7 立法事実管理の体制・実務
(1)ファイリング
ニセコ町では、2000年にファイリングシステムを導入して、効果的効率的文書管理を行っている(25)。なお、これに連動してインターネットから誰でも文書の目録にアクセスできるシステムが整備されていた。ただし、本稿執筆時点では、システム改修の関係で、インターネット上、町のサイトから文書検索をすることは、できない。
(2)条例制定の文献目録
それでは、本件2条例に関する立法事実はどのように管理されているだろうか。
両条例の制定過程(検討段階、住民参加段階……)から制定までに至る文書ファイルの目録は、次頁の表のとおりである。
これらは、あくまで条例制定関連のものに限られる。町の水環境に関する各種データ・統計は、環境基本計画や環境白書などにまとめられており、ここでの条例の立法事実となるだろう。
(3)立法事実管理のあり方
条例の立法事実をどのように管理するのか、規範的内容が固まっているわけではないし、主流を形成するような手法が確立しているわけでもない。ただ、ごく大まかには、次のような内容を備え、ひとつにまとめた文書ファイルの整備が望まれる。訴訟などで条例自体の適否について争点となったときは、有用と思われる。
① どのような事実を、条例制定に際し問題として認識したのか(背景情報)。
② その課題に対し、どのような目的・目標をもって条例を立案したか(条例の必要性)。
③ 条例はどのような内容か(条例内容の合理性)。法令との抵触に関わる事項などについて、立案時にどのような理由で、どのような解釈をしたのか(非法令抵触性)。
8 条例の運用と法環境の変化
(1)条例の運用
① 水源保護地域の指定
本件2条例制定後、町では、水源保護地域に関して、素案(指定に関する考え方を含む)を二度、一般の縦覧に供し、併せて審議会の意見も聴いて、指定がなされた(2011年10月5日)。指定は、地番単位で行われている。
② 協議対象施設・規制対象施設
条例施行から2015年5月まで約4年間で、協議対象施設となるような案件は1件もない。
③ 井戸の掘削許可・届出
同じく2015年5月までで、地下水保全に係る井戸については、掘削許可が8件、新設の届出1件、既設の届出7件となっている。
④ 争訟の案件
町では当初、訴訟が提起されることも覚悟して本件2条例を制定した(26)が、現在までは、表立った訴訟は提起されていない。しかし、観光開発の活性化や人口の増加などにより、両条例の規制が、住民の各種要求と摩擦を生じるおそれは、今後も残ると思われる。
(2)条例の課題
本件2条例は、必ずしも完成形として制定されたものではなく、いわば「育てる条例」として、制定された。
条例の課題として、
① 地下水に関する資料が少なく、周辺への影響の有無を判断することが難しいこと。
② 水道水源保護地域内に営業中の施設もあることから、既存施設改修に当たっての手続の整理、個別案件ごとに周辺の地形・状況によって判断を行わなければならないため現段階で判断基準を明文化しにくいこと。
などが挙げられる(ニセコ町より聴取)。
実際の運用においては、水資源保全審議会の意見を聴きながら個別案件を判断することとし、審査事例が蓄積されるとともに判断基準がつくられると考えている。また、条例を運用する中で修正すべき点があれば修正を行うことはもちろん、水源涵養のための森林伐採の規制や水質保全のための排出規制などについても検討し、この条例が大きく育っていくようにしたいとのことである(ニセコ町より聴取)。
(3)法環境の変化
最後に、条例制定後の法環境(その政策課題に関わる法制度)の変化で重要なものを挙げておく。
第1に、「北海道水資源の保全に関する条例」の制定がある(2012年4月施行)。この北海道条例の検討に係る有識者会議(検討懇話会)には、ニセコ町長が委員として加わっていた。当該北海道条例は、指定された水資源保全区域内の土地の権利移転についての事前届出制を核とする(27)。そして、ニセコ町の区域の一部も、この北海道条例に基づく水資源保全区域として指定されている。条例の目的や手法が異なるが、町条例と北海道条例の両条例による規制が、町の区域の水資源保全に相乗効果を発揮することが期待されよう。
第2に、議員立法で成立した、水循環基本法の制定(2014年7月施行)がある。同法解説の紙数はない(28)が、同法は、自治体の関係条例制定に枠をはめるものではない。自治体には、「その地域の特性に応じた施策」の策定実施義務がある(同法5条)ので、むしろ地域が積極的に対応することを、同法は期待している。ただ、同法制定により、国の法律レベルで、地域における水道水源保護や地下水保全に関する新たな法制の動きも生じ得るだろう。その点で、国の法律の動向にも、目が離せないと思われる。
本稿執筆に当たっては、条例制定当時総務課長の職にあって条例案の検討に加わっていた現ニセコ町教育委員会学校教育課長・加藤紀孝氏、現同町企画環境課長・山本契太氏及び現同課環境モデル都市推進係・大野百恵氏から資料提供その他多大な援助を得た。深謝申し上げる。ただし、本稿の内容における過誤等の責任は、筆者のみにある。
(15) ただし、秦野市地下水保全条例の憲法適合(適法)性及び同条例をめぐる職員の説明の違法性が問題となった事件で、東京高判平成26年1月30日判例地方自治387号11頁は、同条例制定までの秦野市における政策展開を詳細に述べた上で、条例の必要性を認定している。そこで、この判示事項を条例の必要性判断の重要な要素とするならば、地下水の利用実態や枯渇・地盤沈下の科学的予想をしておかなければ正当性が認められなくなるおそれがある。なお、最決平成27年4月22日判例集未登載は、原告側の上告及び上告受理申立てを退ける決定をした(朝日新聞2015年4月25日付け朝刊(さがみ野)29頁)。
(16) 国土交通省の調査では、地下水の規制に関わる条例は、2011年3月時点で420制定されていた。なお、条例の内容を分析したものとして、中島誠「地下水資源の利用と保全に関する最近の動向」地下水学会誌55巻2号(2013年)165~172頁参照。
(17) 最判平成16年12月24日民集58巻9号2536頁。
(18) 判決文では憲法違反に関して直接の言及は行わないが、このことが念頭に置かれていることにつき、杉原則彦「本件判例解説」『最高裁判所判例解説民事篇平成16年度(下)』821~823頁を参照。
(19) 田中孝男『条例づくりのための政策法務』第一法規(2010年)28頁の注16)を参照。
(20) 前掲注(15)の秦野市条例事件高裁判決でも、同様の規制を行う条例の内容面での合理性が認められている。
(21) ニセコ町・前掲注⑼65頁(水道水源保護条例)、66頁(地下水保全条例)。
(22) 「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」をいう。
(23) その論拠については、杉原・前掲注(18)810~832頁、特に816~819頁も参照。
(24) 前掲注(15)の秦野市条例事件高裁判決は、法律によって、条例・規則による井戸規制が禁止されると解すべき理由はないとしている。
(25) 馬渕淳(ニセコ町)「『ファイリングシステム』の導入とその効果」国際文化研修2011年春号(71号)20~25頁。
(26) ニセコ町・前掲注⑼66頁。
(27) 浅野祐司「北海道の豊かな水資源を次の世代に引き継ぐために─北海道水資源の保全に関する条例」自治体法務NAVI 48号(2012年)21~29頁。
(28) 要領よく簡潔にまとめた同法の解説として、三好規正「水循環基本法─健全な水循環のための水管理法制を考える」法学教室2014年12月号(411号)64~71頁を参照。