」(19)などの取組を行う一方で、野良猫の繁殖を防ぎ、頭数を減少させることで、鳴き声が静かになる、ふん尿の被害が減少するなどの効果が期待できる施策として「京都市まちねこ活動支援事業」を実施している。
「京都市まちねこ活動支援事業」とは、地域の野良猫の問題について住民の合意、協力及び町内会の承諾の下、地域住民が主体となって取り組み、地域のルールに基づいて猫の餌やり・トイレの設置・繁殖制限などの管理をし、「まちねこ」として一代限り地域で適正に管理・飼育する活動で、まちねこ活動の中で大きな費用負担となる猫の避妊・去勢手術については、公益社団法人京都市獣医師会の協力の下、京都動物愛護センターにて無償で手術を実施し、手術後は「まちねこ」として地域で飼育している(20)。
こうしたまちねこ活動により、前述の表1(本誌2015年10月号62頁)にもあるように、一定の効果が見られたものの、依然として野良猫に対する無責任な餌やりがなくならず、ふん尿などによる周辺の生活環境の悪化、被害の訴えが毎年数百件にも上っている。このため、他人に迷惑をかけないという理念を理解してもらい、憲章だけでなく、法規範である条例により無責任な餌やりを抑止するとともに、野良猫に対する給餌が一定のルールの下、責任を持って適切に行われるようにしようと今回の条例提案に踏み切ったのである。
条例の主たる特徴は、多数飼育(多頭飼育)の届出、飼い犬のふんの回収義務、不適切な給餌の禁止であり、条例案では、「所有者等のない動物」に餌やりをする場合、「適切な方法」が求められ、「周辺の住民の生活環境に悪影響」を及ぼすような餌やりを禁じている。この規制に違反すると「5万円以下の過料」を科すというものである。
「所有者等のない動物」とは、「実際に住民から相談が寄せられる、猫、鳩、カラス、アライグマなどを想定しているが、圧倒的に多い動物としては猫」(保健福祉局保健衛生推進室保健医療課)という。そこで、この条例は、所有者等のない猫、つまり、「野良猫」への規制、「野良猫餌やり禁止条例」と騒がれているのである(21)。
これまで、箕面市サル餌やり禁止条例(平成21年9月30日条例50号)が平成22年4月1日から、箕面市カラスによる被害の防止及び生活環境を守る条例(平成22年12月24日条例53号)が平成23年7月1日から、西宮市いのしし餌やり禁止条例(平成24年12月28日西宮市条例31号)が平成25年4月1日から、奈良市カラスによる被害の防止及び良好な生活環境を守る条例(平成25年6月18日条例45号)が平成25年10月1日から施行されているが、取り立てて反対意見があったということはなかった。
しかしながら、箕面市カラスによる被害の防止及び生活環境を守る条例では、犬や猫に対する餌やりを禁止しているわけではないが、条例5条(給餌の禁止)及び6条(回収義務)で、犬や猫に対する餌やりにより放置した餌にカラスが集まってこないように対処することを義務付けている(22)。
一方で、奈良市議会では、平成25年2月6日から26日までの間、「奈良市良好な生活環境の確保に関する条例(素案)の骨子について」に対する意見募集を行い、寄せられた意見を踏まえて、総合的かつ慎重に検討した結果、現時点では、カラスによる被害の防止と良好な生活環境を守ることに限定して条例案を策定し、当初案に含まれていた猫等の餌やり禁止については、条例制定ではなく、市が猫等の餌やりに関するマナーを広報することで改善を図るべきとして除外している。
これに対して、京都市では、既存の規制だけでは、マナー意識の低い飼い主に対する抑止力として十分に機能していない現実があることから、飼い主のモラルの向上を訴える憲章とは別に、一定の行為の禁止や義務付けなど、具体的なルールを設けていくことが必要と判断したのである(23)。
京都市においては、門掃きなどのまちづくりの伝統をはじめ、昭和31年には、全国に先駆けて「わたくしたち市民が、他人に迷惑をかけないという自覚に立って、お互いに反省し、自分の行動を規律しようとする」ものとして、「国際文化観光都市の市民である誇りをもって、わたくしたちの京都を美しく豊かにするために、市民の守るべき規範」である「京都市市民憲章」を定めており、同憲章においては、「わたくしたち京都市民は、美しいまちをきずきましょう」、「わたくしたち京都市民は、清潔な環境をつくりましょう」、「わたくしたち京都市民は、良い風習をそだてましょう」などの項目を定め、憲章に基づく多くの活動の実践が積み重ねられてきている。
現在、この「他人に迷惑をかけない」という考え方は、多くの京都市民に共有され、京都人の美意識として深く根付いているもので、京都人に限らず、日本人が世界に誇りうるものとして、永いときをかけて育て上げてきたかけがえのない文化であり、京都動物愛護憲章においても、この考え方を引き継ぎ、「人が動物を通じて他人に迷惑をかけない」という高い規範意識を持って動物愛護の取組を進めていくこととし、過去に京都市市民憲章の普及啓発を図るため募集した作文をまとめた文集に掲載されている、当時の小学生の作文の文中に出てくるおかあさんの言葉「じぶんのつごうがよくても、それがみんなのめいわくにならないことかなとかんがえてみてから、じぶんのすきなようにしなさいね」は、今なお、我々に、人が社会で共に生きていくうえで大切なことは何かを語りかける、とても考えさせられる言葉であるとして、市のホームページに現在も掲載している(24)。